第7話:役割『悪役令嬢』
『──と、いうわけなのですわ!』
この目の前にいる小さな精霊っぽい何かは、いきなり人の前にやって来てつらつらと色々長時間一人で語り倒し、口を挟もうにもさせてもらえず、一体何をしてくれやがっているのだろうか。
アーリャ・ロゼルバイド公爵令嬢は思わず真顔で、心の中で毒を吐き続けた。
王子妃となるべく教育されていたから、一応は顔に出さないまま荒唐無稽な話は最後まで聞けた。
だが、それを簡単に信用する訳にはいかない。
「それで」
『え?』
「その、悪役令嬢の役割を与えられたのが、このわたくしだと、そう仰るの?」
『はい♪』
アーリャの言葉に可愛らしくうんうん、と頷きながら答えた精霊は、にっこりと微笑んでいる。さぁ褒めて!という副音声までもが聞こえてきそうだった。
なるほど、つまり自分は何かの大きな流れに巻き込まれてしまったのだろうか、と。
そして、追加でこうも思った。
コイツが人間だったならば、まずアポ無しで人の部屋に遠慮なく飛び込んできている時点で、即処刑している。
アーリャは由緒正しきロゼルバイド家の血を引く大切な一人娘として、両親からはとても大切にされながら育ってきた。兄がいるから自分は家のために王家へと嫁ぐ、そこにアーリャの意思は関係ない。
それが、大貴族に生まれたものの役割だと思っている。
愛がなくとも、貴族同士、いいや、大貴族と王家の繋がりを考えれば愛だの恋だの言っている場合ではないのだ。
しかし、今目の前にいるこの精霊の言った内容の、何とふざけたことだろうか。
「わたくしは、そう遠くない未来に王子妃候補から引きずり落とされる、と」
『はい。だって、アーリャ様は悪役令嬢というキャラ設定になってしまわれましたので! ヒロインの恋のライバル、というわけなのです!』
「……」
心底くだらない上に何ともまぁ馬鹿馬鹿しい話だこと、とアーリャは思った。
先程からアーリャに対してとてつもなく上から目線のような、無駄に自信満々で話しかけている可愛らしい風貌の、自称ナビ精霊・ミミル。まるで選ばれたことそのものが誇らしいことだ、とでも言わんばかりの態度に、アーリャの怒りは静かに高まっていく。
『アーリャ様、聞いてらっしゃいます!?』
「……聞いているわ。心底不愉快極まりない」
『えー、仕方ないじゃないですか!』
「仕方ない……?」
人のこれからを何だと思っているのだろうか、この精霊は、とアーリャの怒りが一気にふくれあがるが、ミミルは気付いていない。
どうしてこんな存在に自分の在り方を決められなければならないのか、どうしていきなり有り得もしないだろう未来を押し付けられなければならないのか。
「なら、あなたがこれから受ける仕打ちも仕方ないものね」
『え?』
ミミルは気付いていなかった。
『うひゃぁぁぁぁぁ!!』
アーリャが水差しを掴み、その中身を全てミミルへとぶちまけた。
何するんですかもー、とあわあわしているミミルを氷のごとく冷たい眼差しで見つめていたかと思えば、すっと手をかざして最近習得した電撃魔法を無言のままミミルへと直撃させた。
『────っ』
魔法の直撃を受けたミミルは大きくのけぞり、何も反論できないまま、キラキラとした光の粒子に包まれなならふわりと霧散して、消えた。
「訳の分からない精霊ごときに、わたくしの未来を決められるだなんて、言語道断」
手のひらにパリパリ、とほんの少しだけ電撃を纏わせながら、アーリャは呟く。
だいたい、いきなり出てきて訳の分からないことを質問もさせないままにギャンギャン喚きちらして役割を押し付けようとする奴の、何を、どうやって信用して協力してやらなければいけないというのか。
「……そもそも、この世界の精霊にナビ精霊だなんて意味のわからないもの、存在しないはずですもの」
ミミルがいたであろうところを一瞥して、アーリャは濡れたテーブルを綺麗に拭いた。
これで誰かに何か言われても大丈夫かと思っていたが、先程ミミルにぶちまけた水が床にも広がってしまっていた。
「……あら、いけない……」
部屋にある使用人を呼び出すための小さな鈴を、りりん、と鳴らせばぱたぱたと軽い足音が聞こえ、扉が三回ノックされる。
「どうぞ」
「お嬢様、失礼いたします。……あら、珍しいですね?」
「ふふ、察しが良くて助かるわ、床、拭いておいてくださる? うっかり水差しの水を零してしまったの」
申し訳なさそうに苦笑いしながらアーリャがお願いすれば、やって来てくれたメイドは『お任せ下さいませ!』と笑って道具を取りに行き、ささっと拭いて元通りにしてくれた。
「ありがとう、いやね……今日はもう休むことにしようかしら」
「そうですよ、お嬢様。今日は新しいクラスメイトの方々とお会いして、お疲れになっていたんだと思います」
「……そうね、ありがとう」
「他に何か御用はございませんか?」
「ないわ。いつもありがとう、今日は遅くに呼び出してしまってごめんなさいね、ご苦労さま」
「とんでもございません!」
微笑んで退出したメイドに手を振り、扉が閉まるのを確認したアーリャは、小さくため息を吐いた。
「(そういえば、クラス分けで同じになったあの人……)」
もう既にいないミミルが言っていたヒロイン、とかいう役割の人。
宰相の息子にがっちり握手をされ、とてつもなく困惑している女子生徒が一人いたな、と思い出した。普段なら、あの宰相の息子はあんなことはしない。もっと思慮深い上に慎重な性格をしているにも関わらず、アーリャから見ればとてつもなく馬鹿げた行動をしでかした。
「……エリスさん、と仰ったわね……」
物凄く嫌がっていたにも関わらず、クラスメイトから『まぁ、あんなにも積極的にあちらから握手を……!』と、キラキラした目を向けられていた。アーリャが介入しようと思ったところで、他の女子生徒が救いの手を差し伸べたようだったので、ほっと息を吐いてその後も見守っていたのだが、あれはもしかして……、と考えていると何となく理解できてくる。
「おかしなことに巻き込まれているのが、わたくしだけではない、ということかしら。……って、まさか殿下も……?」
嫌な予感がする、とアーリャは難しい顔になり、明日にでも様子を伺ってみようと、その日は早々にベッドに入って眠りについた。
翌日、起きてからまたミミルみたいなものがいないかどうか、慎重に確認してから身支度を済ませて学校へと向かう。
そして、きっとこれはたまたまなのだろうが、正門をくぐったところでアーリャはエリスと出会ったのだ。
「あ」
「……!」
思わず、『あ』と呟いたアーリャを見たエリスは何故だか顔面蒼白。そしてエリスの肩あたりに見えるミミルと同じくらいのサイズの、精霊っぽいもの。
「あなた、それ……」
「え……?」
エリスがアーリャからの声かけに驚いたのかもしれない、と思っていたが、アーリャが指差した先にいる存在は、勿論エリスには認識できているらしい。
「見えるん、ですか?」
「見えるもなにも……」
アーリャが指差したリーアは、オロオロしながら『エリス様、やばいです』とか何とか小声で必死にエリスへと訴えかけている。
何がヤバいのか、と問おうとしたところ、アーリャの肩をがっちりと掴んで後ろへと突き飛ばすかの勢いで押しやった人物がいた。
「っ……!」
「ちょ、ちょっと!」
「何をしているアーリャ!」
アーリャを怒鳴りつけたのは、紛れもなく彼女自身の婚約者。
まさか、この人も巻き込まれてしまったのか。いいや、そんなはずなんかないと思いたいアーリャだったが、その願いは呆気なく打ち砕かれることとなる。
「貴様がエリス嬢をねたみ、暴力を今まさにふるおうとしていたところ、見たからな!」
「──は?」
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