許婚

北斗光太郎

章タイトル未設定

第1回

「ごめん、今何て言った?」

 と、南野みなみの百合亜ゆりあが目を丸める。

「親同士が決めた許婚が来るの」

 と、言った柏木かしわぎ雪美ゆきみの表情は、真剣そのものだった。

 百合亜と雪美は、ともにG大学の3年生。

 二人は今、大学近くの喫茶店に来ていた。

 雪美がどうしても相談したいことがあると、言ってきたからだ。

 百合亜は、この後バイトが入っているから、あまり時間がないのだが、それでもいいと言うのだから、よほどの事情なのだろうと察してはいたのだが……。

「--もしかして、雪美の実家が、その許婚の実家から借金でもしてるの?」

「ちよっと、やめてよ」

 雪美は、苦笑すると、「百合亜が考えているようなことは、全くないわよ。むしろ、家族同士は仲がいいの」

「でも、あなたは許婚のことが好きじゃないんでしょ?」

「厳密に言うと、それもちょっと違うの」

「だって、その人と結婚したくないんでしょ」

「そうよ」

 と。雪美は応えたが、煮え切らない表情をしている。

 雪美の話は簡単に言えば、三日後ーーこの日は、雪美の誕生日である。

 親同士が決めた約束で、雪美の21歳の誕生日に、許婚とともに婚姻届を出しに行くことになってるそうだ。

 昨日、母親から連絡があり、

「婚姻届は、後、あなたがサインするだけだから」

 と、のん気に言われたそうだ。

「そんなの、断ればいいんじゃないの」

「そういう訳にもいかないのよ」

「その許婚という人、会ったことはあるの?」

「昔からよく遊んだこともあるの。別に悪い人じゃないわよ」

「そうーーなの」

 百合亜は、目をパチクリさせ、「でも、結婚はしたくない」

「私、どうしても承諾出来ないことがあるの」

「何よ、その承諾できないことって?」

「彼ねえ、爬虫類好きなの」

「それはーー私もダメかも……」

 百合亜は、聞いた瞬間、目が点になってしまった。

「分かるでしょ、私の気持ち」

「分かる。私も断固拒否」

 と、百合亜は言ってから、「でもそれは、家では何も飼わない約束でもすればいいんじゃない」

「それ、何度もお願いした」

「嫌だって?」

「彼らは、僕の心を癒してくれる大事な家族なんだからって」

「彼らーー1匹じゃないのね」

 百合亜は、心を落ち着かせるため、レモンティーを一口飲んだ。

「複数よ。初めて彼の部屋に入った日から、二度と行ってないから、正確には分からないけど。たしかねえ、ヘビがいたでしょ」

 雪美が、指折り始めたのを見て、百合亜は、思いっ切り手を振って、

「いい! それ、全然興味ない、聞きたくない!」

「だよねぇ」

 雪美は、その当時の光景を思い出したからだろうが、顔から血の気が失せてる。

「困ったわねえ……」

 と、百合亜も言うしかない。

「このさい、こちらで恋人ができたから、って断るしかないと思って」

「それで、いいんじゃない」

「その相手に、心あたりないかな」

「そんなの、雪美の知り合いに頼めないの?」

「私の知り合い、みんな講義があるのよ」

「雪美の誕生日って、今度の木曜日か」

 と、言うと、「ちょっと待ってね」

 百合亜は、ケータイ を取り出してかける。

「ーー不動君、ちょっと頼みがあるの」

 百合亜は、幼なじみの山田やまだ不動ふどうに電話をかけ、事情を説明した。

 その上で、木曜日の午前中に都合のつく人を捜してもらった。

 --次の日に、不動から連絡があり、

「捜すまでもなく、水鳥の奴が講義をさぼって引き受けてくれるそうだ」

 水鳥みずどりれいは、不動の高校の時からの友達だ。

 ミステリー研究会の部員である彼は、自称引きこもりのプロを名乗る変わり者である。

「電話で、彼に、恋人が出来たからあなたとは、結婚出来ませんと伝えたら」

 と、提案したところ、

「それは、すでにやったの」

 と、雪美はいい、彼からは、

「この目で、その恋人が見たい」

 と、言われたらしい。

 --木曜日当日は百合亜も、約束の喫茶店に出向き、雪美たちの隣の席に座り、様子を見守ることにした。

 相手は、まだ来ていないようだ。

「本日限りの、恋人をやらせていただだく、水鳥です、よろしく」

 などと、霊が席に着くなり言った。

 この喫茶店を指定したのは、霊である。

「--来たわ。彼よ」

 と、雪美が霊を突っつく。

 その男に向けて手を振る。

 スーツにネクタイ。

 仕事の途中で、「ちょっと休憩」と言って、入ってきたサラーリマンそのものである。

「ごめんよ、ちょっと遅れたようだね。何しろ、東京ははじめてだから」

 と、男は汗を拭きながら言うと、名刺を取り出して、「はじめまして。若島田わかしまだけんといいます」

 受け取った霊は、

「へー、市役所の人!」

 と、言った。

 もちろん、百合亜に聞かせるためだろう。

「こちらはーー」

 雪美が、言いかけると、

「水鳥霊。学生だ。--名刺は持たない主義だ、勘弁してくれ」

「はあ」

 若島田は、呆気にとられた。

「あんた、歳は?」

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