第11話

そのレシートの明細を見た瞬間、沙羅は大きく目を見開いた。

 心臓が早い脈動を繰り返し、胸が詰まるようで、酷く息苦しい。


「何よ……これ……」


 1枚目は、シティホテルのレストランで、チャージ2名にコース料理とワイン、金額は3万6千円。


 2枚目のレシートは、ブランドショップのロゴと支店名が印刷されている。そして、品番のアルファベットと数字、金額は12万3千円。

日付はどちらも2週間前だ。


 すぐさまスマートフォンをポケットから取り出した。けれど、画面が小刻みに震えている。それは、沙羅の手が震えているからだ。

情けなさが胸を埋め、じわりと涙が浮かんでくる。

奥歯を食いしばり、やっとの思いで、ブランド名と品番を打ち込む。


検索結果は、女性向けのショルダーバッグ。


政志は仕事が忙しいと言って、毎晩遅く帰っていた。でも、実は高価なプレゼントを贈るような女と会っていたのだ。

 

「私の誕生日にさえ、こんなに高価な贈り物をしてくれた事などなかったのに……」


我慢していた涙がこぼれ、乾いた笑いが浮かぶ。


「あははっ、バカみたい。私って、お金の掛からない家政婦よね」

 

 そう口にすると、悲しさ、悔しさ、あらゆる負の言葉が心の中でグチャグチャにかき混ぜられて、心が悲鳴を上げる。

胸の奥が絞られるように痛み、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「何で……私、毎日頑張っていたじゃない」


 結婚して13年、コツコツと積み重ねて来た信頼や愛情が、あっけないほど簡単に崩れて行く。

 夫である政志にさんざん尽くして来たのに、軽んじられた自分があまりにみじめだった。


八つ当たりとばかりにボストンバッグを壁に投げつける。

 

「もう、いい。政志なんて勝手にすればいい」

  

沙羅は顔をあげ、鼻をすすりながら、手の甲で雑に涙を拭った。

窓をピシャリと閉め、エアコンのスイッチを押すと、エアコンの吹き出し口から流れる冷たい風が、紗羅を冷やし始める。


窓の向こうで、短い命を惜しむように蝉が鳴いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る