第3話

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近衛三霧3


 離れにある第二図書館の東側には大きな欅の木が聳え立っている。その袂に立ち、窓を覗き込むと部屋の奥まったところに図書準備室の入口が見えた。図書準備室の薄暗い室内に人影がある。


 待ち合わせの場所としてはいかがなものだろう、と考える。準備室に入るまでに放課後の余暇を勉学や読書に費やす輩に目撃される虞がある。噂の対象になるというのは思いのほか煩わしい。諦めて図書室を横切る。書架の間から幾人かの目が向けられる。好奇と呼べるほどの光はないが、記憶の片隅に朧に存在することはゆるすような、薄い光源が無数の双眸に宿る。自意識のなせる業に過ぎぬと視線を忘れ、自然な仕草を装い準備室に入った。


「ドアを閉めて」と聞こえた気がする。


 少女は顔を伏せ、目線だけを銀縁の眼鏡の上から覗かせた。恨みがましい姿勢に見えないこともなかったが、やがてそれが彼女の癖であることに気づいた。興味をそそられるものにはレンズ越しではなく肉眼で確認するのだ。制服の胸元まで伸びた長い髪を乱暴に払い、椅子から立ち上がる。書架に立てかけた松葉杖で椅子を机に押し戻し、今度はそれで対面にある椅子を指して言った。「座って。お茶を入れるから」


 目の前を通り過ぎ、L字型に仕切られた部屋の向こうに消えた。歩く時、松葉杖で体を支えるような素振りはなく、戯れに手にした棒で床にリズムを刻んでいるだけに見えた。


 程なくして湯飲みを二個と急須をお盆にのせて現れた。終始乱暴な仕草が目立ったので自然と湯飲みの中を覗き込んでしまう。


「毒なんて入ってない」


 松葉杖で椅子を引き寄せ対面に少女は座る。湯飲みを片手で呷り、小さなおくびを漏らす。とても下駄箱に手紙を入れた当人には思えなかった。


「飲み終わった?」


 頷くが早いか、少女は湯飲みをひったくり「明日、同じ時間に来て」と言った。今日は顔見せだから、と再び口に何かを含んだような声音で付け加えた。


 名前くらい聞かせてくれてもいいだろう、と不平を口にすると琥珀色の瞳を眼鏡の上から覗かせて「八重樫エリアナ」と呟いた。

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