強面王子の甘い秘密

強面王子に睨まれて気絶しました

 日は沈み、ネンガルド王国全体は暗く静かな夜に包まれる。

 しかしそんな中、明るく煌びやかな光を放ち、賑やかな場所があった。

 王宮である。

 この夜、王宮ではハノーヴァー王家主催の夜会が開かれていた。

 優雅な宮廷音楽に身を任せ、色とりどりのドレスが夜会会場を舞う。まるで宝石箱のようだ。

 夜会は王族、貴族にとって重要な社交の場。いかに自分の家を強くする取り引きを持ちかける、より良い結婚相手を見つけるなど、今宵も様々な思惑が交錯する。


 そんな中、生家を強くすることにも、より良い結婚相手を見つけることにも全く興味がない令嬢がいた。

 エリザベス・モニカ・リーズ。艶やかなブロンドの髪、アクアマリンのような青い目で、やや童顔で可愛らしい顔立だ。今年十六歳になるリーズ公爵家の令嬢である。


 海を挟んだ隣国ナルフェック王国では、女性も家督や爵位を継げるようになっている。近隣諸国でも、女性が男性と同じように家督や爵位を継げるように制度を変える国が少しずつ増え始めていた。

 しかしネンガルド王国では王家以外女性が家督や爵位を継げる制度にはまだなっていない。

 女性が女王として君臨出来るようになったのも、先代女王が初めてだった。

 現女王アイリーンは少しずつ制度を変え、女性も家督や爵位を継げるようにしようとしているが、色々なしがらみがあるようで、思うようには進んでいなかった。


 エリザベスはリーズ公爵家の一人娘であり、リーズ公爵家を継ぐ婿を迎える必要がある。しかし、エリザベスはそれよりももっと夢中なことがあった。


(わあ……! 流石は王家主催の夜会ね)

 エリザベスはアクアマリンの目をキラキラと輝かせていた。

 ふわりとバター香るスコーン、甘酸っぱいラズベリージャムとクリームたっぷりのスポンジケーキ、糖蜜をたっぷり使用したパイ、周辺諸国から輸入したフルーツをふんだんに使用したタルトなど、エリザベスの目の前にはケーキがたくさんあったのだ。


 エリザベスは三度の飯よりケーキや焼き菓子などの甘いものが好きなのである。

 もちろんエリザベスの趣味は甘味巡り。侍女を引き連れてネンガルド王国の王都ドルノンや、リーズ公爵領にあるパティスリーを全制覇する勢いである。

 甘いものがあれば際限なく食べてしまうのだ。

 あまりにもケーキなどの甘いものを食べ過ぎる為、エリザベスは両親からケーキは一日四個までと制限を設けられてしまった。それを破ると一ヶ月甘いものを食べることが禁じられてしまうのだ。

 一度だけエリザベスは両親からの言い付けを破ってしまい、一ヶ月間甘いもの禁止となり血の涙を流す日々を過ごす羽目になった。

 その地獄を味わったエリザベスは、頑張ってケーキを一日四個までに留めるのだった。


(どれも美味しそうだわ。だけど、今一番気になるのは……)

 エリザベスのアクアマリンの目に、あるケーキが留まる。


 クリームチーズでフロスティングされたキャロットケーキ。

 それはまるでエリザベスに是非食べてとアピールしているように見えた。


(まずはキャロットケーキに決まりね)

 エリザベスはウキウキしながらキャロットケーキを一個取り、ゆっくりと優雅な動作で一口食べた。

(これは……!)

 エリザベスはアクアマリンの目を見開き、キラキラと輝かせる。

 口の中に、にんじん特有の優しい甘さと、シナモンやジンジャーなどのスパイシーな香りが広がる。クリームチーズフロスティングは爽やかで、にんじんの甘さによく合っていた。

(美味しい……! 今まで食べたキャロットケーキの中で一番美味しいわ!)

 エリザベスはうっとりと表情を綻ばせ、再びキャロットケーキに手が伸びる。

 気が付けばキャロットケーキを三個も食べていた。

 そこでエリザベスはハッとする。

(もう三個もケーキを食べてしまったわ……! それに、こんな美味しいキャロットケーキを独り占めしていたら怒られてしまうわよね……)

 そう思いつつも、エリザベスは思わずキャロットケーキをもう一個取ろうとした。

 それだけ美味しかったのだ。

 その時、背後から何者かに声をかけられる。

「おい、君」

 低く重厚な声が頭上から降ってきた。

「はい……」

 ビクッと肩を震わせて振り返るエリザベス。

 エリザベスはそこにいた人物を見て、アクアマリンの目を白黒させた。


 熊を彷彿とさせるような大男。夕日に染まったのうなストロベリーブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。

 彼はウィリアム・レオ・エルヴィス・ニコラス・ハノーヴァー。ネンガルド王国の第四王子だ。年はエリザベスより二つ上の十八歳。

 現女王アイリーンと王配レオの間に出来た末子である。

 本来ハノーヴァー王家の者は、夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪にエメラルドのような緑の目が特徴である。

 しかし目の前にいるウィリアムの目は、海を挟んだ隣国ナルフェック王国から婿入りした王配レオ譲りだった。


「見て、ウィリアム王子殿下よ」

「うわぁ……。相変わらず顔が厳つくて怖い」

「あの顔は何人か殺してる顔だよな」

「まるで極悪人だ」

「しっ! 聞こえるわよ!」


 周囲の貴族達はコソコソとウィリアムの噂をする。彼らの噂通り、ウィリアムの顔立ちは非常に厳つく、眉間に皺が寄っている。アメジストの目は鋭く細められ、ギロリとエリザベスを睨んでいるように見えた。

 どんなに勇敢な者でも、震えて逃げ出す程の表情だった。


(ひぃぃぃぃぃっ!)

 エリザベスはカーテシーで礼をることすら忘れ、ウィリアムに怯えるあまり気絶してしまった。

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