彼女をデレさせる方法を、将来結婚する俺だけが知っている

中村ヒロ

プロローグ 白薔薇姫には誰もさわれない(俺を除く)


 白薔薇姫。


 有栖川由姫の異名である。

 初めて聞いた時、なかなか良いネーミングセンスだと思った。

 彼女の外見と中身を表すのに、これ以上ない組み合わせだと思ったからだ。


 ポーランド人とのハーフで、母親譲りの美貌。

 白銀の糸かような銀髪。

 サファイアのような瞳に、長いまつ毛。シミ一つない白い肌。


 北欧人の整ったパーツに、日本人特有の童顔が加わって、まるでドールをそのまま大きくしたかのようにさえ感じる。

 凛とした顔つきとは逆に、背は小柄。しかし、そのギャップが庇護欲を掻き立てる。

 童話に出てくる白雪姫のように、鏡に訊ねれば彼女の名前が返ってくるかもしれない。

 そして今日も男達が、花の蜜に引き寄せられるミツバチのように、彼女の元へと集まるのだった。


「有栖川さん。今度一緒に映画行かない?」


 休み時間。別のクラスの男子が映画のパンフレットを片手に彼女に話しかけた。


「誰?」


「瀬川だよ。この前の選択授業の時、隣の席だったじゃん」


 瀬川はへらへらとした態度で、手に持っていたパンフレットを彼女の机の上に置いた。


「一人で行くのは寂しいから、一緒に行く人捜してんだよね。一緒にどう?」


 彼が持っている映画のポスターは、泣けると噂の恋愛映画だった。


「有栖川さんの行ける日に合わせるからさ、いつがいいとかある?」


 上手い誘い方だな、と俺は思った。

 いつがいいかを聞くことで、断りづらくしている、ナンパ慣れしているやつの話し方だった。


 しかし――


「興味ないわ」


 彼女は顔もロクに見ずに、きっぱりと断った。


「あー。恋愛系の映画は興味ないんだ。有栖川さんは、どんな映画が好きなの? 教えてよ」


 だが、瀬川はめげない。持ち前のコミュ力を駆使し、話を続けようとする。


「ごめんなさい。私としたことが、言葉足らずだったわ」


 彼女は初めて、彼の顔をしっかりと見ると、はっきりとした声で言った。


「興味が無いって言ったのは、映画じゃなくて、貴方のことよ」


 ざっくりと何かが抉れた音と共に、瀬川の顔が引きつった。

 女の子にここまでこっぴどく拒絶されたのは、彼の人生で初めてではないだろうか。


「そ、そっかー」


 彼は絞り出すような声をだしたあと、ふらふらとした足取りで帰っていった。

 これが、彼女の持っている棘である。

 下心を持って近づいたものは、ああしてバッサリと切り捨てられる。

 決して汚れることのない純白のベールのような少女。

 白雪姫のように美しいが、薔薇のように棘がある。

 

 だから、白薔薇姫。


「あーあ。今日も犠牲者が出たよ」


「白薔薇姫を落とせるやつ、この学校にいるのかね」


 一部始終を見ていたクラスメイトの男子達が、憐れみを込めた目で瀬川を見送っていた。


 白薔薇姫を落とせるやつ……か。


 俺は席を立つと、彼女の元へ歩いていく。そして、気さくな感じで話しかけた。


「有栖川。この前の映画――」


「っ! ちょっと来て!」


 彼女は慌てて立ち上がると、俺の腕を引き、教室の外へ出た。

 そして、人通りの少ない屋上へ続く階段まで歩くと


「どういうつもり?」


 と苛立ちげに訊ねてきた。


「何が?」


「とぼけないで。一緒に映画に行ったことは、他言しないって約束だったでしょ」


「わかってるよ。誰にも言うつもりはないって」


「じゃあ、さっきのは何? 周りに人がいたでしょ」


「あぁ、生徒会の仕事の話。この前の映画研究会のDVDプレイヤーの修理申請、承認印貰ったか聞きたくてさ」


「え、映画研究会……」


 かぁと彼女の顔が紅潮する。

 どうやら、早とちりをしたことに気づいたらしい。


「そ、それならそうと早く言いなさい。紛らわしいのよ」


「へいへい。俺達が友達ってことは、クラスの皆には秘密だもんな」


「気を付けてよね。変な噂を立てられるの嫌なんだから」


「俺は全然かまわないんだけど」


「私が気にするの!」


 子供のように唇を尖らせる彼女に、俺は苦笑いを浮かべている。

 俺だけが知っている彼女の秘密。

 白薔薇姫と呼ばれているクールな彼女が、蓋を開けてみると意外とポンコツだということ。

 他にも好きな食べ物。どんな映画が好きなのか。

 好きな動物。好きな異性のタイプ。

 そして、彼女の控えめな胸が、将来とてつもなく大きく育つことも、俺は知っている。

 なぜ、そんなに詳しいのか。


 それは彼女が将来結婚する、俺の嫁だからだ。

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