第17話
政志から別れ話しを切り出された事など一度も無い、紗羅だった。まさに、今日の出来事は寝耳に水の状態だ。
ひと呼吸ついて考えれば、政志は会社での立場や離婚による弊害やリスクを冒し、家庭を壊してまで片桐を選ぼうとは思っていないと言う事。
沙羅はそれを、片桐に教えてあげるほど、優しい気持ちになれない。片桐にマウントを取らせ、自分に有利な情報を引き出して見せる。
片桐のスマートフォンを右手に握ったまま、沙羅は、空いている方の左手でハンカチを取り出し、目元を抑えた。唇を噛みしめ、必死に泣くのを堪えてるように振る舞う。
やがて鼻をすすり始めると、他のテーブルの客たちの視線がチラチラと集まる。片桐が、沙羅を泣かせているように見えるのか、客たちはヒソヒソ話しを始めた。
片桐は、苛立ち声を荒げる。
「ちょっと、証拠って、言うから見せたのに……」
スマートフォンを握り絞めたまま、泣く素振りをする沙羅。そのスマートフォンを取り上げようと手を伸ばした片桐の横を、熱々のグラタン皿を持った店員が通り過ぎて行く。瞬間、ふわりと焼き立てチーズの良い匂いが漂う。
「うっ、」と言って、口元を押さえた片桐は、店内奥にある化粧室へ足早に消えて行った。
沙羅は、ニヤリとほくそ笑む。
すかさず、テーブルの上に出してある、自分のスマートフォンを起動させ、片桐の証拠の写真をスクロールして、片桐と政志の数々を撮影した。
「スマホを置いたまま、トイレに行くなんて、不用心ね。誰かに悪用されるかも知れないのにね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます