迷輪豆ゴウの脳内天使と脳内悪魔

煤元良蔵

リアタイで観たい!!

 仕事帰りの人々で溢れかえる駅前通りから徒歩30分の場所にある閑静な住宅街。そこにひっそりと佇む築10年の二階建てアパート『べベベンベン』。その201号室に住む迷輪豆まよわずゴウ、25歳は真剣な表情を浮かべながら、目の前の画面が真っ暗な24インチテレビを睨んでいた。


 彼は悩んでいた。深夜2時から放送されている深夜アニメ、マロマロピースレボリューションというお色気アニメをリアタイするかどうかを。


「う~ん。どうしたものか……今が22時だから……まだ、余裕はあるんだよな。でも……う~ん……リアタイで観たいんだよな~。マロマロピースレボリューション……2時からなんだよな……でも、明日は朝早いし、絶対に飛ばせない用事があるし……万一の事を考えると今のうちに寝ないとダメなんだよな。でも、リアタイしたいしな」


 迷輪豆は頭を掻きながら、唇を尖らせる。


 深夜2時45分に就寝、早朝4時45分に起床という生活を7年もの間続けてきたのだから、おそらく今回もリアタイできるし、問題はない……のだが、万が一、寝坊などしようものなら目も当てられない。だからこそ迷っているのだ。


 重く低い犬の威嚇する声のような唸り声をしばらく上げた迷輪豆は、両膝をパンっと叩いて小さく息を吐いた。


「ふぅ……やっぱり寝た方がいい。万一のことがあるとあれだからな。うん、寝よう」


 そう迷輪豆が結論を出した時、脳内悪魔が現れ、甘い言葉でこちらを誘惑してきた。


「いやいや、大丈夫だって。アニメを見たところでいつもの就寝時間と変わんないんだからアニメ見ようぜ」


 その言葉に出したはずの結論がボロボロと崩れ去っていく。


「だよな~。やっぱり見てもいいよな?」


「ああ、考えてみろ。マロマロピースレボリューションは今回で第7話。お前は毎回リアルタイムで鑑賞していたが、次の日もしっかりと朝4時45分に起きれていたじゃないか」


「確かに」


 悪魔の言葉に迷輪豆は得心したように頷いた。不安材料だった万一のことがあったら、という事など迷輪豆の頭から綺麗さっぱりなくなっていた。


「じゃあ、今日もマロマロピースレボリューションを見ちゃいますか」


 と、悪魔の囁きに促されるまま、鼻歌交じりで寝巻から部屋着へと着替えようとした時、


「待ちなさいゴウ」


 優しいゆったりとした口調で語りかけてくる脳内天使の言葉に迷輪豆の着替える手がピタリと止まる。


「明日は本当に大切な用事があるのでしょう?万一の事があってはいけません。ここは素直に眠るのです。リアルタイムで干渉できないのは不本意ではありますが、第7話は見逃し配信で見る事にしましょう」


「やっぱりそうだよな。明日は絶対に飛ばせない用事だし……万一ってのがあるからな。7年間問題ないから大丈夫ってのは単純すぎるよな」


「ええそうです。私もマロマロピースレボリューションの続きが気になりますが、万一の事があってはなりません。今日は眠ることにしましょう。今日はゆっくりと眠り、もし、2時前に目が覚めたのならば、その時は第7話を見ようではありませんか」


 天使の言葉に迷輪豆は言葉を失った。

 そんな天才的な発想、微塵も思いつかなかったからだ。


「天才過ぎるだろ脳内天使!そうだよ、もし起きれたら見ればいいんだよ!よし、寝よう。ありがとな俺の中の天使。じゃあ、俺はもう寝るわ!」


「ええ、おやすみなさいゴウ」


「おいおい。本当にいいのか?リアルタイムは一生に一度の……ぶべりゃへじゃぎゃああ!?」


 眠りに就こうとする迷輪豆を尚も誘惑しようとする悪魔の左頬に天使の拳が減り込む。


「ぶうぉぉぉおよふひょう!?て、天使!何しやがる!!」


「ゴウは既に眠ると決めたのです。それを邪魔しようというのなら容赦はしません。というか、元々あなたのこと気に入らなかったのですよ。この際だから、ここで消滅させてやりましょう」


 そう言って天使は倒れた悪魔に追い打ちをかけていく。


~数十秒後~


 幾度となく続いた打撃音が鳴り止み、悪魔の声がパタリと聞こえなくなり、姿も見えなくなってしまった。


「ふぅ。ゴウよ悪は去りました。さあ、思う存分と寝るのです」


「ふう。おやすみ」


 ゆっくりと瞼を下ろし、眠ろうとした迷輪豆だったが、いつもと違う生活リズムに体がついてくるはずもなく、結局彼が眠りに就いたのは、目を閉じてから4時間45分後の2時45分なのであった。

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