麗しき貴人の策謀

 色彩豊かに咲き誇る花々の中にその人は居た。


 緩やかに波打つ金髪は陽の光のように煌めいて、白皙の肌に浮かぶ翠緑の双眸は意思を宿す宝石のように輝きを移ろわせている。

 光沢のあるベージュのワンピースドレスには、小さな宝石を散りばめたレースが飾り付けられていて、陽の光を受けて輝いている。


 まるで名画のような佇まいのその人は、恭しく跪くトリシアと言葉を交わしていた。 


 そして、ライアンとリリアが跪く場所までゆっくりとやって来た。


「よく来てくれました。騎士ライアン」


 穏やかに透き通る声がリリアの耳朶に触れた。

 跪いているので顔を直接見ることはできないが、その声だけで誰なのかは明白だった。

 酒場やルドルフの家の時とは印象が違うが、間違い無くあのシェリーの声だったのだ。


「あなたがリリアね。騎士ライアン付きの従者をやっているそうね」

 名を呼ばれて、思わず顔を上げてしまったリリア。

 そこで見たものは、眩いばかりの麗しさを湛えながらも、悪戯っぽくウィンクするシェリーの顔だった。


 リリアはシェリーに感じていた違和感の正体がようやく分かった。

 彼女は町娘の格好をして、その高潔さと美貌を無理矢理に封じ込めていたのだ。

 そして、この煌びやかな姿こそが本来のシェリーなのだと悟った。


 トリシアが控えめに咳払いをした。リリアは我に返って慌てて頭を下げた。

「いいのよ、パトリシア。さあライアン、貴方も顔を上げて。そのままじゃお話できないでしょう?」

 ハープの音色のような優しい声がライアンにかかった。


 ゆっくりとライアンは顔を上げた。


 しかし、その顔は無愛想を通り越して、片眉を吊り上げて侮蔑を滲ませた顔だった。


 シェリーの顔が引きつり、トリシアの額に青筋が浮かぶ。


「お目にかかれて光栄です、アンジェリカ殿下。わたしのような粗野な育ちの下級騎士にまで、麗しき御声を掛けていただけるなど、願ってもないこと。この騎士ライアンは、この瞬間の為に生まれてきたのだと確信いたしました――」


 シェリーとトリシアにしか顔が見えないことをいいことに、ライアンは敬意の欠片も感じない侮辱的な顔のまま、騎士としての挨拶を口から垂れ流す。

 トリシアは剣を抜こうかと思ったがなんとか思いとどまった。


 傍から見ればライアンは騎士として礼を執っているのだ。顔以外は。


「あなた達、ここはもういいわ。下がって頂戴」

 シェリーが感情を押し殺した声で、お付のメイドたちに指示をした。

 トリシアも他の女騎士たちに目配せをして、無言で指示を送った。


 ぞろぞろと人が居なくなる気配を感じて、ライアンは顔色を青くし始める。


 やがて人の気配が綺麗に無くなった頃、騎士ライアンはおもむろに作り笑いを浮かべた。


「「遅いわ」」


 シェリーとトリシアから足が飛んできた。


*********************


 アンジェリカ・シェリル・エディンオル=ウィンザール。


 それがシェリーの名であり、リアンダール王国の正統な血筋だと、トリシアが説明をしてくれた。


「――そしては、わたしはパトリシア・シムフィールドだ。アンジェリカ様の親衛隊長の隊長を任じられている」

 トリシアは最期に自身の説明を端的に付け加えた。


 話を最期まで聞いて、リリアは椅子の上で身を縮こまらせた。

 一国の姫君ともなればその国の至宝だ。

 そんな彼女に自分が嘘をついていたこと、今なお嘘をついていることが申し訳なく思われた。


「あ、あの、どうして城下へお越しになられていたのですか?」

 戸惑いながらも、率直な疑問を投げかけた。返答はシェリーの口から返って来た。


「そんなもの、国を学ぶために決まっているじゃない。城の中にいるだけじゃ、この国の本当の姿なんて分からないわ。わたしは王族の一人として、守るべき国の姿を知る必要があるの。民は何を食べて、何を飲んで、何を話し、どう生きているのか。それらを知ることも無しに、国の為に何ができるかなんて、分からないじゃない」

 口元のカップに視線を落として語るシェリーの声音は、淡々としているものの、いくばくかの熱を帯びていた。


「騙されるな。半分は遊びだぞ」


 地べたに座らされているライアンが口を挟むが、すぐさまトリシアに足蹴にされる。


「痛ってえんだよ、本当のことだろうが! 酒場で酒飲みながら、貴族共の悪口言って、鬱憤晴らしているだけじゃねえか。俺はその姿しか見てねえぞ」


「少し、黙れ」


 殺気だった目でトリシアが剣に手をかける。

 ライアンもそれに応じるかのように威嚇の表情をあらわにした。


「はいはい、そこ喧嘩しないの」

 話題の中心に居たはずのシェリーは、他人事のように仲裁に入った。

 ライアンとトリシアは舌打ちをして、互いに顔を背けた。刃傷沙汰は避けられた様子にリリアは安堵した。


「それより、そろそろ説明してもらえないか? 何で俺らをこんなところにまで呼んだんだ? 話があるなら、いつもの酒場でいいじゃないか」

 そう問われて、シェリーはカップを静かに置いた。


「昨日言ったはずよ。ここから先は私たちの手助け無しに進めないでしょって。黒幕は国の中枢にいる可能性が高いのでしょ。アンタが近づくことすらできない所に。だから呼んであげたのよ、この国のど真ん中に」


 シェリーはトントンとテーブルを指で叩いた。その仕草の意味するところが解らないライアンでは無かった。


「確かにここは国の中枢だが。どうする、どうやって黒幕を探すんだ?」

「さあね」

「さあって……」


「無策という訳ではない――」

 後を継ぐように、トリシアが話し始めた。

「――黒の錬金術師が死んだことは情報屋を使って街に流してある。おそらく、その情報は黒幕の耳にも届いているだろう。そして時を同じくして、騎士団の生き残りであるお前が城の内部に入り込んできた。この事実、お前が黒幕の立場だとすればどう受け止める?」


「……ジルドをやったのは俺で、奴から何か情報を得て、俺が城に入り込んできた?」


「その通りだ。その黒幕はお前が邪魔で仕方が無いはずだ。そして、次に取る行動は――」

「――俺の排除か」


 ライアンの答えにトリシアは無言の肯定で応じた。

「なるほどな、俺が囮になって、黒幕をおびき寄せるってことか」


「ちょ、ちょっと待ってください。危険ではありませんか? どこに黒幕が潜んでいるか分からないのに、囮になるなんて」

 リリアの訴えにシェリーの顔が曇った。その翳った表情をトリシアは横目で見る。


「危険、というならば、たった二人で魔獣の森に探索に行く方が、よほど危険だと思うが?」

 冷ややかな眼を向けながらトリシアは告げた。


「大丈夫だ。リリア」

 ライアンが穏やかな声をリリアにかける。


「魔獣の森でも俺たちは大丈夫だった。あの時みたいにやれば大丈夫だ」

 あの時――リリアは思い出した。魔獣の森や錬金術師の館で感じた脅威の感覚。そして今この場所では感じない感覚を。

 リリアは眼の前の二人の女性を上目遣いで見た。暫しの沈黙の後、こくんと頷いた。


「わ、わかりました。できる限りわたしも尽力致します」

 その言葉にふっとシェリーが息を吐いた。


「ありがとう。リリアちゃん。でも心配しないでいいわ。ここにはわたしの親衛隊も居る。いざというという時は、彼女たちがあなたたちを守るわ。ね、トリシア?」

「もちろんです。リリア、君の命は守ると誓おう」


「トリシア、ライアンを忘れているわ」


 黙り込むトリシア。

 そして黙ったままライアンを睨みつけた。それに応えるようにライアンも睨み返す。

 

 そんな二人を見ながら、シェリーは大げさなため息をついた。

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