体育祭編

第7話 6人と美少女


 いつも通り。いつも通りのはずなのだ。

 

 わたしは自分にそう言い聞かせて、彼と共に帰宅する。

 

 今日も何も無かった。

 

 当たり前だ。

 

 だって、私たちは偽りなのだから。

 

 そんなことは理解しているはずなのに、あの日から私は変だ。

 

 ーーーーーーーー。

 

 「もうすぐ体育祭だね」

 「あぁ。あれな。全学科で交流深めましょうのヤツ。」

 

 私は帰宅中、想の腕に抱きつきながら会話を進める。

 

 カップルっぽく見えるとかいう理由ではなく、わたしが落ち着くから行っている。

 

 これが日常となってしまった。

 

 「そうそれ。アンタは何出るのさ」

 「バスケに決まってんだろ?」

 「そっか、そうだよね。」

 

 「……?」

 

 私は若干歯切れの悪さを感じていた。

 

 もちろん、自分にだ。

 

 「澄は……?」

 

 「わたし!?」

 

 突然の質問に私はひどく驚いてしまう。

 

 ふと顔を見上げれば、茶色みががった髪色に刈り上げたスタイル。

 

 優しい瞳が覗き込み、通った鼻筋とプックリとしたくちびるに視線が行く。

 

 どくん。

 

 どくん、と心臓が跳ねた気がした。

 

 あの日からこんな調子だ。

 

 わたしが『ジョーダンだよ?本気にした?』と笑いかける前に、不意打ちの首キス。

 

 あれからずっと、首筋が熱を帯びているのが分かる。

 

 ずっと、友達として接してきた想。

 

 異性として見たことなんてなかった。

 

 彼もひとりの男であると、理解してしまった。

 

 それからというもの、変に意識している。

 

 今まで何ともなかったのに、付き合っているという事実が酷く恥ずかしい。

 

 「どうしたよ?」

 

 ふと、気がつくとキス寸前の距離に想の顔が覗かせる。

 

 「おわわわっ!?」

 

 「…熱は…ないな?……気張りすぎじゃないか?」

 

 おでこをピタッと合わせたあと、子供のように笑ってみせる。

 

 そのまま、アタマをクシャッと撫で回される。

 

 「ちょ、ちょっと!!!!」

 

 「あぁ〜。わりい、わりい。……いつも可愛くしてるもんな。」

 

 「かわっ!?」

 

 そのあと直すように髪をポンポンと撫でる。

 

 きっとわたしは頭から湯気が出るほど赤面していただろう。

 

 「なに呆けてんの?ほら、家着いたぞ?」

 

 「ひゃい!!!」

 「修司と久しぶりに会うからって、緊張しすぎ。」

 

 「え!?あ、うん。…ありがと」

 

 忘れていた。今日は修司と会う約束をしていたのだ。

 

 お互い大学が忙しくて会うのは久しぶりだ。

 

 気のせいだろうか。

 

 修司に感じていたあのトキメキが今は感じない。

 

 ーーーーーーー。

 

 「うぃーす!けえーったぞ。修司〜もうきてんのか〜!」

 

 今日は想の家に集まる日だ。

 

 特になにか予定している訳じゃないが、たまに集まるのも悪くないという提案だ。

 

 「お、お邪魔します」

 

 わたしは久しぶりの想の部屋に緊張気味で入る。

 

 ふと修司の靴が置いてあり、先に来ていると分かる。

 

 「ああ、オフクロなら、パート。澄の見た目が変わったのは知ってるから、大丈夫だよ。今日は誰もいないから、3人でまったりしようぜ」

 

 軽く言ってみせる想。

 

 きっと私の表情から何か感じ取ったのかもしれない。

 

 想の家は、3人暮らし。

 

 想もオバサンもパートとアルバイトをして、家を支えている。

 

 早くにオジサンを亡くしていて、身寄りが無くなった私たちのこともよく気にかけてくれていた。

 

 1人を覗いて、は。

 

 脳裏に一人の美少女の顔が浮かぶが、直ぐに振り払う。

 

 今日はいない。気負う必要もないだろう。

 

 刹那、ガタンという音が響き想がため息を着く。

 

 「……あいつ。」

 

 私もすこし苦笑いしてしまう。

 

 どうやら、気負う必要があるらしい。

 ーーーーーーー。

 

 「ねえ、シュウちゃん。いまフリーなんでしょ?」

 

 「ちょっ!どこ触ってるの、一旦離れて?」

 

 「私もフリーなんだぁ。いいでしょ、私シュウちゃんの気持ちしっかり受け止めてあげられるよ?」

 

 「なんの話……?」

 

 「澄ちゃん、好きだったんでしょ?」

 

 「っ!?」

 

 「でも、澄ちゃんはお兄ちゃんを選んだ。ね、そうでしょ?」

 

 「メイには関係ないよね……?」

 

 「関係あるもーん。私ね、シュウちゃんのこと……」

 

 ーーーーーーー。

 

 「……メイ、塾はどうした?」

 

 「あちゃー!タイムアップかあ!」

 

 扉を開くとツインテールの美少女が、修司の上に覆い被さっているのが見える。

 

 ゆっくりと、腰をあげる美少女。

 

 表情を歪ませて、私を見上げる。

 

 「きゃは!澄『お姉ちゃん』じゃん。見ないうちにデビューってやつゥ?」

 

 酷く嫌味な笑い方。

 

 私にしか見えないように顔を歪ませているのもポイントが高い。

 

 小柄でお人形さんのように可愛い彼女。

 

 私に対してだけは呪いの人形だ。

 

 「……またサボりか?」

 

 「やだなあ、お兄ちゃん!♡これから行くってえ!ちょっと、シュウちゃんに求愛してただけ♡」

 

 「何言ってんだよ、ほら『先生』待ってんぞ」

 

 「はーい!♡お兄ちゃん、行ってきますのチューは〜?」

 

 「したことねえだろ、そんなの。」

 

 「ちぇ、お兄ちゃんのケチ!いってきまーす!」

 

 嵐のように去っていく少女。

 

 去り際、私にだけニタァと笑って見せた。

 

 「……っ。」

 

 ーーーーーー。

 

 「悪いな、あいつお前には随分と懐いててな。なんもされなかったか?」

 

 「あ、ああ。随分、積極的で焦ったよ。本当に襲われてたかもしれない。」

 

 「困った魅力だな、たらしこみの天才くん。」

 

 「だれが、たらしだよ。」

 

 「へへ。お前しかいねえだろ?」

 

 「……そうなるかあ、気をつけるよ。」

 

 想が問い詰めることも無く、修司の手を取る。二人の信頼し合う関係値があるこそのやりとりだ。

 

 おにいなら、ぶっ飛ばす場面だ。

 ま、それは置いておいて。

 

 先程の美少女は『姫路萌結』。

 

 私は最初読めなかったが、メイと読むらしい。

 

 高校生の美少女で、小悪魔的な魅力を放つ。

 

 

 

 地雷系な服装を好み、オタクに好かれそうな美少女である。

 

 ニーハイにミニスカート、あどけなさが残りつつもしっかりと女性らしい体つき。

 

 

 

 

 

 わたしが男なら間違いなく狙うだろう。それぐらい魅力的な美貌を持っている。

 

 願わくば、コスプレさせたい。仲良くなりたいと思っている。

 

 だが、あの通り、私のことは嫌いなようだ。

 

 とてつもなく絶望しているが、私にしか得られないSっ気メイちゃんは至高だと言えよう。

 

 たまにはデレて『お姉ちゃん♡』とよんで欲しいものだ。先程のわざとらしい感じではなく。

 

 なんとかモチベーションを高めているが、嫌われて嬉しい人なんていない。

 

 仲良くなりたいものだ。

 

 「相変わらず、だったな。」

 

 ふと、想が気を遣うように話しかけてくれる。

 

 「うん、メイちゃん襲いたいぐらい可愛いのに。私超推しなのにさ。振り向いてくれないのよね。」

 

 

 

 リアルであんなに可愛い妹がいて想はさぞ大変だろう。

 

 二人には血縁がない。双方の親の連れ子である。

 

 だからこそ、兄妹という関係性がとても歪だ。

 

 だからこそ、私に対してあの態度なんだと思う。

 

 塞ぎ込んでいたあの頃のメイちゃんにとって、私はさぞ邪魔で。

 

 想は理想の理解者だったんだと思う。

 

 そして区切りをつけたのに。

 

 私と好きな人が被ってしまった。

 

 カノジョの私に対するヘイトは相当だろう。

 

 想は今の関係を伝えているのだろうか。

 

 そこだけは憂鬱で仕方ない。

 

 

 

 「推し……ねえ。相変わらず限界オタだな。決して好意的ではなかったぞ?」

 

 「ぐへへ!絶対にコスプレさせて可愛い声出させてやる!」

 

 「……聞いてないし。完全なる変態だろ」

 

 「変態ではない!オタクと呼びなさい!」

 

 「ははは、ぷっ!はははは!!」

 

 私と想のやり取りを見ていた修司が突然笑い始める。

 

 「なーんか、色々考えてたけど、吹っ飛んだよ。……澄は変わらないね、やっぱり。」

 

 「ふふ、なにそれ!へーんなの!」

 

 「澄に笑ってんだよ。」

 

 「えー!うそぉ!」

 

 ーーーーーーー。

 

 そのまま、3人でまったりお菓子を食べたり、ゲームをしたりして遊んだ。

 

 なんの気も遣わない3人でのやり取りは、居心地が良かった。

 

 やはり、シズ姉の言う通り素直な気持ちで接するのが私には合っているようだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 『あんたみたいな女が、修司の隣に居ていいわけないでしょう!』

 

 『あんた人の気持ちが分からないの!?』

 

 『友達…?あんたそれ、本気で言ってんの?修司に媚び売りたかっただけに決まってんじゃん』

 

 『誰があんたみたいなド陰キャと仲良くするのよ』

 

 ーーーーーー。

 

 『わりいな、澄。なんか事故ってよ、しばらく学校行けねーや。なんともないか?』

 

 『俺のことはいいよ、ちょっとボサっとしてたんよ』

 

 ーーーーー。

 

 『澄、担任から一旦キョリおけって言われて……僕じゃ、君を……守れない……』

 

 ーーーーーー。

 

 皆何処かに偽りを持っている。

 

 それは日常を生き抜くためには必要な手段だ。

 

 わたしはそれを身を持って知った。

 

 だからこそ、『演じる』ことを選んだ。

 

 修司の隣にいても迷惑じゃない完璧美少女を。

 

 想に負担をかけない強い私を。

 

 そう思って奔走していたと思う。

 

 なのに私は忘れていた。

 

 二人を傷つけたくないと思ったのはそれだけ大切だからだ。

 

 演じる必要なんてなかったんだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 それなのに、私は知らないうちに『憧れ』を『恋心』と勘違いしていたのかもしれない。

 

 きっと私は、『もう一度、自分と向き合う必要がある』のかもしれない。

 

 男性として、意識してしまった想。

 

 修司に対する想いは恋心なのか、憧れなのか。

 

 自分を偽るのではなく、素の自分で、澄み切った心でわたしは日々を過ごす必要がある。

 

 こじらせてしまった私だから。

 

 ーーーーーーー。

 

 そう考えると自分のこともろくに理解出来ていない女に告白されても、振るよね。

 

 私は修司に対して失礼すぎる。

 

 そんなことをふと思ってしまった。

 

 久しぶりに3人で過ごす時間が、心地よかったからだろうか。

 

 ーーーーーーーー。

 

 「ただいま〜。お兄ちゃん、帰ったよ〜癒して〜♡うげっ!?澄!まだ居たの?帰りなよ」

 

 「……はは、ストレートだなあ」

 

 「私ね、疲れてるの。嫌味で取り繕える余裕はないの。さ、帰りなさい。」

 

 「おい、メイ。言い方あるだろ?」

 

 「ううん、大丈夫。確かに、長居しすぎたね。そろそろ私は帰るよ。」

 

 私は想の言葉を遮って、帰る旨を伝える。

 

 「ふーん。ギャルになっても、私には強気でこないんだあ」

 

 「っ……。」

 

 メイちゃんの言葉で一瞬で想起される記憶。

 

 分かってる。

 

 私に友達なんて居ない。

 

 誰かに向き合う強い心も持っていない。

 

 自分を作ることでしか形を保てない。

 

 そんなことはわかってる。

 

 私に対して価値がないことぐらい。

 

 誰か居ないと生きていけない捨てられた存在だから。

 

 

 

 「……ストップ、メイ。やめてくれるかな?」

 

 私の加速する自虐的な思考を、修司の言葉で遮られる。

 

 「……シュウ……ちゃん……?」

 

 私の中で何かが爆発寸前のところで、修司が間に入る。

 

 その行為がメイちゃんの怒りを更に増幅させる。

 

 私が修司に庇われた事が不快だと、目で見てわかる。

 

 「……あっそ。」

 

 吐き捨てると、メイちゃんはその場を後にする。

 

 ドタン!と大きな音を立てて、扉が開い閉じ怒っているのが顕だ。

 

 いつも、修司に助けられているな。私は。

 

 変わったこともあれば、変わらないものもある。

 

 私は、素になると、こんなものだ。

 

 誰かの支えがないと強くあれない。

 

 進む勇気がない。

 

 「気にすんな、ちょっと機嫌悪いだけだからよ。」

 

 そして、想が優しい言葉をかけてくれる。

 

 私は2人がいると心の平穏が保たれる。

 

 「……ありがとう。」

 

 ーーーーーー。

 

 「メイ、あんな様子だからよ。二人で帰ってくれないか?オレは子守りするからよ。」

 

 嘘だ。

 

 あからさまな、私と修司をくっつけさせようとしているのがわかる。

 

 この時間まで上手いこと引き伸ばしたのは想だ。

 

 計算高い男だ。

 

 こうなることを想定していたに違いない。

 

 よく言えば気を回してくれた。

 

 私はもっと、修司と会話をした方が良い。

 

 それは分かるが、想の優しさは何処か辛そうに感じる時がある。

 

 本当に甘えていていいのだろうか。

 

 「わかった、澄は僕が送ればいいんだね?」

 

 「おう、頼むぜ?」

 

 「私一人でも帰れるよ?」

 

 「こういうのは男の憧れなんよ。送ってもらえって。それとも、彼氏じゃないとご不満か?」

 

 「かっ!?……修司の方がイケメンだし!全然満足よ!」

 

 「ひっでぇ。……だってよ、送ってくれ。」

 

 「あはは、うん。任せて。」

 

 想が沈んだ空気を明るくしてくれる。

 

 そして、優しく受け入れてくれる修司。

 

 本当に2人には助けられてばかりだ。

 

 そして、私はつくづく何も変わっていないと痛感させられる。

 

 なにか想に感じたことがあるのに、流されて甘えてしまう。

 

 ーーーーーー。

 

 「やっぱ、俺じゃ……ねえよ。」

 

 「なにか、言った?」

 

 「ん?ああ。……今日はありがとな!」

 

 「うん!私も楽しかった!また大学でね!」

 

 帰り際、想が何かを発した気がしたが、気の所為のようだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 「本当に久しぶりだったね。3人で遊ぶの。」


帰り道。修司が自然に話しかけてくれる。先程の話には触れないでくれるらしい。


こういう気負わなくて居心地の良さを感じさせてくれる。

 

 「ねー。中々大学忙しいもんね。そっちは、学園祭?」

 

 「そそ。そっちは体育祭か〜。」

 

 「学園祭いいなあ〜!私も行っていい?」

 

 「もちろん、おいでよ。ミスコンもあるみたいだよ。」

 

 「え、それ飛び入りアリなの?」

 

 「ありあり!いい線行くんじゃない?」

 

 「やめてよ〜そんなわけないじゃん!シズ姉が優勝したやつでしょ?ハードル高いって」

 

 「そうかなあ。」

 

 「え、なに。私可愛いってこと?」

 

 私は修司の前に笑顔を作って上目遣いをする。

 

 「っ!う、うん。素敵な女性だと思うよ?」

 

 「かっ!?」

 

 予想以上にストレートな言い回しに私の心臓は飛び跳ねる。

 

 まったく、つくづく私はちょろい女だ。

 

 自己肯定感が低いのだろう。

 

 好意を感じたり褒められたりすると嬉しくなってしまう。

 

 でも改めて認識する。上辺だけじゃ今の言葉は聞けなかった。

 

 前よりも素直に話せている気がする。

 

 高く見上げていた、遠くに感じていた修司も今なら身近に感じられる。

 

 普段想とくっついているせいか、男性に対する抵抗もできた。

 

 きっと今ならバイアス無しで、修司のことを知れる気がする。

 

 私のこの気持ちをスッキリさせるには、もっと修司を知る必要がある。

 

 もしかしたら、こういう心の動きこそが恋なのかもしれない。

 

 私は初めから届かないと思ってしまったからこそ自分磨きに力を入れた。

 

 だからこそ、告白して振られたんだと今なら少しわかる気がする。

 

 今こそ、積極的に行くべきだ。

 

 振り向いてもらうべきだ。

 

 その時本当に私が修司のことを好きならば、それを伝えなければならない。

 

 『本当の自分で』

 

 「なら、さ。……今度の、学園祭一緒に回らない?」

 

 「もちろんいいよ!想と一緒においでよ。」

 

 「うん!お願いね!」

 

 今はまだ、これでいい。

 

 修司にとって負担にならないように、ゆっくりと距離を詰めよう。

 

 私の消えない恋心を満たすためにも、あなたを知るためにも。

 

 わたしは少しずつ、自分を出していく。

 

 そう、心に決めたのであった。

 

 ーーーーー。

 


 「メイ。……ご飯作ったぞ。一緒に食べよ?」

 

 「いらない。疲れてるの。」

 

 ドア越しに聞こえる低い声。

 

 澄と付き合ったと伝えてからこんな調子だ。

 

 さっきは修司や澄がいた手前、取り繕っていたんだろう。

 

 「……待ってるから。一緒に食べような。」

 

 「……。いらないって言ってるの。」

 

 そう言いながら扉が開かれて、メイが顔を出す。

 

 ストレートな青みがかった髪色。

 

 とてもしなやかで艶が綺麗だ。

 

 短パンに七分丈のパーカーを着こなし出てくる。

 

 「出てきたじゃん。」

 

 「こないだそれで、夜中までリビングにいたじゃん。」

 

 「約束したろ?一緒に食べるって。」

 

 「お母さんは?」

 

 「……夜勤だとさ。」

 

 「いっつも二人じゃん。」

 

 「だからこそ……だろ?」

 

 「仕方ないな。そこまで言うなら、食べる。」

 

 「よろしい。けっきょくお腹空くんだから、素直に食べよ?」

 

 「……うっさい。バカ兄。」

 

 ーーーーーーーー。

 

 唐揚げとサラダ、味噌汁に白米と我ながら普通なご飯。

 

 席に着くと、2人揃っていただきますを言う。

 

 オレは不思議と笑みがこぼれる。

 

 「澄……彼女なんでしょ。送らないの?」

 

 「修司が送ってくれたしな。」

 

 「いや、普通におかしいでしょ」

 

 「そうかな。」

 

 「澄って……前はシュウちゃん好きだったんだよ?嫉妬とかしないわけ?」

 

 「……嫉妬?そんなのずっとしてるに決まってるだろ?」

 

 「……。そうだったね。付き合ったんなら独占してもいいでしょ。」

 

 「そうしたら……俺の好きな澄じゃなくなる。…だからしない。」

 

 「おかしいよ、やっぱり。」

 

 ご飯を食べながら淡々と話続ける。

 

 「メイはモテるだろ?誰かいい人いないのか?」

 

 「……いないよ。……好きな人に彼女できてそれから、よくわかんない。」

 

 「失恋ってやつか?……修司じゃないのか?」

 

 「シュウちゃんは代わり。…………何となく私に似てる気がする。」

 

 「代わりってお前……」

 

 「女の子はそんなものだよ。お兄ちゃん。」

 

 「……まあ、心のうちは誰にも分からないよな。」

 

 「で、好きな人って?」

 

 「言いたくないから濁してんの。バカ兄。」

 

 オレはニヤつきながら聞いてみた。案の定怒られたが、ちょっとずつ以前のように話せている。

 

 「別にいいだろ?俺が知ってる人なのか?」

 

 「詳しいでしょうね。……仲は良くないかもだけどね。」

 

 「気になるなあ、年上か?」

 

 「お兄ちゃんと同い年だよ。」

 

 「同い年?大学か?あんま仲良い人居ないけどな。」

 

 「ほんと、鈍い人多いよね。私の周りって。」

 

 ーーーーーー。

 

 自室に戻る。

 

 部屋の前には「メイの部屋だよ」とプレートが視界に入る。

 

 「はぁ……。」


私はため息混じりに疲労を表現する。なんだかほんとうに疲れる。

 

 自室のベッドに飛び乗るとバウンドしてすこし腰を傷める。

 

 「いってぇ…」

 

 バウンドした弾みからかとある名刺が落ちてくる。

 

 『真島彩』。

 

 「センセの名刺か。なんでこんなことになったんだろ」


私のお兄ちゃんを奪った澄の兄に勉強を教えてもらうなんてね。

 

 ふとスマホを確認してみると伊織からのメールが入っている。

 

 「ふふ、何やってんだか」


メールを確認すると、好きなキャラのぬいぐるみと一緒に伊織が笑顔で写っている。慣れない自撮りを感じられて少し癒される。

 

 『運命の人に再会出来ました!』

 

 『ありがとう!』


別で送られてくる二通のメール。なんの話か忘れてしまったが、いいだろう。

 

 「それは、よかったね、っと。」

 

 軽く返信する。何がありがとうなのか分からないが、いいだろう。

 

 刹那。スマホがバイブレーション機能を作動させて振動する。

 

 「ん。マネージャー?なした?」

 

 「ああ!塾はもう終わったかな?大きな仕事入ったよ!」

 

 「ライブですか?それとも取材?」

 

 「そんなの比にならないよ!バラエティに出られるよ!あのトップモデル『しずく』からの依頼だってさ!」

 

 「……え?なんで?私……地下アイドルなんですけど……?」


私は喜びよりも先に、困惑が生じてしまったようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 こじらせ続ける六人に翻弄される少女『姫路萌結』。

 

 彼女はこれから、どう巻き込まれていくのか。

 

 六人の恋路の行方は。

 

 それは日常と変化の連続の中で、動いていくのかもしれない。

 

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