第26話

 「……できた」

 翌日の深夜、私は一人呟いた。真っ暗闇の中パソコンの液晶でDTMの画面だけが光っていた。ヒカリの話を聞いた後、今までの袋小路がウソみたいにすらすら進んだ。

 私は電話をかけた。スリーコールですぐに繋がった。

 『……こんな時間に電話なんて、さすがに非常識じゃないかしら……』

 苛立ったようなアスカさんの声が聞こえた。

 この人、眠ったりするんだ。人間じゃないと思ってた。

 「曲が出来ました。どこに送ればいいですか?」

 『いったん私にちょうだい。明日の朝にグループ運営に送るから』

 「分かりました」

 『で、コンペには受かりそうなの?』

 「……分かりませんよ、そんなの」

 全ては『大人』次第だ。私が出来ることなど何も無い。

 けれど……。

 「今までで一番良い曲ができました」

 『そう。期待してる』

 通話が切られる。これはヒカリのための曲だ。ヒカリの未来を想って作った曲だ。ヒカリにしか歌ってほしくないな、と思った。

それから三日後、連絡が来た。私の曲がコンペを通過したのだ。

 私はかつての古巣、メジャー・レーベルの本社でアスカさ

んと打ち合わせをしていた。あれだけ嫌い切っていたはずの『大人』の巣窟に自分から望んで出向き、『大人』の一員として誰かの人生に介入しようとするなんて、一年前の私が知ったら泡を吹いて倒れてしまいそうだ。

 私は悪いことをしている。けれど止まるつもりなんて微塵もない。ヒカリの行く先を阻む蟲を蹴散らすことが私の役目だと信じていた。

 二人きりの会議室で、対面に座ったアスカさんの眼鏡にパ

ソコンの画面が反射していた。彼女がどんな表情をしているのかは窺い知れなかった。

 「要求したいことをもう一度まとめてくれる? 一応、向こうには伝えるだけ伝えるから」

 「作曲者は伏せてください。特にこの曲を提供するアイドルには言わないで。あくまで匿名ということでお願いします。出た利益はそっちが持ってって構いません」

 「……それは私たちにとって都合が良すぎるけど、本当にいいの?」

 「はい。でも私がこれだけするんだから、これから言うことも守ってほしいんです」

 「分かった。そこまでして叶えたいことって何なの?」

 私はアスカさんにはっきりと言った。

 「旭ヒカリを選抜のセンターにしてください」

 真っ暗闇に沈んでいるヒカリに、栄光という名の朝日が訪れますように、と願う曲。

 タイトルは『夜明け前がいちばん暗い』。

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