第28話


 「これはすごいことなんですよ! わたしみたいな、ずっとアンダーだったメンバーがいきなり選抜で、しかもセンターなんて!」

 選抜メンバーが選ばれる基準は知られていないが、人気メンバーが選ばれる、というのが暗黙のルールだ。だからアンダーメンバーが選抜に選ばれていきなりセンターに抜擢されるなど前代未聞らしい。

 「これで六期生不遇説が完全に無くなりましたよ! 他のみんなも喜んでくれて、わたしも嬉しいです!」

 「……そうだね、私も誇らしいよ。推しが認められて」

 私は複雑な心境だった。

 もちろん、私がヒカリの選抜入りを要求したことだけで叶ったわけではない。ヒカリ自身の実力があってこそ運営もそれを飲んだんだろう。だが、私がもし要求しなければ、ヒカリがまだ燻ぶり続けたであろうことは想像に難くない。

 結局、最初にヒカリから頼まれた通りの形になってしまった。これで名実ともに私は『大人』の仲間入りだ。

 「これも全部ヨダカさんのおかげです! ヨダカさんがわたしを鍛えてくれなかったらこうはなりませんでした!」

 うぇへへ、とヒカリは私に抱き着いた。力が強かった。

 「ヨダカさんに出会ってから良いことしかない! やだ、嬉しくて死んじゃいそう!」

 「そう……」

 「だいっすき! ヨダカさん!」

 化粧が落ちそうになるのも構わず、ヒカリは私の胸に顔を擦りつけた。私はどうしていいか分からず、とりあえずヒカリの頭を撫でた。

 「これからMVの打ち合わせに行くんですけど、その前にどうっしてもヨダカさんに会いたくて来ちゃいました!」

 「そ、そっか、頑張って! ヒカリならできる!」

 「えへへぇ、ヨダカさんに励まされると元気出る! 現場にも来てほしいけど、あんまり甘えたらダメですよね」

 とは言いつつ、ヒカリは来て来てビームを私に浴びせかけてくる。私だって行きたい。しかしその資格が私にあるのだろうか。ヒカリへ汚い手段を使った私に。

 「ごめん、昨日あんま寝れてなくて……ちょっと準備に時間かかっちゃうかも。終わったらご飯行こ。奢ったげる」

 私の要求が通ったかどうか聞かされたのは、つい昨日だ。それまでずっと不安で眠れなかった。安心して気絶して、気づいたらヒカリが玄関に倒れていた。

 ヒカリは満面の笑みを向けてきた。今までで一番眩しい笑

顔だった。

 「やったぁ、約束ですよ! 終わったら連絡しますっ!」

 「うん、いってらっしゃい」

 部屋を出る前にもう一度強くハグをして、ヒカリは意気揚々と撮影に向かった。さっきまでの喧騒がウソみたいに静寂が訪れた。私は寝転んで、薄暗い天井を見つめた。

 「……やっとキミの努力が報われる時が来たんだよ」

 これから栄光の道を歩くにつれ、ヒカリは私の手から離れていくだろう。でも、きっと、それでいい。

 ヒカリの幸せのためなら、きっと正しい。

 悪いことをするのは私だけでいいんだ。

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