第42話 処遇

「この通り、ライラは護衛役のザンテと荷運び役のクリスとともに昨日の内に王城へと戻って来ておる! それ故に、ライラの救出に第一騎士団を向かわせる必要はないのだ! これが第一騎士団をライラの救出に向かわせない理由だ。フェノ、分かったな?」


「はっ! 理解致しました!」


 メノー侯爵の名前はフェノというのか。なんだか可愛らしい名前だな。見た目は厳ついおっさんなのに。もしかしたら、愛称かもしれないけど。


「うむ。……兄上にも状況を理解して頂けたかな?」


「ぐっ……。しかし、昨日の内に王城に帰ってきたとはどういうことだ!? ラーウォイ山から王都まで馬車で三日掛かる! リーナスは馬を変えながら夜通し駆けて今朝到着したのだ。それを上回る速さで帰還したというのは不自然ではないか! 何か不正を行ったに違いがない!」


「確かに、不思議であろうな。ザンテよ、説明せよ!」


「ははっ! リーナス殿の仰る通り、洗礼の儀を終えて我らが地上へと戻った際には、確かに洞窟の入口が岩で塞がれておりました。ですが、我らは魔法師です。儂とクリスの二人で土魔法の岩破砕撃(ロッククラッシュ)を使い、外に出ることができました。しかし、そこには待機されているはずのリーナス殿と馬車が見つからず。正直に申し上げて、儂らもどうやって王城へと戻ればよいかと途方に暮れるところでした。幸いにも儂は闇魔法の拠点移動(ポイントシフト)を使えましたので、その日の内に王都の屋敷まで戻ることができたのです。そのおかげで、リーナス殿よりも先に王城へと戻り、国王陛下と宰相閣下に状況をご説明することができました」


「うむ、誠にご苦労であったな。ザンテは護衛役だけでなく、拠点移動による王都への帰還も果たしたのだ。確かに入国の記録が残らなかったのは拙いが、ライラが無事に帰還したことを考えれば、些細なことよ。それに、ザンテが拠点移動を使って王都の屋敷に戻って来なければ、今頃はリーナスの報告に踊らされて無駄に第一騎士団をラーウォイ山へ派遣するところであったわ。まったく、頼りになるのは魔法師よな! ワッハッハッハッハッハ!」


 師匠の言葉に国王が反応して、その成果を褒めるというのは良いことだと俺も思う。だけど、騎士団の連中を煽らないでくれるかな? 俺としては彼らと対立したわけではなく、むしろ協力していきたいと考えているんですけど!? そう思っているのは俺だけではないようで、姉弟子殿もフォローしてくれた。


「もちろん、騎士団には騎士団にしかできない役目があるだろう。しかし、同じように魔法師には魔法師にしかできない役目があるのだ。今回の事態は魔法師にしか解決できなかった。リーナスは私の護衛役を第二近衛騎士団が務めていればと言っていたが、其方ではどうしようもできなかったから、一人で王都に戻ってきたのであろう? 今回は護衛役が魔法師だったからこそ解決できたのだ。そのことを覚えておくがいい」


「ぐぅっ……! 承知、致しました……」


 姉弟子殿の言葉を聞いて、リーナスはその場に崩れ落ちた。当然の結果と言える。リーナスが考えていたシナリオはすべて覆された。巨大な岩の塊で洞窟の入口を塞いでも師匠とクリス先輩によって簡単に外に出られたし、リーナスが姉弟子殿の危機を国王に報告するも、それよりも前に俺たちは王都に帰還して国王と宰相の二人に事情を説明していたのだ。そもそも、師匠の魔素量を疑って、旅の道中で計測したのが運の尽きと言えるだろう。


「うむ! 私は騎士も魔法師も分け隔てなく、有用で、誠実で、私に忠誠を誓ってくれる者を求めておる。もちろん、貴族も同様にな。私に忠誠を誓い、私を支えてくれる者には相応の見返りを考えておる。もうすぐ私は十歳式を迎えるが、その際に新たな家臣団の創設を発表するつもりだ。この中に私を支えてくれる者がいると嬉しく思う!」


 そう言って、姉弟子殿がペコリと頭を下げた。よくもまぁ、こんな奴らに頭を下げられるよな、と感心してしまう。だって、さっきまで姉弟子殿が死んでいたほうがいいと考えていた連中もいるんだぞ? 俺だったらぶち切れて、ドリージア公爵に同意していた連中の首を刎ねるところだよ。我慢強いな、姉弟子殿は。流石は王女殿下といったところか。


「そうそう、リーナスはザンテの魔素量を測ったと申しておったな。どうじゃ、もう一度測ってみぬか?」


『おい、俺が師匠に供給してるのは魔素じゃなくて魔力だぞ!?』


「……うむ。じゃが、心配ないはずじゃ。たぶん……」


『ほ、本当か!? 一応、魔素の供給ができないかは試してみるけど……期待はしないでくれよ!?』


「……うむ、頼んだぞ」


 なんてこった……。姉弟子殿のアドリブのせいでいきなり師匠に大ピンチが訪れてしまったんだけど、どうするのこれ!?


 俺が師匠に供給しているのは魔素ではなく魔力だ。もしも魔道具で測られたりしたら、再び師匠が魔素枯れだって証明してしまうようなものだ。これはなんとかしないと。だけど、魔素の供給なんてやったことがないし、いきなり成功するかどうかなんて俺には分からない。


 よし、試しに俺の魔素を師匠に流そう。……駄目だ、全然上手くいかない。魔力ならすんなりといくのに、一体なんでだ!? そういえば、魔素は血液みたいなものだとクリス先輩が言っていた。もしかすると俺と師匠では血液の型が合わないとか、そういう理由があるのかもしれない。いや、でも魔力だと上手くいっているわけだし、そういう理由ではないのかな? 原因が分からないなぁ。


 そんな試行錯誤を繰り返している内に、姉弟子殿とリーナスの間でどんどん話が進んでいく。


「……本当によろしいのですか?」


「もちろんじゃ! のう、ザンテ?」


「……問題ございません」


 くぅ。これは早くなんとかしないと! だけど、俺は焦るだけで有効な手を思い付かないでいた。考えろ、魔力は供給できているんだ。なんで魔素が供給できない? 師匠が直接俺の魔素を使わないからだ。いや、使う必要がないからだ。それは何故か? 魔法を使う時しか魔力は必要ないからだ! なるほど。つまり、そういうことか!


『分かったぜ、師匠! 師匠が魔法を使う時は俺から魔力が供給される。即ち、魔法を使う状態であれば俺の魔素は師匠と繋がった状態になるはずだ! 試している時間はない! 師匠の魔素を測るタイミングで何か魔法を使うんだ!』


「ほう! よく考え付いたな、儂が考え付いた理論と一緒じゃぞ! よし、それで行ってみよう!」


『マジか!? では、それで頼んだ!』


「うむ、任された!」


 俺と師匠のやり取りは、もちろん小声で行ったわけで、聞こえていても姉弟子殿やクリス先輩、それに国王と宰相くらいだろうから問題ないと判断した。それはともかく、リーナスは姉弟子殿と師匠に対して疑うような視線を向けながら、手にしていた短い杖の形をした魔素測定の魔道具を師匠に向けていた。


 見た目はただの杖だけど、先っぽに綺麗な石がついている。たぶん、あの石が光を放ったり、色を変えたりした結果、魔素量が数字で出てくるのだろう。それを師匠に向けるリーナスに正直危険はないかとドキドキする。あれが敵を撃つための魔道具ならば、確実に師匠の命に関わるからな。


 そう思っていたら、リーナスから律儀に「これより、ザンテ殿の魔素量を測ります!」と、合図があった。これ幸いと、師匠はその言葉に合わせて、無詠唱で指先に小さな火を灯す着火の魔法を使った。もちろん、それに使う魔力は俺が供給する。


 それを計測していたリーナスが、突然驚いて魔道具を投げ捨てた。その瞬間に、魔道具のコアを担っているであろう石が「パンッ!」と、木っ端微塵に破裂した。どうやら魔道具が壊れたらしい。


「い、一体何事だ!?」


「何が起こったのです!?」


「はっ! 私がザンテ殿の魔素量の計測に使用した魔道具が壊れてしまったようです……」


「ハッハッハッ! 当然じゃ、ザンテの魔素量がそのような魔道具で測り切れるわけがなかろう! 其方らもよく覚えておけ。何故、ザンテが突然宮廷魔法師に復帰することになったのか。何故、それを国王陛下がお許しになったのか。それは、過去に類がないほどの膨大な魔素を得たからじゃ! 今後ザンテは私の専属の魔法師となる! 頭の回る其方らであれば、その意味は当然分かるよな!?」


 そう言って、「ワハハハハハハハハッ!」と一頻り笑い声を上げると、姉弟子殿が力強く宣言した。


「私はここに宣言する! 今後、私に危害を加えようとする者を見つけた場合は、一人残らずザンテの魔法で抹殺するとな!」


 そう宣言すると、「まぁ、ここにいる皆は私の身を案じてくれた者たちばかり。皆には関係ないこととは思うが、私がこれから目指すべき立場に向けての決意表明と受け取ってくれ!」と言いながら、再び笑い始めた。


 いや、周りの貴族たちは全員ドン引きしてるみたいだけど、本当に大丈夫なのかな。というか、それって、姉弟子殿が次期国王を目指しますっていう決意表明じゃないのか? あれ、いつの間にそういう話になったんだっけ? 俺の知らないところでそんな話が出たのかと師匠に確認してみたけれど、師匠も知らない話らしい。どういうこと?


 そんな中、リーナスは師匠の魔素量の測定結果を受けて呆然としていた。この結果には相当驚いたようで、「そ、そんな馬鹿な……」と声を漏らしていた。これで宰相の言った通り、師匠が魔素量を隠すことができる魔法師だと証明されたことになる。


 自分の魔素量を偽ることができるなんて、師匠の父親である大賢者ダンサでもできなかったことらしい。


「ザンテ殿は大賢者様よりも魔素の量が豊富なのではないか?」


「魔素の量だけではない。制御についても優れているようだぞ」


 そんな声があちらこちらから聞こえてくる。師匠が褒められるのは弟子としても喜ばしいことだ。


『やったな、師匠! 大賢者よりも凄いって!』


「まだまだ、この程度では親父殿には届かぬよ」


 そう言いながらも、師匠はまんざらでもない様子だった。誰だって褒められるのは嬉しいことだし、良いことだと思うよ。師匠くらいの年齢になればそういうことも少なくなるだろうし。うん、良いことだと思う。隣に立つクリス先輩もなんだか嬉しそうだ。


「それから、祠の間で妙な魔道具を見つけたのだ。先ほど宰相が其方に問うた、魔寄せの瞳じゃ。魔素を精密に制御できる魔法師でもない限り、魔道具を使用する場合、使用者の魔力だけでなく魔素も魔道具に伝わるのは知っておろう。これには其方の魔素が残っておった。これをどう説明する?」


「まさか、持ち帰ってこられたのですか……!?」


「ふん、当たり前じゃ。重要な証拠物件じゃからのう」


「そ、そんな……」


 どうやら勝負があったようだな。因みに、魔寄せの瞳の残魔素量については俺が測ったから間違いはない。一応、国王からも王城にいる魔道具に詳しい者に確認を依頼されているそうだけど、俺の確認結果に間違いはないはずだ。リーナスの態度からして、前年リーナスが魔寄せの瞳を使ったのはほぼ確定と言える状況となった。結果はたぶん変わらないと思うけど、異議があれば申し立てても良いんだからね!


 しかし、今のやり取りでは他の貴族たちは何があったのか理解できないよな。まさか、魔寄せの瞳によって集まった岩人形が岩巨人になったなんて想像もできないだろう。ただ一人、ドリージア公爵だけは苦い顔をしている。たぶん裏で糸を引いていたのは彼で間違いないだろう。


「それでは、ライラ殿下も無事に王城へと帰還されたのですから、リーナスの不敬罪について審議致します。今回は特別に、リーナスの行動により直接的な被害を被ったライラ殿下の意見を伺いたいと思います。殿下、お言葉を頂けますか?」


「うむ。正直に言って残念の一言に尽きる。私の御者役を任せていたにも関わらず、私と陛下が信任した護衛役のザンテと荷運び役のクリスの実力を疑い、私たちの生死を確認もせずに任務を放棄して一人王城へと逃げ戻ったのだ。このような者に私の命を預けることができるのか!? 近衛騎士たる資格があるのか!? 私にはそうは思えない」


「で、殿下……! どうか、御慈悲を……!」


「……誠に残念ではあるが、其方は私だけではなく王家からも信頼を失ったのだ。それ故に、この場で近衛騎士を解任されるのは仕方のないことだと思え。それからな、二度と私の前にその姿を現すでないぞ。次に会えば、それは其方の死を意味すると思うのじゃ、良いな? リーナス・メナス、其方にスティールド王国からの追放刑を言い渡す! 其方の一族郎党にまでこの命が及ばぬことを喜ぶが良いっ! 理解したなら直ちにこの場から立ち去るのだっ!」


「そ、そんな、お待ちくださいっ! どうか、お許しをっ……!」


「誰かっ! この者をここから摘み出せっ!」


「はっ!」


 姉弟子殿の言葉を受けて、すぐに近衛騎士が十人ほど集まってきて、リーナスを取り押さえた。それを泣き喚きながら、必死に振り解こうとするリーナスだったが、十人の屈強な騎士を相手にするのは流石に分が悪かったようで、瞬く間に取り押さえられて謁見の間から連れ出されて行った。


「……これで分かったと思うが、私は敵となる者に対して容赦しない。今この場で其方らに態度を改めよとは申さぬ。だが、私への接し方はそのまま其方らへの接し方に繋がると心せよ。以上だ」


「うむ。ライラよ、ご苦労であったな。其方の言葉で、この場にいる皆も其方を蔑ろにするような者は最早いなくなっただろう。流石は余が王位継承権第一位に認めただけのことはある」


 国王の言葉に宰相が頷く。それを見て貴族たちの多くは事態を察したはずだ。次期国王には姉弟子殿が最も近いのだと。そして、それを国王と宰相の二人が認めている。つまり、余程のことがない限り、次期国王に姉弟子殿がなるのは確定的であり、姉弟子殿の次期国王就任を邪魔をするようなことがあれば、自分たちの立場が危ういのだとこの場ではっきりと理解しただろう。ドリージア公爵がどう思ったかは分からないけど。


 そして、件のドリージア公爵に対して国王はさらに追い込みをかける。彼に権力を握らせたままにしておくのは危険だと考えたのだ。


「さて、ここからはドリージア公爵の今後の処遇について話をしたいと思う。先ほどの発言の内容、振る舞い、これまでの余への態度、皆はどう思っただろうか。どれを取っても、国王である余に臣従する者の行動とは思えぬ。そこで、リーアム・ジニアス・ドリージアから公爵位と王位継承権を剥奪し、侯爵位へ降爵とするべきではないと考えておる。皆の意見を聞かせてほしい」


 国王の言葉に謁見の間が騒然となった。

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