第26話 洞窟
師匠とクリス先輩と姉弟子殿の三人でそんなことを話していると、いつの間にか王都から出ていて、一路ラーウォイ山へと向かう道中となっていた。本当にいつの間にだよ。もう少し危機感を持ったほうが良さそうだな……。
そう思っていたのだが、道中で魔物に遭遇することはほとんどなく、あったとしても、師匠による広域索敵(エリアサーチ)の魔法により瞬く間に敵性勢力を見つけ、即座に魔法で倒すという、文字通りサーチアンドデストロイを行うことになった結果、何の問題も起こることなく一行はラーウォイ山に辿り着いたのだった。
うん、リーナスが呆けているのも分かる。俺だって、何も手伝うことがなかったんだからな。姉弟子殿なんて、馬車の中で優雅にお茶を飲んでいたくらいだ。このままの雰囲気でダンジョンに向かって本当に大丈夫なのかと心配になる。
そうして山の中腹へと続く道をさらに進むと、そこには金属製の重そうな扉によって閉ざされた洞窟があった。その扉には太い鎖で頑丈に閉じられており、大きな南京錠が掛かっている。扉には王家のものらしき紋章が刻まれていた。どうやら、ここが洗礼の儀を行う難度D級ダンジョン『洗礼の洞窟』なのだろう。
「ようやく着いたのじゃ!」
「皆、心の準備はよいかの?」
「私は大丈夫です」
「ライラ殿下、御者役の私はここまでとなります。ザンテ殿、殿下のことを頼みます」
「うむ、任された。では、殿下。扉を開けてくだされ」
「あぁ、ゴルシードから鍵を預かっておる。少々待っておれ」
「手伝います」
姉弟子殿が一本の大ぶりな鍵を取り出して、それを南京錠に差し込み強く回す。するとガキッという、やや錆びついた音とともに南京錠が外れて地面にズシッと落ちた。それをクリス先輩が拾い上げて姉弟子殿の持つマジックバッグに鍵とともに仕舞う。クリス先輩が扉に掛かった鎖を取り外し、それを扉の脇にドシャりと置いた。
「では、開けるぞ?」
「お待ちくだされ。念のため、魔物除けの魔法を唱えましょう。聖なる光よ、この地を照らし、魔物の影を消し去れ! 封魔(アンチモンスター)!」
「難度D級のダンジョンで封魔を使うとは、用心深いの」
「殿下に何かあってはいけませんからな」
師匠が唱えた封魔は詠唱の内容の通り、魔物を寄せ付けない効果のある光魔法だ。ゲームとかでもよく見かける魔法だな。見た感じ、師匠とクリス先輩と姉弟子殿が淡い光の膜で包まれた感じだが、それを嫌って魔物が寄り付かなくなるということらしい。しかし、これで探索が簡単になったな。
「もう中に入ってよいか?」
「はい、大丈夫です」
「足元にお気を付けください」
「皆さまのご武運を祈っております」
「うむ。では、早速探索開始じゃ!」
そう言って姉弟子殿を先頭に、師匠とクリス先輩が洞窟の中に入る。本当は師匠が先頭を進んだほうがいいのだろうが、洗礼の儀が行われるという祠までの道順は姉弟子殿しか分からないそうで、彼女を頼るしかない。
「光の力よ、我に集い、暗闇を照らせ! 光球(ライトオーブ)!」
師匠の魔法で作り出された光の玉が頭上に浮かぶと、洞窟内が俄に明るくなった。あ、これ見たことあるな。以前ジャックが使っていた魔法だ。確かにダンジョンの探索には必須の魔法だよな。まるで夜中の工事現場で活躍している風船型の照明器具のようだ。
ダンジョンの中は本当に岩肌がむき出しのいかにも洞窟という感じだが、人の手が入っているかのように、地面は人が歩ける程度に均されているし、天上の高さも屈む必要のないくらい高い。これが自然にできたものだというのだから意味が分からない。もしかして、ダンジョンは人間を招き入れたいのだろうか? 一体どうして?
「この辺りに罠があるはずじゃ」
「ふむ。隠された罠よ、我が前に姿を現せ! 罠探知(トラップサーチ)!」
再び師匠が魔法を唱えると、ぽわっとした光が床の上に浮かび上がった。その光の色は赤く点滅しており、まるで警告しているかのようだった。
「これで心配なかろう。避けて通れば問題ないはずじゃ」
「うむ、助かったのじゃ」
ダンジョンの罠もこの通り師匠の魔法で何とかなってしまうし、本当に奥の祠に向かって歩いていくだけだな。安全なのは良いことなのだが、ダンジョン探索と聞いて少しだけワクワクしていた俺としては何だか物足りない。だが、ここで「もっと冒険感を出してほしい」なんて思ったりすると、それがフラグになってとんでもないことが起こるかもしれないから、それは絶対に口にしないことにした。
そうして、幾つかの罠を避けたり、何度かの枝分かれした道を姉弟子殿の指示に従いながら進むと、下の階層に向かう階段が見つかった。どうやらここまで順調に進んできているらしい。姉弟子殿の提案で俺たちは階段の手前の開けた場所に腰を下ろし、少し早めの昼食を取ることになった。
クリス先輩が敷物を広げると皆のカップを取り出し、そこに師匠が魔法でお湯を注ぐ。続いて、固いパンと干し肉を取り出して皆に配った。それを皆が水にふやかしたりしながら思い思いに齧る。やっぱり、あんまり美味しくなさそうだな……。せめて粉末のスープの素みたいなのがあれば良いのだが。
『それで、このダンジョンは地下何階層まであるんだ?』
「ユーマが地下何階層まであるのかと聞いておりますが、確か地下五階層まででしたかの?」
「うむ、地下五階層であっておる。下の階層に進むほどにフロアは狭くなるそうじゃから、最下層まではすぐに辿り着けるじゃろう」
『……やっぱり、最下層にはボスがいるのか?』
「最下層にはボスがいるのかと聞いておりますがどうですかな?」
「ボスというほどの強い魔物がいるとは聞いておらんが、岩に化けた小型のゴーレムがおるそうじゃ。私が祠に入って祈りを捧げている間にできるだけ多く倒してほしい」
「殿下をお守りするためですね?」
「それもあるが、狙いはそのゴーレムからドロップする紋章石じゃ」
『紋章石っていうと、国王と宰相から持ち帰るように言われているアイテムだな』
「ふむ。紋章石は大きければ大きいほど良いと伺いましたが、通常はどれぐらいのサイズなのですかな?」
「うむ、小指の先よりも小さいの」
「そんなに小さいのですか!?」
『そりゃあ見つけるのも大変だな。しかし、そうなると大きいサイズって……』
「とりあえず、親指の先ぐらいのサイズを目標にするかの……」
まさか、小指の先ほどしかない小さな石を探さないといけないとはな。親指と人差指で作った輪っかくらいのサイズはあると思っていたのだが、宝石みたいなものと考えればそれぐらいのサイズが普通なのかもしれないな。しかし、紋章石って一体どんなものなのだろうか。実物を見てみないことには見つけられないんじゃないか?
「紋章石は文字通り王家の紋章の元となったものじゃ。先ほどの扉にも刻まれておったろう。ザンテとクリスならば覚えていよう」
なるほど、王家の紋章ね。そういえばさっきの扉に刻まれていたようだけど、全然気にしてなかったので覚えていなかった。これは師匠とクリス先輩に頼るしかないな。
さて、それはともかく、今はお昼の休憩を取っているわけだが、このペースで進めば今日中に最下層まで辿り着けるのだろうか。姉弟子殿の祈りというのはどれぐらいの時間が掛かるものなのだろうか。
いろいろと確認しておきたいなと思ったとき、ズズンという大きな縦揺れの振動を感じた。皆も驚いて立ち上がり、周囲を警戒する。地震かもしれないが、はたしてダンジョンでも起きるものなのだろうか。そう思っていたら、階段の奥のほうから何やら「グォォォッ」という、大きく野太いうめき声のようなものが聞こえてきた。
『い、今のはなんだ!?』
「わからん……じゃが、下の階層から聞こえてきたのは間違いない」
「魔物の声でしょうか……?」
「大鼠や大蝙蝠、小鬼(ゴブリン)らの声ではなさそうじゃが……」
「ともかく、この先は慎重に進まねばなるまい」
『そうだな……俺もいつでも魔法を詠唱できるように備えておくよ』
「うむ、そうしてくれ。殿下、ここからは儂が先を進みますぞ」
「分かった、道案内は任せてくれ」
「私もお手伝いできるように備えます」
そう言って、クリス先輩が背中に背負っていた背負子から自分の杖を取り出した。小ぶりながら赤、緑、茶、黄の四色の宝石が嵌め込まれた立派な杖だ。恐らく、クリス先輩が扱える属性に関係しているのだと思う。結構なお値段がしそうだ。
そうそう、師匠は先日質に入れていた自分の杖を無事に取り戻している。つまり、師匠の借金は全て姉弟子殿が肩代わりしてくれたのだ。師匠の杖には大きな青色の宝石が付いており、それを支えるように銀色の装飾がされていて見事なものだ。
姉弟子殿もマジックバッグから赤い宝石がついた杖を取り出した。こちらは宝石のサイズは師匠のものほど大きくはないものの、その他の宝飾が細かく豪華で金細工のようだった。これ杖って言うよりは王笏って言うべきものなんじゃないの?
これで本当に戦えるのかと少し不安になるが、姉弟子殿は気にせずブンブンと振り回している。いや、姉弟子殿も魔法師なんだから、物理攻撃じゃなくて魔法で戦いなさいよ。というか、そんな豪華な杖で魔物を殴るなんてもったいなくない!?
クリス先輩が手早くカップと敷物を片付けると、休憩は終了し、早速次の階層へと進む準備が整った。皆、臨戦態勢が整っている。
「よし、先を急ぐぞ!」
「くれぐれも、殿下は前に出ないようにお願いしますぞ!」
「何かあれば私が囮になりますから、その隙に逃げてくださいね」
もちろん、クリス先輩に囮などという危険な役目を負わせるつもりはないし、そんな事態にならないように俺と師匠で対応するつもりだから安心してほしい。
だが、先ほどの揺れとうめき声は間違いなく連動しているはずで、間違いなく下層で何かが起こっていると思われる。このダンジョンは難度D級と言っていたが、不測の事態が起こればそれを超える可能性は十分に考えられる。今一度気を引き締めなければならない。
『師匠、もう一度詠唱の復習をさせてくれ!』
「うむ、仕方があるまい」
次の階層へと降りる階段を進む中、俺は改めて師匠に魔法がいつでも詠唱できるよう、声に出して復讐することにした。それに対して、師匠が問題ないとか、ここが違うとか細かく指摘をしてくれる。手取り足取りとはこのことを言うんだろうな。
俺は師匠と詠唱の確認をしながら、クリス先輩と姉弟子殿と一緒に次の階層へと進むことになった。
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