苦悩する悪魔

 夜の庭は静かだった。


 お茶会に興じるメイドたちも、訓練に勤しむ親衛隊たちも居ない。

 昼間の賑やかさが嘘のように深閑とした庭を、リリアは一人歩いていた。

 

 自室で鬱々としていたリリアは、夜風に当たれば少しは気が紛れるかと思って庭に出てみたのだった。

 誰にも会いたくなかったから、庭に誰もいないのは有りがたかった。


 昼間のお茶会からというもの、テレザの柔らかな笑顔が頭から離れてくれない。


 騎士ライアンを敬愛する彼女の言葉は、その騎士の魂を刈り取る存在――悪魔であるリリアの胸を強く締め付けた。


 伝説やおとぎ話の悪魔はとても冷酷だ。人の弱みにつけこんで無慈悲に魂を刈り取る。


 いっそ自分もそうであればいいのに。


 悪魔として人の魂を欲する存在でありながら、なぜそれに徹する冷酷さは自分には無いのだろうか。

 色々と世話を焼いてくれた養父を思い出す。あまりにも遠い記憶で顔すら思い出せないが、教えてもらったことは覚えている。

 

 悪魔という存在、契約の術式、あらゆることを教えてくれたけれど、胸の奥を鎖で締め付けられるような、この感覚のことは教えてくれなかった。


「リリア?」


 ふいに背後から声を掛けられた。今やすっかりと耳に馴染んだ声。


「テレザさんから聞いたよ。具合悪いんだって? もう大丈夫なのか?」


 相変わらずライアンは痛いくらいの優しい言葉をかけてくる。


「もう大丈夫です」


 リリアは振り返らずに告げた。

 ライアンは「そうか」と言うが、その場から離れようとしない。


「そ、そうだ。リリア、お前も来ないか? 今、みんなで酒を呑んでいるんだ。シェリーの奴がたまにはみんなでってさ。というか、あいつが呑みたいだけなんだろうけど」


 リリアは奥歯を噛みしめる。


 何のいらえも返さないリリアを訝って、ライアンが近づいて来た。


「なぁ、こんな暗いとこに居ないで――」


「いや!」


 手首を掴まれた時、リリアは声を出して手を振り払ってしまった。


 リリアの予想外の反応に、ライアンは困惑を隠せない。


「あ、す、すまない……」



「どうして、私なんかを誘うのですか」


「え……?」


「お忘れですか? 私はライアンさんの魂を、命を、刈り取るのが本来の仕事なのですよ? 私は貴方の命を終わらせる存在なんです。私は悪魔なんです。人から忌み嫌われる悪魔なんですよ?」


 悲しみの顔に自虐的な笑みを貼り付けてリリアは話す。


「みなさんは和気あいあいとお酒を呑んで、一緒に過ごした思い出や、希望に溢れた未来を語るのでしょう? 教えてください。そうやってみんなが楽しく笑って話す場所で、悪魔の私はどんな顔をして、何をお話したらいいのですか?」


 縋るような、救いを求めるような悲痛な顔でリリアは言った。


 ライアンは何かを言おうとするが、言葉は出てこない。


 庭には誰も居ないかのような静寂が落ちた。


「ごめんなさい」

 それだけ言い残して、リリアはその場を後にした。


 庭に残されたライアンの頬を夜風が撫でた。酷く冷たい風だった。

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