第43話 降爵
突然告げられたドリージア公爵の侯爵への降爵。うん、なんだか駄洒落みたいだなと思ったが、そんなバカなことを考えているのは俺だけだろう。国王からの突然の話に謁見の間が騒然となったのは言うまでもない。もちろん、当事者であるドリージア公爵は頭の血管が切れるかと思うくらいに激昂していた。その理由は降爵だけでなく王位継承権の剥奪まで議論されることになったからに他ならない。
だけど、どうやら国王と宰相の二人は以前からドリージア公爵に対しては随分と不満を持っていたようで、今回の件は彼を処罰するには絶好の機会だと考えたらしく、以前から集めていた証拠の数々をもってこれまでの彼が行ってきた所業のすべてを公表した。まるで公開処刑の様相だけど誰も何も言わない。
その中には先日の模擬試合を提案したミラクー伯を買収した証拠とか、第二近衛騎士団への人事介入や、リーナスへの魔道具の貸与についての証拠なんかも含まれていた。どうやら、リーナスには数多くの魔道具を貸し与えていたらしい。
その他にも俺の知らない情報がてんこ盛りで出てきたのだが、一体いつの間にそんな情報を集めたんだ!? たぶん、ずっとドリージア公爵を警戒して見張っていたのだろうけど、王国のスパイは凄腕のようだな。
ただ、それらの内容を聞いてみれば大体の状況は掴めた気がする。つまり、姉弟子殿の身の回りで起きていた一連の出来事にはすべてドリージア公爵が関係していたということだ。
例えば、ミラクー伯はドリージア公爵に買収されたことで彼の手足のように行動することになった。第二近衛騎士団の人事に介入するようになったのもドリージア公爵による指示によるものらしい。裏ではドリージア公爵本人もリーナスを使って手を回していたようだけど。その結果、師匠を護衛役にさせないよう模擬試合を提案したり、魔法師殺しの異名を持つイネスと戦わせたりしたようだ。
また、ドリージア公爵はリーナスを様々な形で支援していた。それは資金の提供だったり、魔道具の貸与だったり、人材の派遣だったり、本当に多岐にわたるようだ。それだけの支援を受ければ、リーナスもドリージア公爵からの依頼を断ることはできない状況になったのは言うまでもない。その結果が今回のリーナスの行動にも繋がっている。お互いに良いビジネスパートナーだったのだろう。
だが、そんなリーナスにひとつ悲しいお知らせがある。実は、ミラクー伯がリーナスの母親を監禁していたのもドリージア公爵の指示によるものだったらしい。また、リーナスがあのタイミングでミラクー伯の屋敷からキメリーを助けることができたのは、ドリージア公爵が手を回していたからだそうだ。つまり、手駒を使って窮地に立たせ、それを助けることでリーナスをより一層手懐けようとしていたのだ。
所謂マッチポンプというやつかな。リーナスはそれを知らないまま退出させられていったが、この話を聞いたらどう思うだろうか。反応が気になるな。俺なら信頼していた上司から裏切られたみたいで心が折れる。
そして、第二近衛騎士団から護衛役を出すことができなくなった結果、ドリージア公爵は手駒であるミラクー伯を失ったことで直接人事介入することにしたらしく、リーナスを第二近衛騎士団から第一近衛騎士団に異動させ、姉弟子殿の御者役へと推薦したのだ。恐らく、それらの事情をすべて知ったうえで国王と宰相の二人はその提案を採用したのではないだろうか。すべてはこの日のために……。そう考えると、怖くなってきた。
その後は知っての通りだ。あと、やはり洗礼の洞窟の入り口を塞いだ巨大な岩はドリージア公爵から借りた大容量のマジックバッグに入れられていたらしい。そして、魔寄せの瞳もドリージア公爵からリーナスが貸し与えられたものだったようだが、祠の間で岩巨人が生まれることまで考えていたのかは明らかにならなかった。
それにしても、姉弟子殿のことが余程邪魔だったのだろうなぁと思いつつ、何故国王を直接狙わないのかが気になった。俺がドリージア公爵で王位簒奪を考えるなら、王子や王女を狙うよりも国王を狙うけれどな。その辺りはもう少し詳しく事情を聴いてみないと分からないけど、俺としてはそこまで深入りしたくない。
ともかく。そのようなドリージア公爵の所業と証拠が国王と宰相から詳らかにされると、ドリージア公爵の取り巻き、つまり先ほどまでリーナス擁護派だった連中は完全に黙り込んでしまった。そりゃそうなるよな。逆に勢いづいているのがリーナス批判派だったメノー侯爵とその取り巻きだ。ドリージア公爵を批判し、公爵位と王位継承権の剥奪に賛成すると言っている。いや、公爵位から侯爵位への降爵なのに、勝手に貴族位の剥奪みたいな論調にするのはどうなの?
でも、ドリージア公爵のやったことは結果的には姉弟子殿が死に至る可能性が高いものだったし、なんなら狙ってやった可能性のほうが高いわけで、それが降爵と王位継承権の剥奪という処分だけで済まされるのは軽いかもしれない。うん、メノー侯爵の言う通り貴族位の剥奪くらいしたほうがいいのかもな。
それに、ドリージア公爵をそのままにしておくと、被害が及ぶのは姉弟子殿だけではないかもしれない。
実は、カロード王子の周りにはドリージア公爵の息の掛かった貴族が多いそうで、次期国王に推しているのだとか。もしもカロード王子が次期国王となった場合、ドリージア公爵は今まで以上に発言力を増すことになる。でも、それだけでは済まない気がするんだよなぁ。カロード王子を裏から操るのは当然として、下手をしたらカロード王子を失脚させて自分が国王になる、くらいのことは考えていそうだ。
まぁ、そんなことを国王と宰相の二人が許すとは思えないけど。何にせよ、ドリージア公爵に権力を持たせたままというのは拙いというのは間違いないだろう。まだ貴族たちによる議論が続いている。それを見守りながら、ふと引っかかるものを感じた。
あれ、ちょっと待てよ……?
先日聞いた姉弟子殿の話では、カロード王子は近衛騎士との剣術の訓練で負傷したと言っていた。それも姉弟子殿の取り巻きがカロード王子の評価を下げるために行ったのではないかと言っていた。
姉弟子殿を次期国王に推していたのはミラクー伯を中心とした貴族たちと第二近衛騎士団だ。そのミラクー伯と第二近衛騎士団に指示を出していたのは、他でもないドリージア公爵だ。
そして、ドリージア公爵はカロード王子の周りを自分の息の掛かった貴族たちで固めようとしている。つまり、これまでは姉弟子殿とカロード王子、その両方が次期国王になるように支援していたわけだ。だけど、カロード王子を痛めつけるように指示を出し、一方で姉弟子殿を死に至らせるつもりだった。
つまり、ドリージア公爵は姉弟子殿とカロード王子の両陣営に見切りを付けた? その理由は一体何だ!?
『なんだか、わけが分かんなくなってきたな……』
ちょっと整理してみようか。
姉弟子殿の味方は国王と宰相は確定。その他には明確に味方と言えるものはいない。まぁ、今回の件でメノー侯爵は味方に引き入れることができそうではある。国王から言われた姉弟子殿の後ろ盾となる侯爵位の味方としては現在最有力候補だ。
姉弟子殿の敵はドリージア公爵とリーナスであったが、リーナスは王国からの追放刑に処されることになり、残るのはドリージア公爵のみと言える。だが、そのドリージア公爵も国王によってその地位を追われ、王位継承権のない侯爵位になりつつある。
カロード王子はドリージア公爵によって人生を狂わせられそうな王族の一人だ。とりあえず、姉弟子殿の邪魔をしなければ味方でも敵でもないだろう。そのままじっとしていて欲しいが、俺は会ったことがないので、その人となりが分からない。
他に姉弟子殿と関係しそうな輩は今のところ思いつかないが、今後も注意して見ておかねばならないな。何せ、姉弟子殿は十歳にも満たない女の子なのだ。いつかは婿を迎えることになるだろう。姉弟子殿は自分で探すと言っていたけど、はたしてどんな男を見つけてくるのか。その婿に皆が納得するようなまともな人間を迎えられるかは、俺たちにも責任があるかもしれない。結構責任重大なポジションだよな。
そんなことを考えていると、いつの間にか国王と宰相によるドリージア公爵の公開処刑は終わり、貴族たちによる白熱した議論も終わったようだ。その結果、謁見の間にいる貴族たちのほとんどが国王の提案に対して賛成に回り、ドリージア公爵の処遇は決定した。
そう、彼は公爵から侯爵への降爵が決まり、王位継承権も剥奪されることが決まったのだ。ドリージア公爵、いやドリージア侯爵はその決定に不満を露わにしていたけれど、彼の取り巻きは意気消沈といった様子で大人しく従っていた。
この裁定について俺の個人的な感想を言うと、確かな証拠がないとはいえ、ドリージア公爵、いや侯爵によるこれまでの企みは国家転覆を狙ったものであり、侯爵への降爵と王位継承権の剥奪という処分は甘すぎると思う。国王の血縁者だから処分を軽くしたというのであれば、考えが甘すぎる。むしろ、血縁者だからこそ厳しく罰せねば周りに示しがつかない。一体国王は何を考えているんだ。
そう思っていたら、やはり追加で罰が与えられるようだ。
「それでは、公爵領による特別減税措置は終了とし、今後は他領と同じ税率で税の徴収をさせて頂きます。よろしいですね?」
「ぐぅっ……」
「うむ。これまでにドリージア公爵領は随分と儲けたと聞いておる。今後はその儲けを王国にも還元してもらいたいものだ。分かったな、ドリージア侯爵?」
「ぐっ……はっ……」
なんと、師匠に聞いたところでは、公爵領を発展させたいからなのか、公爵に領地運営に失敗させないようにしたいからかは分からないが、特別に税金が他領に比べて格段に安く、他領が四割の税を王国に納めているのに対して、公爵領はその四分の一、たった一割の税を納めるだけとなっていたのだ。いや、そんなに優遇したら公爵領の周りに領地を持つ貴族から反感を買うだろう。そう思ったのだが、公爵領の周りにはドリージア公爵の取り巻きたちが治める領地しかなかった。
そのおかげもあって、他領から流入する民が出てきても大きな不満がドリージア公爵のもとに上がってくることはなかった。そして、人が集まれば領内は活発になり、発展もする。そして、近くには難度Sランクのダンジョンである『暗黒竜の住処』もあり、冒険者たちも集まる。冒険者が集まると、彼らを世話する宿も増えるし、食事処も増えて、鍛冶屋や魔道具屋なんかも増える。すると、彼らの食料や雑貨を供給する商人たちもたくさん訪れることになる。そして、彼らを護衛する冒険者も集まる。
つまり、ドリージア公爵領は人が人を呼ぶ状況が生まれて、そこには様々な商品も集まり、非常に発展することになったのだ。税が一割というのはそれだけの効果があったわけだが、それに目を付けたドリージア公爵は領内で二重課税を行っていたらしい。つまり、通常の税は一割だが、領内で特別税として追加で一割を徴収していたらしい。その税はもちろん、王国に納められることはなく、彼の懐にそのまま収入として入っていった。その一部を近隣の取り巻きの貴族に分け与えていたらしい。不満を抑えるためだろうな。
このことも国王と宰相は随分と前から把握はしていたらしい。基本的に、王国に納める税の比率は王国によって定められているが、各領地で別途税を徴収することは許されており、それを領地の発展に使うのは問題ない。だけど、それをすべて自分の懐に入れるのは横領となり、厳しい罰則が定められているらしい。国王と宰相はこれを言い咎めるタイミングを計っていたのだ。
「自業自得じゃの」
姉弟子殿がボソッと呟いた内容に俺も同意する。これまで美味い汁を吸ってきたんだ。今後はしっかりと働いて税を納めろよな。マジックバックの中からしか感じることができなかったドリージアの街の喧騒を思い出しながら、心の中で呟いた。
結局、ドリージア侯爵領への税は三割になったものの、王国へ納める金額は二十年の間は三割五分となった。領内の税収よりも五分多く王国に納めなければならないのだ。そうなると、領内の特別税がどれほどになるのか。その税率次第ではドリージア侯爵領は他の領地と比べて旨味が少ない土地となるのではないだろうか。もしかしたら、近い将来ドリージア侯爵領が衰退する可能性も出てきたな。
こうして、俺たちの帰還報告というか、リーナスへの尋問というか、ドリージア公爵に対する処分の通達というか、良く分からない時間が終わりを告げた。確実に言えるのは、師匠とクリス先輩がぐったりとしているということだ。うん、朝から貴族の前に出ずっぱりで大変だったから仕方がない。
早いところ屋敷に帰って休ませてあげたいところだけど、このあとは姉弟子殿の好意で身内だけの祝勝会のようなものが開かれる予定らしく、まだまだ解散とはいかないらしい。その辺の対応は師匠とクリス先輩に任せることにして、俺は二人を見守るだけに徹することにしたのだった。
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次の日、師匠とクリス先輩は再び王城へとやって来た。昨日の祝勝会の席で姉弟子殿から顔を出すようにと伝えられていたのだ。ただ、今日集められた理由を聞かされていなかったので、もしかして、またとんでもない相談をされるのではないかと俺は不安になっていた。
師匠が宮廷魔法師となったことで、騎士の案内がなくても姉弟子殿の部屋へ向かうことができるようになった。つまり、お客さん扱いではなくなったのだ。師匠が一人の宮廷魔法師として認められたということだろう。弟子としても嬉しく思う。
姉弟子殿の部屋にはいつも通り騎士が立っており、その騎士に来訪を告げると、いつも通り姉弟子殿への確認が行われて部屋の中に通された。部屋の中には席でお茶を飲んでいる姉弟子殿がおり、その後ろにはメイドのレムラが控えていた。
「よく来たの! そこに座ってくれ。レムラ、二人にお茶を頼む」
そう言って、姉弟子殿の前の席に師匠とクリス先輩を座らせると、レムラがお茶を淹れてくれた。姉弟子殿がお茶を口にして、師匠とクリス先輩もお茶に口を付ける。そういえば、お茶なんてしばらく飲んでないな。
その後、姉弟子殿の指示でレムラは姉弟子殿が呼ぶまで部屋の外に待機を命じられて出て行った。それを見届けると、姉弟子殿の指示に従いクリス先輩が手慣れた様子で遮音の魔法を唱えると、秘密の会議の場が整った。というか、今日は内緒話がメインなのか。
「今日呼び出したのはな、以前其方らに話した三つの依頼内容について方針を改めようと思ったからじゃ」
「ふむ、昨日の一件が関係しておるのですな?」
「その通りじゃ。まず、側室と生まれてくる赤子の護衛についてじゃが、そこまで警戒する必要はなくなったと思う。今回の件で私が陛下より次期国王として認められた。王位継承権の低い側室の赤子を狙う者は少なくなったはずじゃ。それよりも、むしろ私のほうが狙われることが多くなるじゃろう」
「確かにそうですな。次期国王候補としては、以前は殿下に次いでカロード王子をという声が多くありましたが、今ではその目はないと誰もが認識しているはずです。これもドリージア侯爵の影響ですな」
「カロード王子に代わって、ひとつ下のジャステン王子、さらにその下のソリーテ王子とウッシュ王子などの名前が挙がっています。彼らを推す貴族たちとしては殿下が邪魔ということになりますな」
「うむ。ザンテの言う通り、カロードは王位継承権の順位が下がる可能性が高いの。それにクリスの言う通り、ジャステン、ソリーテ、ウッシュを推す声が聞こえるのも確かじゃ。まぁ、これからどれだけ実績を積み重ねられるかで状況は変わってくるのは間違いない」
「なるほど。つまり、殿下お一人を除いて王位継承権の順位争いは混戦というわけですな。しかし、そうなると王子たちの間で要らぬ争いが起こる可能性が考えられますのう」
「その争いですが、いずれ殿下にも及ぶことになるでしょう。王子たちが争い合った結果、誰が勝利するにせよ、倒すべき相手は王位継承権第一位である殿下になるのですから」
「そこでじゃ。ザンテとクリス、それにユーマの三人に頼みがある」
姉弟子殿からの頼みか。正直、聞くのが怖いなぁ。
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