第10話 運命の少女

ケンジが辿り着いたのは、小さな田舎町にある病院だった。体を休めるために立ち寄った町で、病院に併設されたカフェの看板が目に入り、ふと足を止めた。昼下がりの陽射しが差し込むそのカフェは、静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。


店内に入ると、病院のスタッフや患者たちがゆっくりと過ごしていた。ケンジは一つのテーブルに腰を下ろし、しばしの休息を楽しむつもりでギターを床に置いた。


その時、彼の前に一人の少女が現れた。まだ10代半ばくらいだろうか、病院の患者のようで、白いパジャマを着ていた。少女はケンジのギターに興味を持ったようで、じっと見つめている。


「ギター、弾けるんですか?」


少女がケンジに声をかけた。ケンジは驚いたが、すぐに笑顔を見せて答えた。「うん、少しだけね。流しの仕事をしてるんだ」


「流し?」少女は首をかしげながら問いかけた。


「そう。町を旅して、いろんな場所でギターを弾いて、人々に歌を届ける仕事さ」


ケンジが答えると、少女は目を輝かせて「素敵!」と声を上げた。「私、音楽が大好きなんです。でも、病院にいるから外で歌を聴く機会がなくて…」


その言葉にケンジは胸が締めつけられるような気持ちを覚えた。少女は病気のために外に出られず、ここで静かに療養生活を送っているのだろう。


「ここで、少し弾いてもいいですか?」


ケンジが尋ねると、少女は目を輝かせて頷いた。ケンジはギターを手に取り、カフェの静かな空気に溶け込むようにゆっくりと弦を弾き始めた。最初は静かで優しいメロディーが、カフェ全体に広がった。


少女はその音に耳を傾け、じっとケンジの演奏を見つめていた。ケンジは彼女の目を見ながら、少しずつ力強い音を奏で始めた。曲が進むにつれて、カフェの他の患者たちやスタッフも徐々に音楽に引き込まれていった。


ケンジが一曲を終えると、少女は目を輝かせながら拍手をした。「本当に素敵でした!」


「ありがとう。君も、音楽が好きなんだね?」


ケンジが尋ねると、少女は少し寂しそうに笑った。「うん、でも私は歌えないんです。この病気のせいで、体力がなくて…。だから、外に出て歌を聴くこともできないんです」


その言葉を聞いたケンジは、何とも言えない気持ちになった。彼女がどれだけ音楽を愛していても、病気がそれを奪ってしまっている。それでも、彼女の目には音楽への強い思いが込められていた。


「それじゃあ、僕が君のためにもっと演奏するよ。君の好きな曲を弾こう」


ケンジはそう言ってギターを再び構えた。少女は驚きながらも嬉しそうに微笑み、少し考えた後、「昔、お母さんがよく歌ってくれた曲があるんです」と言った。


少女が口ずさんだその曲は、古い日本の童謡だった。ケンジはそのメロディーをすぐに思い出し、静かに奏で始めた。その音がカフェの中に優しく響き渡り、少女の顔が輝いた。


曲が終わると、少女は涙を浮かべながら「ありがとう」と言った。「本当に、心に響きました。こんな素敵な演奏、久しぶりに聴けて嬉しいです」


ケンジは微笑みながら、「音楽は、どんな時でも心に寄り添ってくれるものだよ。君がどんな場所にいても、音楽はいつでも君のそばにある」と優しく言った。


少女はその言葉に深く頷き、「私も、いつかまた元気になったら外に出て、たくさんの音楽を聴きたい」と言った。その言葉に、ケンジは心から彼女の回復を祈った。


「きっと元気になれるさ。そして、その時は僕の演奏をまた聴いてほしい」


少女は再び笑顔を見せた。「うん、約束する!」


その日、ケンジは少女に音楽を届けたが、同時に自分自身も彼女の純粋な思いに励まされた。音楽が持つ力は、どんな状況でも人々の心に希望を与える。それを再確認したケンジは、病院を後にし、再び旅を続けることにした。


夕焼けが町を包み込む中、ケンジはギターを背負いながら静かに歩き始めた。少女との約束を胸に、彼は新たな旅路に向けて足を進めた。


「音楽が、いつか彼女を外の世界に連れて行ってくれるはずだ」


ケンジはそう心に誓いながら、次の町へと向かって歩み続けた。


この第10話では、ケンジが病院で出会った少女に音楽を届けるエピソードを描きました。病気で外に出られない少女に対して、ケンジが音楽を通じて希望を与える姿が描かれています。また、ケンジ自身も音楽の力を再確認し、旅を続ける決意を新たにします。

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