第14話 迷子の少女Ⅰ

「あはは。レトロショップに来た気分だ」


 容量が2GBしかないUSBメモリが売っていたり、今ではもう殆ど見ないマイクロSDカードが売っている。


 こういう店に来た時、自分がタイムリープしたのだと実感する。

 クラウドサービスも始まってない。通信速度も遅い。スマホや高スペックPCに慣れた身としては、中々不便だ。


「やべ。早く戻らないと」


 買うものは決めているのに、ついつい店の中を探索してしまった。


 買い物を済ませ、学校へ戻ろうとしていると、コンビニの駐車場から、女児が号泣する声が聞こえてきた。

 なんだと思い見てみると、そこには大号泣する四歳くらいの幼女がいた。

 それをなだめようとする買い物帰りの女子が一人。


「由姫!?」


 先に帰っていたはずが、まだこんなところにいたのか。


「ねぇ、お母さんは……」


「うわああああああああああああああああん!」


「おうちの方向、わかる? お名前は……」


「うわああああああああああああああああああ!」


 どうやら迷子か何かだろうか。それにしても、全然泣き止む気配がない。


「どうしよう……」


 あまりにも泣き止まない女の子に、由姫は困った顔で唇を噛んでいた。

 他の通りかかった人達も、由姫が既に対応をしているからか、我関せずといった感じだ。


「その子、迷子なのか?」


「鈴原くん」


 由姫は俺に気づくと、少しほっとした表情を浮かべた。一人で心細かったようだ。


「迷子みたいなんだけど、話しかけた瞬間に泣き出して……」


「どこか怪我しているのか?」


 しかし、女の子の体に目立った外傷などは見当たらない。


 俺は腰を降ろして彼女と目線を合わすと、優しい声で訊ねかけた。


「なんで泣いてるのかな? どこか痛い?」


 幼女は涙まみれの目で俺を見ると、小さな手で由姫を指差した。

 

「ゆきおんなこわいいいいいいい!」


「ゆ、雪女!?」


 彼女が泣き止まない理由がまさか自分だったとは。想定外の理由に、由姫はショックを受けていた。


「ゆ、雪女……」


「なに笑ってるの……?」


「いや、な、なんでもない」


 俺が必死に笑いをこらえていると、由姫が眉間に青筋を立てていた。


 たしかに。由姫は銀髪で肌の色も白い。雪女と勘違いしてもおかしくないか。

 それにしても、白薔薇姫に、雪女。俺の嫁、色んな名前を付けられすぎだろ。


 まずは泣き止んでもらわなければ、話をしようがないな。

 俺は鞄からフルーツキャンディを幾つか取り出すと、手のひらに載せて幼女の前に差し出した。


「キャンディ食べる? どの味が好きかな?」


「………………いちご」


 半べそ状態のままだったが、キャンディは食べたいらしい。女の子は小さな手でキャンディを掴むと口に入れた。


「それ、副会長に頼まれていたお菓子じゃないの?」


「一、二個食べてもバレないって」


 どうやら効果はてきめんだった。女の子はころころと口の中でキャンディを転がすと


「おいしい」


 と微笑んだ。あら可愛い。


「そうか。良かった良かった」


 俺は彼女の頭を優しくなでながら、諭すように話しかける。


「このお姉ちゃんはね。雪女なんかじゃないんだよ」


「で、でも、かみもはだのいろもまっしろだよ……?」


「外国人って知ってるかな? 外国の人は髪の毛や肌の色が違ったりするんだよ」


「しってるよ。でも、おねえちゃん、ずっとにほんごしゃべってるよ。がいこくじんは、がいこくごをしゃべるんだよー」


「ぐっ……」


 この幼女、レスバ強えな。


「私、日本人の血が混じってるし、日本語が喋れるのはずっと日本にいるからで……」


「? よくわかんない……」


 由姫の説明が難しかったのか、女の子は唇を尖らせてうつむいてしまった。


 ふむ。なら、ちょっと違うアプローチをしてみるか。


「雪女は体中が冷たいんだよね?」


「そうだよ」


「じゃあ、逆に体が温かかったら、雪女じゃないってことになるよね?」


「……うん」


「なら、触って確かめてみよう」


 女の子の背を押して、由姫に触るよう促してみた。


「………………………………ふぇ……」


 しかし、まだ怖いのか、女の子は俺の後ろに隠れてしまった。

 しゃーない。俺がまず実験台になるか。


「有栖川。ちょっと左手、借りるぞ」


「え……ちょっ」


 ぎゅっと、俺は由姫の手を握って見せた。


「ほーら、冷たくない」


 驚いた由姫の体が硬直するが、俺は構わず彼女の手をひっぱり、女の子の前に出してみた。


「……………………」


 女の子はおそるおそる、ちょんと小さな手で由姫の手を触った。


「ほんとだ。あったかい!」


 彼女の顔に安堵の色が映った。


「おねえちゃん、ほんとにゆきおんなじゃないんだ」


「だからずっとそう言ってるでしょ……」


「あ。よくみると、かおもしろくない。まっかだー」


「え……」


 顔が赤い? 由姫の顔を見てみると、たしかに真っ赤だった。

 なんでだろうと、と思ったが、その理由はすぐにわかった。

 由姫は俺が触った手をもじもじさせていた。え? もしかして、俺が手を触ったから、そうなったのか?


「さ、触るなら先に言いなさいよ。驚いたじゃない」


 彼女は眉をひそめながら、ぼそりと呟いた。


 この時代の由姫も、男の子に免疫が無いのは、変わらずだった。

 未来で免疫ゼロだったから、当然と言えば、当然なのだが。

 あぁもうなんだこの可愛い生き物。

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