君語り
すもも
名前しか知らない先輩
あの人のことは何もわからない。
だから知りたくなった。
僕は、放課後になってすぐ、わざわざ学年の違う教室に来て、今日もあの人に声をかける。
「先輩、お時間いいですか?」
「あぁ……また君か。こりないね、全く」
中性的なその声が、ズボンにリボンという独特なその格好が、男のように凛々しく女のように美しいその容姿が。
この人の性別をわからなくさせている。
氏を
それがこの人の名前だった。
「さて、今日はどういったお話かな。どうせ君のことだから、あれが気になるこれが気になると、どこかで聞いた噂話をボクに語ってくれるのかい?」
「はい。今日も今日とて、いつもと変わらぬオカルト探求です」
「いつからボクは、ボクたちはオカ研なんかを立ち上げたんだっけ?」
「いやいや。他の生徒がお化けの被害に遭わないようにする慈善活動じゃないですか」
「そういうのは事前に聞いておきたかったのだけれど」
そう言いつつも先輩はのり気のようで、既に主の座っていない前の席に座るように手で促す。
僕はそれに従って、椅子を横向きに座る。他の先輩方はもう慣れたのか、三年生の教室に二年生の僕がいることを不思議がる人はいない。
「ほら、準備ができたら語りたまえよ。今年でボクも受験生だ。あまり長い時間、君とのお遊びに興じている暇はないんだよ」
「そうですか。……ところで先輩、進路ってどうするんですか?」
「さっさと話せと言っているのに、君はボク以上に人の話を聞かないな。別に、夢に向かって進学するだけさ」
「夢?」
「おおっと、それ以上ボクに質問がしたいなら、答えを返さず家に帰らせてもらうよ?」
「すみません、先輩から夢なんて言葉、人をバカにするときにしか聞かないので」
「君はボクをなんだと思っているのかな」
そんな他愛もない会話をしてから、「それでは」と本題に切り出す。噂話で終わらせない怪談話を。
「学校特有にして固有の怪談、みんな大好き七不思議について」
すると、先輩は呆れたように小さくため息をつく。顔にはデカデカと拍子抜けと書かれていて、たしかに今更ではあるけれど、そんなにガッカリしなくても……。
せっかく休み時間を全部使って七つ探してきたというのに、あんまりだ。
「たしかに七不思議はメジャーですけど、この学校のは花子さんも人体模型も出てこない、本物っぽいのばっかなんですよ」
「そうだね、そのことは知っているよ。ボクは何も、君が七不思議を選んだことに対して落胆したわけじゃなくてね」
どこか気まずそうに、もじもじとしながら先輩は言う。
「ただ、申し訳ないことに、ボクが入学してすぐの頃、つまりは二年前に。その七不思議を調べていてね」
「…………」
いや、考えてみれば自然なことなのだ。
僕も僕だけれど、先輩だって好奇心と行動力は人一倍以上ある。今はそれほどでもないけれど、気になったらわかるまで調べ、わからないなら自ら結論付けるような人だったのだ。
そんな人が、入学したてで浮き足立っている時期に七不思議なんておもしろそうなものを調べないはずがない。
「そんなにガッカリするなよ。せっかくだ、復習を兼ねて、もう一度足を運んであげようじゃないか」
「七不思議の復習?」
「拗ねないでくれ。ボクの気が変わらない内に、ほら」
先輩は、自分のノートとシャーペンを机に広げた。僕の知っている七不思議を書いていけばいいのだろう。
落ち込んでいても仕方ないし、先輩の広い心と深い器に甘えることにした。
七つ書き終えると、先輩は、それらの先頭に数字を書いていく。上から一二三ではなくバラバラに書いているから、きっと何か順番があるのだろう。
「この数字の順番で調べようか」
「何の順番ですか?」
「順番通りじゃないと呪われるとか、難易度の低い順だとか、そういう大それたものじゃないさ。二年前にボクが調べたときの順番というだけだよ」
本当になんの意味もないのかはわからないけれど、別に順番なんてどうでもよかったので適当に頷いた。
七月だから日が暮れるのは遅いけれど、先輩を暗いなか一人で帰らせるわけにもいかないので、今日だけで七つ調べるのは無理だろう。
先輩も同じようなことを思ったらしく、窓の外と時計を見てから、言った。
「たしか明日から三者面談で午前授業だったよね。せっかくだし、調べるのは明日の午後にしようか。それなら一日で全て回れる」
「そう……ですね。そうしましょう」
「不満があるなら遠慮しなくていいよ。一つだけでも調べるかい?」
「いえ。明日にしますよ。一日たっぷり使えるなら、そっちの方が楽しそうだ」
「君とはつくづく気が合うな」
「好きなものは最後まで残したい派なんですね」
そんな掛け合いをしながら笑っていると、先輩は椅子から立ち上がって、振り向くように僕の方を見た。
明日に持ち越したことに罪悪感を感じたのか、少し憐れむような表情をしていた先輩は、申し訳程度の笑顔をつくって言った。
「ごめんね。
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