第三章

師匠からの呼び出し

 数日後の昼下がり――。


 ライアンはリリアといつもの酒場で食事を取っていた。


 初めてリリアを連れて酒場に訪れた夜以降、自分だけが食事を取るのが心苦しくて、ライアンはいつもリリアにも料理を食べさせていた。

 最初の内は渋っていたリリアも、最近では抵抗もせずに自然に手をつけるようになっていた。


 それどころか、新しい料理に出会うたび、大きな黒い瞳に喜色を浮かべて、興奮を隠しきれない表情を見せるのだった。


 しかし、そんな彼女を目を細めて見ていると、決まってリリアは恥ずかしそうな顔で俯いてしまうのだった。

 何故リリアが恥ずかしがるのかは解らなかったが、ライアンはとりあえず食べるところをじろじろ見るのをやめることにしていた。


 今も頬杖をついて店のカウンターの方を向き、リリアが慎ましく奏でる食器の音と咀嚼音を聞いている。


 ちなみに今リリアが堪能しているのは厚切り肉のグリルだ。

 何の肉が混ぜ込まれているか分からない合い挽き肉ではなく、一枚肉を香辛料たっぷりで焼いてもらった。


 色々と助けてもらったリリアに労いとして、ライアンが店主に頼んで奮ぱつしたのだった。

 喉を鳴らす音に続いて、リリアの満足気な吐息が聞こえてきた。どうやら食べ終わったらしい。


 向かいのリリアを見ると上目遣いの彼女と目が合った。

 ライアンは自分の唇の端をトントンと指差す。


 眼をぱちくりさせてそれを見ていたリリアは、はっと気づき慌てて唇に付いていたソースを拭った。

 その仕草に目を細めるが、その顔を見せると彼女はまた俯いてしまうと思ったので、カウンターの方へ顔を戻した。


「静かだな」

 ぼそりとライアンが呟く。夜になれば喧騒が溢れるこの酒場も、昼の食事時をすぎた今時分は静けさで包まれている。


「そうですね」

 リリアが微笑みながら応えた。視界の端で彼女の顔を見ていたライアンも頬を緩めた。


 ライアンは笑みを浮かべながらも、ここ数日の事を思い出していた。

 黒の錬金術師の館でルドルフが言っていた協力者――黒幕の存在は説得力に溢れていた。

 ならば、ジルドの館にはその存在を示す証拠があるはずと考えて、皆で館の中を丹念に調べたのだ。


 しかし、古い書物やジルドが書いたと思われる薬の製法に関する文書は見つかったものの、協力者の存在を示す痕跡は見つからなかった。

 魔獣の森の時のように、悪魔の力が反応しないかと、リリアを連れて館中をくまなく見て回ってもみたが、茶色い粉以外にはリリアの眼は反応しなかった。


 手詰まりな状況を再確認したライアンがため息をついた時。


 酒場の扉が音を立てながらゆっくりと開いた。


 現れたのはひょろりと背の高い男だった。

 ベストを重ねた仕立ての良い服に身を包み、頭にはベレー帽をのせており、羽振りの良い商人のような恰好をしていた。


 男は酒場の唯一の客である二人を見ると、真っ直ぐに近づいてきた。


「よお、騎士様。随分と暇そうだな?」


「何の用だミック。お前に売るような情報なら無いぞ」

 ミックと呼ばれた男は作ったような笑顔を浮かべる。


「そうじゃねえよ。情報を買いに来たわけじゃない。単なる伝言だよ。あんたの師匠、ルドルフさんからお呼びがかかっているぜ。家に来いってさ」

「師匠が?」

「ああ、そうだ。じゃ、伝えたからな」

 男はそれだけ言うと、踵を返して立ち去って行った。


 ジルドの館での調査の別れ際、ルドルフは別の方向から調べてみる、と言っていたことをライアンは思い出した。

 そして、そのルドルフが呼んでいるという。


 前騎士団長であるルドルフは、長年城内に仕えていた経歴から国の中枢に顔が利くのはもちろんのこと、貧民街の連中にも顔なじみが多い。

 薬師のドロシーがその良い例である。そして、平民の中から騎士候補を選ぶ勅令が出た際に、周囲の反対を押し切り貧民街の孤児からライアンを選んだのも彼だった。


 ルドルフが国の上流階級から貧民街にまで伝手を持つことは判っていたが、彼と別れてからまだ三日と経っていなかった。

 手がかりが見つかるにしても早すぎる、そう思っていたライアンにリリアが問いかける。


「あ、あの。今の方は?」


「ああ、情報屋だよ。情報を売り買いして生計を立てている奴らさ」

 リリアは小さく口を動かして、情報屋という言葉を復唱していた。


「さて、じゃあ行こうか。リリア」


 その言葉にリリアは凛とした瞳で頷いた。

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