結婚詐欺師

北斗光太郎

章タイトル未設定

第1回

「ねえ、聞いて!」

 と、すごい勢いで部室に飛び込んで来たのは、青島あおしま優子ゆうこである。

 なんだか興奮しているのはよく分かるのだが、せめて開けたドアくらいちゃんと閉めてもらいたいものだ。

 疾風のごとき現れた青島優子に、

「--どうしました、優子さん。そんなにあわてて」

 と、目をパチクリさせたのは、五代ごだい久作きゅうさくである。

 私は仕方なく席から立ち上がり、出入口を閉めてやった。

 ここは、G大学のミステリー研究会の部室だ。

 私は、みね三世みつよ1年生部員。

 五代先輩は、2年生部員であり、同じ2年生で五代先輩の幼なじみというのが、青島優子である。

 青島優子は部員ではないのだが、しょっちゅうここに出入りをするので部員全員と顔なじみなのだ。

「私ねえ、ここの香里先輩と一緒で、大学卒業したら結婚することになったの」

 と、優子さんは嬉しそうに言った。

「それは、よかったですね」

 と、五代先輩も微笑んだ。

 ちなみに香里先輩とは、このミステリー研究会の副部長、冴島さえじま香里かおり先輩のことで、お相手は部長の冬野ふゆの香奈太かなた先輩である。

 冬野部長は、大学2年生の時にミステリーの賞をとっている、現役大学生作家だ。

ちなみに、その作品のメイントリックを考えたのが、我がサークルのトリックの女王、香里先輩である。

 今は、二人とも出かけていて不在だが。

「あのさあーーこういう時って、相手はどういう人なのか訊くもんじゃない?」

 と、優子さんが頬を膨らます。

「そうですね」

 五代先輩は、ハンカチで汗を拭きながら、「お相手の方は、どんな人なんですか?」

 五代先輩は、いつもおどおどしている、典型的なミステリーオタク。

 もっとも、将棋も趣味という話だが。

「そうねえ、一言で言えば、結婚詐欺師かな……」

「そうですか、それはよかったですね」

 おいおい!

 全然よくないだろ。

 私は、ずっこけそうになるのを必死で耐えると、

「五代先輩、ちっともよくないですよ。しっかりして下さいね」

 私は、優子さんの横に立って、五代先輩の肩を激しく揺すった。

「そうですね、よくないですね」

 と、五代先輩が言う。

「久ちゃん、いったいどっちなのよ」

 と、優子さんは、顔をしかめた。

「それより、結婚詐欺師って、どういう事なのか説明して下さい」

 と、私が優子さんに訊くと、

「だって、本人がそう言うだもん」

「自分は、結婚詐欺師ですが、自分と結婚して下さい、とでも言われたんですか?」

 私は、そんな馬鹿なとは思ったのだが。

「ちょっと違うけど、そんなもんかな」

 と、優子さんにあっさりと言われてしまった。

「あのねえ」

 私は、呆気にとられながらも、「優子さんは、相手が結婚詐欺師と分かってて、結婚するつもりなんですか?」

「そうよ。だって相手の人」

「山好きなんですね」

 と、五代先輩が口をはさむ。

「そうなの!

 と、優子さんが力強く肯く。

 優子さんが登山が趣味というのは、私も知っている。

 付き合う男性も、山が好きでないと絶対にダメだ、と言う話は何度も聞いた。

 だからと言って……。

「それは、よかったですね」

 と、五代先輩も微笑んだ。

 だから、よくないって!

「彼、久ちゃんの友達って言ってたわよ」

「ーー五代先輩、結婚詐欺師のお友達がいたんですか?」

 私は心の底から、軽蔑の眼差しを五代先輩に向けた。

「えっと……」

 五代先輩は、首をひねると、「僕の友達の中では、そんな人いないはずです」

次元じげん雷介らいすけと言うのよ、友達でしょ?」

「はい。高校の将棋部で一緒でした。彼、たしかに将棋よりも、山の方が好きだともよく言ってました」

「そんな彼が、どうして結婚詐欺なんか?」

 と、私が訊いた。

「それ、あだ名です」

「あだ名!」

 私は、拍子抜けし、「なんだ、バカバカしい」

「--おかしいですね」

 五代先輩は、首をかしげると、「彼、高校3年生の夏休みに、亡くなったんですよ」

「ちょっと、冗談やめてよ」

 優子さんの顔色が、見る見る青ざめる。

「--僕の、記憶違いでしょうか?」

 と五代先輩が、私を見る。

「そんなこと、私に分かるわけないでしょ!」

 私は吐き捨てたが、「その次元さんは、どうして亡くなったの?」

「交通事故です」

「じゃあ私は、幽霊にプロポーズされたの?」 

 優子さんは、五代先輩の顔をジーっと見つめる。

「そーなりますかねえ……」

 五代先輩の顔から、ドーッと汗が吹き出る。

 なるわけないでしょ!

 私は、ため息を一つ付くと、

「優子さん、その人の写真はないんですか?」

 と、訊いた。

「あるわよ」

 優子さんは、カバンの中からケータイを取り出し、「この人よ」

 と、机の上に置いた。

 どこかの山で撮った思われる、ツーショット写真だ。

「この人!」

 五代先輩は、珍しく大きな声を上げて、「次元君です!」

「やめて下さいよ、五代先輩!」

 さすがに私も、顔色が変わり、「そういう冗談」

「イヤー!」

 と、優子さんは叫び声をあげると、「あの人が幽霊だったなんて」

「ちょっと優子さん、落ち着きましょう」

 と、私はたしなめた。

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