君はだれ?

北斗光太郎

章タイトル未設定

第1回

「あのー、すみません、そこは待ち合わせの人が」

 蒼天そうてん仙士郎せんしろうは、恐縮しながら言った。

 今日は、二週間前の合コンで知り合った子と、初めてのデートである。

待ち合わせに指定された喫茶店の名前も、入店する前に何度も確認したので、間違えるはずもない。

 間違ってるのは、自分の向かいの席に座りコクっと頭を下げた女性のほうだ。

「--久し振りね、仙ちゃん!」

 と、女性は微笑むと、「今日は、朝美と代わってもらったの」

 代わってってーーアルバイトのシフトじゃないんだし、どうなってるんだ?

 たしかに、今日、ここへ来るはず(?)の子は、六本木ろっぽんぎ朝美あさみという子である。

 短大の1年生と言っていた。

 目の前の子も、歳は同じくらいだろう。

 蒼天は、G大学の4年生だ。

 自分より、3歳も年下の子で、自分を仙ちゃんなんて呼ぶ子なんていたかな?

 蒼天には、思い浮かばなかった。

「--朝美ちゃんは、どうかしたのかな?」

 蒼天にしてみれば、これを最初に訊くべきだろ。

「訊きたい?」

 その子が、楽しげに微笑む。

「まあね」

「そう」

 その子は、真顔に戻ると、「じゃあ、まず深呼吸をしましょう」

 おいおい!

 それじゃあ、訊く気なくなるよ!

 蒼天が呆気にとられて、何も言えないでいると、

「どうしたの。ほら早く、深呼吸して!」

 と、その子にせかされる。

 仕方なく、言われた通りに深呼吸をしてから、

「はい、どうぞ!」

 と、うながした。

「軽薄が、服着て歩いているような人だから、気乗りしない、って言ってました朝美」

「そう……」

「ショックでした?」

 その子は、笑顔で、「大丈夫ですよね、よく言われるんでしょ?」

「君は、人の傷口に塩を塗り込むのが趣味なのか」

「そんな趣味はないですよ」

「あ、そう!」

 蒼天は、ため息をついてから、「それで、どうして君が代打で来たの?」

「そりゃ、仙ちゃんに久し振りに会いたくなったからよ」

「俺、君に憶えがないんだけど」

「少しは、方向音痴は治ったのかしら」

「いやあ、相変わらずだけど」

 蒼天は、ギョッとすると、「--俺が、方向音痴だって知ってるのは、そういないはずだけど」

「じゃあ、ミステリーオタクの友達は、今でも書き続けてる?」

「まあね。同じ大学だよ」

 冬野ふゆの香奈太かなたのことだろう。

 子供の頃から新作ができると、真っ先に読まされた。

「それって、もしかして」

 その子は、目を丸めると、「現役大学生作家の、冬野香奈太のことだったりする?」

「--そうだけど、君もミステリーファンなの?」

「違うわよ」

 その子は、首を振ってから、「ただ冬野香奈太の記事を読んだときに、『この人、仙ちゃんと同じ大学の人なんだ』と、思って憶えてただけ」

「そう」

 蒼天は、肩をすくめると、「あいつは、大学を卒業したら結婚するよ」

「ごめんなさい、すぐ出ます」

と、その子が注文を取りに来たウエートレスに勝手に言う。

「えっ?」

蒼天は、目を白黒させると、「コーヒーくらい飲もうよ」

「出ましょう。私、行きたいところあるの」

でも、喫茶店に入って、水だけもらって何も注文しないというのは……。

幸い、店を出る時に、ウエートレスに平あやまりすると、「大丈夫ですよ」と、笑顔で言ってくれたのは救いであった。

「行きたい所って言うのは?」

と、蒼天が訊くと、

「ともかく歩きましょう」

と言い、その子は腕をからめ、「迷惑ですか?」

「全然!」

 蒼天は、微笑み、「君、名前は?」

「思い出してください」

「そう言われてもなあ……」

 どう考えても、初めて見る顔である。

 交差点に差し掛かると、

「どっち?」

 と、蒼天は、訊いた。

「ここさっきと同じ所だよ」

「何言ってるの?」

「お兄ちゃんって、もしかして方向音痴なの」

「えっ?」

 蒼天は、目をパチクリさせ、「さっき方向音痴って、それにどうしたの、お兄ちゃんって?」

 どうしたんだろ?

 何だか様子がおかしい!

 その子は、涙をためたうるんだ瞳で、蒼天を見上げた。

 そうか!

 以前にも、こんな目をした子に会ったことがある。

 あれは、いつのことだ?

「本当に大丈夫なの?」

 と、その子は、涙をながした。

「大丈夫だよ。大丈夫……」

 あの時、俺は少女の涙を見て焦った。

 そして言った!

「俺は、ものすごい方向音痴なんだ。でも、その分誰よりも運がいいんだぞ!」

「--思い出してくれた?」

 その子は、涙を拭って笑顔を見せた。

「君、あの時の女の子?」

 蒼天は、小学6年生の夏休み、家族と親類でキャンプに出かけた。

 その時、みんなとはぐれて困っていた。

 そんなとき、別のグループではぐれた、蒼天より年下の女の子と出会った。

「--君は、あの時、小学」

「3年生でした」

「そうすると今は」

「短大の1年生」

 その子は、クスッと笑うと、「朝美から合コンの時の写真を見せられてビックリしました」

「びっくり?」

 蒼天が、首をかしげ、「どうして?」

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