愛し続ける男

北斗光太郎

章タイトル未設定

第1回

コンコン!

ドアがノックされた。

「どうぞ!」

部長の冬野ふゆの香奈太かなたが声をかけると、ドアがそろーりと開けられた。

「あのー」

と、男が声をかけると、それぞれ思い思いにパソコンのキーボードを叩いていた指先がピタリと止まり、私を含めた6名全員が、来訪者の顔を見る。

「えっとー」

男がタジタジとなると、

「ーー蒼天、用があるのならさっさと言えよ」

と、冬野部長が促がす。

どうやら、部長の知り合いらしい。

それが分かると、一人、また一人とキーボードを叩き始める。

「慶次に頼みたいことがあるんだけど」

と、蒼天そうてん仙士郎せんしろうという名前らしい人が、言うと、

「慶次! お聞きの通りだ」

と言い、冬野部長もキーボードを叩き始めた。

「何だよ、仙士郎」

花田はなだ慶次けいじ先輩が、ひょうきんな丸メガネを指で押し上げながら訊いた。

私は、何となく気になり、そのまま二人に注目していた。

蒼天仙士郎は、小走りで花田先輩のデスクまで行くと、いきなり手を合わせ、

「お願い、今日の合コン出て!」

と、拝みだした。

私は、吹き出しそうになるのをグッとこらえる。

花田先輩は、目をパチクリさせると、

「僕は、そういうの嫌いだって、前にも言ったよ」

「もちろん、知ってる」

蒼天は、何度も肯きながら、「ドタキャンが出ちまって困ってるんだ、お願い!」

それはまたお気の毒に!

と、私は思ったが、もちろん口には出さない。

私の名前は、みね三世みつよ

G大学の1年生。

ミステリー研究会に所属する私は、只今サークル活動真っただ中。

G大学は、まあ三流大学なのだが、我がミステリー研究会は、じつはちよっと有名だったりするのだ。

4年生部員で部長の冬野先輩が、2年生の時に、大手出版のミステリー大賞を取った。 

この部から2人目ということらしい。

なにしろ、私がその話しを聞いたのは、つい最近のことだ。

 自慢ではないが、私は、ミステリーなど読まない。

 読むのは、ミステリー漫画である。

 したがって、先輩方がやたらと話題にする、シャーロックホームズですら漫画でしか読んだことがない。

 そんな私が、何故このミステリー研究会に所属したのかというと、ずばり花田慶次である。

 G大学を受験したのも、このミステリー研究会に入部をするためだ。

ちなみに、花田慶次先輩も4年生である。

 私が初めて花田先輩に会ったのは、私が高校2年生の時。

 私が、ある事件に巻き込まれたときに、助けてくれたのが花田先輩だったのだが、まあ、この話は、また別の機会に話すことにする。

「ーーそれなら、このキャンパス内を捜しまわれば、一人くらい捕まるだろ」

と、真面目くさった顔で、花田先輩が言った。

「あのさあー」

蒼天が、苦笑すると、「お前もそろそろ、彼女、本気で探したほうがいいと思うよ」

「僕はいいよ」

「冴島は、卒業したら冬野の嫁さんになっちゃうんだろう?」

冴島というのは、副部長の冴島さえじま香里かおり先輩のことだ。

4年生で、冬野部長の彼女であり、花田先輩とは幼なじみらしい。

花田先輩は、香里副部長のことを口では、

「ただの幼なじみだよ」

と、言っているが内心では、香里副部長のことが好きで好きでしょうがないことは、誰の目にもあきらかである。

 私でも、入部してすぐに分かったくらいだ。

 かなりショックを受けたんだけどね!

「俺には、彼女の支えが必要だからな」

と、冬野部長が肯く。

 これじつは、作家冬野香奈太にとってもという意味も含まれている。

 冴島香里副部長は、美人で頭もいい。

 ミステリーも大好きなのだが、何よりも大好きなのは、トリックを考えること。

 残念ながら、トリックを考えても、それを使って作品を書くというのは趣味ではないらしい。

 筋金入りのトリックオタク!

 我が部の、トリックの女王である。

 冬野部長は、小学生のころから小説を書き始め、その時から、自分は一生書き続けると決意を固めたという、変わり者。

 今は、プロになったのだが、たとえそうなってなかったとしても、という意味だ。

 その二人が出会ったのは、高校のミステリー研究会だったそうだ。

「こんなトリックを考えたんだけど、これ使って書けないかしら?」

 と、香里副部長が声をかけたのがきっかけだったらしい。

 大賞を取ったのも、メイントリックは、香里副部長のアイデアである。

「大丈夫だよ。香里は、お前のいいパートナーになれるよ。幼なじみの僕が保証するよ」

と、花田先輩が笑顔で請け合う。

 その花田先輩が好きなのが、謎を解くこと。

 花田先輩も、書くことはしない。

 花田先輩がキーボードを叩くときは、読んでたミステリーの謎が解けた時に、メモ書きする時だ。

 もちろん、花田先輩も同じ高校のミステリー研究会の部員だったそうだ。

 残念ながら、花田先輩がどう思うかに関係なく、香里副部長の気持ちはあきらかである。

香里副部長にとって花田先輩は、幼なじみで気のおけない友達なのだ。

この「気のおけない友達」というぶ厚い壁は、花田先輩には、どうすることも出来ない。

それでも、花田先輩は、香里先輩のことを愛し続けるのだと思う。

「お前の大事な幼なじみは、これからは冬野がちゃんと守ってくれるよ。そうだろ?」

蒼天が、冬野部長を見る。

「もちろん」

と、冬野部長が笑顔で応える。

「これでお前も安心だろ」

蒼天が、花田先輩の肩を叩く。

「お前、何訳の分からないこと言ってるんだ」

花田先輩は、心外そうに、「僕がコンパに行かないことと、香里のことは何の関係もないよ」

「そういえば、その冴島がいないみたいだけど」

「今日は、お母さんとどこかに出かけるとかで、講義が終わったらすぐに帰ったよ」

と、花田先輩が応えた。

香里副部長のことは、何でも花田先輩に訊けばいい。

 本当に、よく知っているのだ。

恋人ーー婚約者(?)の冬野部長よりもはるかに知ってるのだ。

家が近所で、昔から家族ぐるみの付き合いだと聞いたことがある。

「ーーそれはともかく、頼むから出て!」

と、蒼天が話をもとに戻す。

「ことわる」

「じつは、今日の幹事俺なんだよ。人数が揃わないとーー分かるだろ」

「知らん!」

「そんな冷たいこと言うなよ」

「話がすんだら帰れ」

「お前にぴったりな子がいるんだけどな」

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