牛丼が食べたい!!

 仕事を終えた迷輪豆まよわずゴウが自宅アパートの最寄り駅に到着したのは21時を少し過ぎた頃だった。


「腹減った~」


 駅から自宅アパートに向かう途中、迷輪豆は腹を擦りながら呟く。寝坊&金欠で朝から水とコーヒーしか飲んでいない彼の腹は限界を迎え、夕方くらいからずっと抗議の声を上げ続けている。


 流石に何か食わないといけないな。


 そんなことを考えながら歩いていると、迷輪豆の視線の先に行きつけの牛丼屋が現れた。


「……」


 迷輪豆は無言のまま牛丼屋の前で足を止めた。


 牛丼屋『牛丼マックス』。迷輪豆がちょっと贅沢したい時に食べにくる50代中盤くらいの夫婦が営業している牛丼屋だ。


「……んぐ」


 過去に何度も食べている牛丼マックスの牛丼セットを思い出し、迷輪豆は生唾を呑んだ。そして、鞄の中から財布を取り出し、財布の中身と牛丼マックスを交互に見る。

 

 しばらくの間、財布と牛丼マックスを交互に見ていた迷輪豆だったが、財布を鞄の中にしまい、肩を落とす。その時、


「おいおい。今日は溜まってた仕事を全部処理できたんだ。自分にご褒美を与えてもいいじゃないか。明日から節約すればいいんだよ。今日くらい食っちまえよ」


 と、脳内悪魔が甘い言葉を投げかけてきた。悪魔のその言葉に迷輪豆の顔に光が戻る。


 確かに今日くらいはいいかもしれない。仕事も一区切りしたし、明日から頑張りましょうという意味合いを兼ねて自分にご褒美をあげるのも精神衛生上大事なことだ。


「そうですゴウ。牛丼マックスの牛丼はとてもとても美味しいので、ご褒美として最も適しているでしょう。それにストレスを溜めるのは良くありません。お金のことはまあ、明日になったら考えましょう。今はとにかく牛丼マックスの牛丼を食べましょう。っていうか、私が食べたいのです。早くいきましょう」


 と、脳内天使も賛同してくれている。

 

「お、おい」

 

 天使が肯定すると思っていなかったのか、悪魔が戸惑ったようにおろおろし始めた。


「いいのか?お前の立場的にここは止めるとこのはずじゃ……」

「黙りなさい悪の者よ!私はゴウがストレスを溜めないようそっと背中を押したにすぎません」

「い、いや、私が食べたいってさっき言って……それに、お金のことはどうすんだ?」

「それは明日になって考えればいいでしょう!」

「でも、それだと明日から……」

「黙りなさい!!」

「お、おう……まあ、俺的には何も問題はないけど……」


 天使の圧力に負けた悪魔はスーっとその姿を消した。


「さあ、ゴウ!悪の者は消えました。心置きなく牛丼を味わおうじゃありませんか。さあ!さあ!さあ!!」


 興奮気味な脳内天使に背中を押され、迷輪豆は牛丼マックスに入店し、至極の時間を過ごした。しかし、彼がこの後、数日の間、究極の節約生活を強いられたのは言うまでもないだろう。

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