第1話 タイムリープは突然に


「ん?」


 朝起きると、違和感を感じた。

 いつもの布団じゃない。しかし、なんだか懐かしいにおいがする。


「あれ……ここホテルか? おかしいな。俺、昨日は出張じゃなかったハズなのに……」


 寝ぼけた頭を必死に動かす。辺りを見渡していくうちに、見覚えのある部屋であることに気づいた。


「ここは……俺の部屋……か?」


 実家の子供部屋のベッドに俺は寝転んでいた。

 何故? 実家なんて、お盆と正月くらいしか帰らないのに。


「早くしないと朝ご飯冷めちゃうわよー」


 ドタドタと階段を上る音と共に、母さんの声が聞こえてきた。

うん。やっぱり実家みたいだ。


「母さん。俺、なんで実家に帰ってきてるんだっけ?」


「実家? 寝ぼけてないで、顔洗ってらっしゃい」


 ドアの向こう側。俺が起きたことを確認した母さんの階段を下りる音が聞こえてきた。


「ん? なんか体が軽いな」


 仕事の疲れが綺麗に消えていた。しかも、朝起きたばかりなのに、肩こりが無い。

 それに、無性に腹が減っている。いつもは胃もたれで、朝食は軽いものしか食べられないはずなのに。今ならステーキが出てきても、ペロリといけそうだ。


 不思議なこともあるものだ。

 そんな違和感に、首を傾げながらも、俺は一階にある洗面所に向かった。


 顔を洗い、タオルで拭き、寝癖を直そうと鏡を見た時だった。


「は?」


 鏡に子供の姿の俺が映っていた。


 百八十センチ近くあった身長も、百六十センチほどしかなく、顔も童顔。

 無精ひげのないツルツルの顎。

 太らないようにと、ジムで無駄に鍛えた筋肉も消え失せていた。


 これは……高校……いや、中学生の頃の俺……か?


「いやいやいや……いやいやいやいやいや」


 なんだこれ!? 夢か!?

 だが、リアルすぎる。顔を洗う時の水の冷たさや、タオルの感触が夢とは思えない。


「まーくん。何してるの? 早くしないと学校に遅れるわよ」


 俺が頬をつねっていると、おたまを手に持った母さんがやってきた。


「!?」


 母さんも若返っていた。


 元々童顔で、十歳ほど若く見える人なのだが、しわや白髪が一本も無くなっている。


「か、母さん。なんか若返った?」


「あ、わかる? 化粧水、変えたのよ。父さんより先に気づくなんてね」


「と、父さん!?」


 まさかな……。俺は慌てて、食卓のあるリビングへと向かった。そして息を飲んだ。


「あぁ……。会社行きたくないよぉ……」


 死んだはずの父さんが朝食を食べていたのだ。ネガティブオーラを出しながら、黙々とリスのように朝食を頬張っている。


 父さんは五年前、病気で死んだ。そんな父さんが元気に生きている。


「休んじゃおうかなぁ……。なんか熱ある気がするし、休んじゃおうかなぁ……」


「ずる休みは駄目よ。社長なんだから、皆の見本になるような行動をしないと」


 子供の頃、何度も見た両親のやり取りだ。ネガティブな父さんと、ポジティブな母さん。


「ほら、まーくんもさっさとご飯を食べて! 受験生は体が資本なんだから」


「じゅ、受験生? 俺が?」


「まだ寝ぼけてるの? そうだ。進路希望調査票、貰ったんでしょ。忘れずに出しなさいね」


「…………………………」


 頭がどうにかなりそうだった。ふらふらとした足取りで、自分の部屋に戻り、ベッドの横にあった自分の携帯を手に取った。

 俺の携帯もスマホではなく、黒いガラケーに戻っていた。

 ガラケーの待ち受け画面に表示されていた時間は二〇〇八年、一一月二五日。


 つまり今の俺は中学三年生。


 こみ上げてくる胃液を必死に押し込みながら、俺は震える唇で呟いた。


「過去に戻ってる……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る