第3話 エルフ?とお刺身


 まさか一日に二度も同じ子を部屋に寝かせて、このように様子を見ることになるとは思っていなかった。


 布団に寝かせたレムネアは、時折うなされている。

 イヤな夢でも見ているのだろうか。


 夏だからな、もしかしたら毛布を掛けているのすら暑いのかもしれない。

 寝てる環境が悪いと悪夢を見るものだ。


 俺は彼女に掛けていた毛布を少しめくり、お腹の部分にだけ掛かるようにしてやった。夏とはいえお腹を冷やすのは、よくない。


 レムネアは寝返りをうった。

 頭を横にしたので、長い耳が布団に潰されてくにゃりと曲がった。

 柔らかいんだよなあの耳。


 昼間はコスプレの技術って凄いと思ったものだけど、どうやら本物のエルフさんらしかった。


「魔法で空を飛んでいかれた上に、屋根を突き破って落ちてこられたらなぁ」


 ――さすがに認めないとな、と思わざるを得ない。

 俺がそう苦笑していると、台所から美味しそうな匂いが漂ってきた。

 そろそろチキンが焼けたかな? グリルのタイマーが切れたかもしれない、見に行くか。


 寝ながら彼女が何度か腹を鳴らしていたので、二人分の食事を作っておくことにした。

 まあ、食事しながらのコミュニケーションの方が上手くいきやすいって聞いたこともあるしな。丁度いいだろ。


「いい匂い……」

「え?」

「良い匂いがします」

「わあっ!」


 台所に気を取られていたら、いつの間にかレムネアが起きていた。

 布団から這い出した彼女が、座っていた俺の真横に身体を寄せていたのだ。


 ビックリして後ろに引きずさってしまう俺。


「お……、起きたんだね」

「ここは……?」

「俺の家。キミが落ちてきたから仕方なく寝かしておいた」


 レムネアは呆けた顔で部屋の中をキョロキョロして、


「ああ。私は飛んでるうちにお腹も減って魔力も減って……」


 落ちてしまったことを思い出したらしい。

 彼女は深々と頭を下げてきた。


「申し訳ありません、一度ならず二度も迷惑を掛けてしまいました」

「良いんだよ。それよりも、昼間うちを飛び出したあとはどうなった? うまく行ったのか?」

「……いえ」


 レムネアは、今度はガッカリした風に頭を下げた。


「どうやら貴方の言い分が正しかったようです。ここはエルディラント王国ではありませんでした、私の見知らぬ国です」

「そっか。わかって貰えたならなによりだ」


 俺が苦笑していると、彼女はグゥ、と腹を鳴らした。

 ショボくれた顔で腹まで鳴らされたら、こちらが居たたまれない。

 こういうときは、腹いっぱい食べるのが大事なんだよな。


「どうだろう、身体に問題がなければ、一緒にご飯でも」

「え?」


 ぐうぅぅぅう。

 あ、また腹を鳴らした。


「ご飯、食事だよ、どうかな?」

「お腹、空いてます」

「じゃあ食べよう。俺も丁度お腹が空いていたんだ」

「ですが……私はあんな失礼を言って貴方の元を去った身で」

「気にするなって。俺も、もっと真剣にキミの話を聞いておけばよかったと後悔してたところさ。お互いさまだよ」


 ちょっと大げさな顔で笑ってみせる。


「だからほら、一緒に食べようぜ」


 そういって手を差し出した。

 ぼんやり顔だったレムネアが、コクリ、と頷く。


「貴方のお名前は確か……ヤマシナケイスケ?」

「そうだよ。そしてキミはアルドの里のレムネア。よろしくな、レムネア」

「は、はい」


 レムネアは俺が差し出した手を握り返してきた。

 よし、握手のジェスチャーは通じる、と。

 コミュニケーションの取り方に共通点があるのは楽そうだ。


 ともあれ俺は彼女を居間に連れて行き、デーブルの前に座って貰った。

 足を横にして座る彼女の前に、食事を運んでくる。


 今日のおかずは鶏肉の香草焼きににマグロのお刺身少々、味噌汁、サラダ。あとは目玉焼き。

 目玉焼きは、今チャチャッと焼いた。焼きたてだ。

 黄身は固まりすぎず、とろっとしたくらいが俺の好み。でも白身はちゃんと固まってる感じにね?


「ふわわわわぁ!」


 レムネアが妙な声を出した。

 見れば目をキラキラさせながらも、食卓に圧倒されたような驚きのポーズを取っている。


「どうしたレムネア?」

「い、いえ。こんなしっかり豪勢な食事を出されるとは思っておらず。お礼は銀貨でよろしいのでしょうか?」


 豪勢って、オーバーだな。

 あちらの世界は食生活が大変なのか?


「そんな大したものじゃないよ、さっき貰いすぎたくらいだ。遠慮せずに食べてくれ」

「そ、そうなのですか? えっと、それでは……」


 と言うとレムネアは耳をピコピコ揺らしてスプーンを手に取った。

 彼女にはスプーン、フォーク、ナイフを出しておいたのだ。

 スプーンを持った彼女は、まず味噌汁の椀を手にした。


「あ、それは少し混ぜながら飲むといいぞ」

「わかりました」


 味噌が沈殿してるからね。


 レムネアは、スプーンで掬った味噌汁を音も立てずに一口。

 さて、反応は?


「ふぅ……、なんともホッとするお味。このスープはなんという料理なのでしょう」

「味噌汁っていうんだ。具がお揚げだから『お揚げの味噌汁』だな」

「お揚げとは、このクニュクニュした物のことですね。噛めば噛むほどに美味しいです、不思議な食感ですね」


 そうそう。お揚げおいしーんだ。

 俺はあまり油抜きしないで具にするのが好きだな。お揚げから出る油が微妙に味噌汁を濃厚にしてくれるのがいい。


 俺もレムネアに合わせて味噌汁を一口。いただきます。

 うん、我ながら美味しい。

 暑い日でも味噌汁はなるべく飲みたいと思ってしまう。日本人だもの。


 その後レムネアは焼いたチキンに手を出したり、再び味噌汁を飲んだり。

 満足げな表情を見せながら食を進める。

 そして、


「これはなんでしょう?」


 と手にしたフォークでマグロの刺身を指したのだった。


「なにかの……生肉ぽいですが」

「ああ、それはマグロっていう魚だよ。魚のお刺身……まあ確かに生肉か」

「え!? 魚の生肉!? そんなもの食べられませんよね!?」


 顔中の筋肉で嫌気を表現したレムネアは、刺身をテーブルの遠くに避けた。

 ふむ。彼女の世界では冷蔵や冷凍の技術が発達してないのかな?


 いやもしかしたらただの習慣かもな、この世界でも未だ魚の刺身に良い顔をしない外国の人は多いと聞いている。

 ユーチューブなんかで見たことあるよ。外国の人が初めて刺身を前にして、「オーマイガッ」とか言っちゃう奴。


 でもそれ系の動画は、毎回決まった結末になるんだよな。

 俺はユーチューブに詳しいんだ。


「うん、ウマイ」


 俺は笑顔でマグロの刺身を口にした。

 醤油を少しだけつけて食べると、中トロの脂が口の中に溶けだして甘い。

 とろけるような身は噛む必要すらなく喉の奥に落ちていった。


「な、なにをしておられるのです。生で魚など食べたら、後でお腹ギュルギュルしちゃいますよ!」

「この国では魚の生肉は主流の食べ物の一つなんだ。大丈夫だからレムネアも食べてみろ、きっと病みつきになるぞ?」

「い、いやですっ! 貴方には感謝しておりますが、生で魚を食すなんて……!」

「なんだよ美味しいのになー」


 俺は次にワサビを少量添えて、マグロを口に運ぶ。

 軽く鼻に抜ける辛みが心地よく、涙が出てくる。うまいうまい。


 そうやって俺が刺身を摘まみ続けていると、レムネアがジトーッとした目で俺を見始めた。


「……なにやら美味しそうに食しますね」

「だからオイシイんだって。郷に入りては郷に従え、こっちの文化を楽しんでみないか?」

「むうぅ」


 ひと言唸ると、彼女はフォークをグッと握りしめた。

 ゆっくりと、チェックするように刺身とツンツン。ジトっと眺める。


「あーうまい、うまい」


 その間も俺はパクパクだ。

 チラリとレムネアを見てみれば、気になって仕方がないご様子。

 ほら食べてみろ、脂が甘くてたまらないぞ? ほら。


 彼女はチラと俺の顔を見ると、ブスリ。

 刺身をフォークで刺した。


「醤油を少しだけ付けて食べるんだ。そうそれ、黒い液体」

「……こ、これでも私は冒険者ですから。冒険者は未知を探求するものなのです、目の前でそう挑発されては、負けるわけにもいきません」

「そうか。まあいいから、食べてみろ」


 パクリ。

 レムネアは刺身を口に入れた。途端。

 目を見開いて騒ぎ出す。


「な、なんでしょうこれは!? 口の中でとろけます!」


 少し脂が多めの中トロだからね。俺はこの塩梅が、大トロよりも好きだ。

 とろけるのに、赤みの味もある。


「うまいです、これはうまいです!」

「口の中に頬張りながら喋るなよ、行儀悪いぞ」


 堰を切ったようにパクパクと食べ始めるレムネアだった。

 そのうち、俺に倣ったのかワサビまで添え始める。


「あ、それは……」


 しまった。添えておくべきじゃなかったかな。

 ワサビは初心者にはちょっと難度が高い。


「ふあッッッ!」


 案の定、レムネアは身体ごと跳ねた。だけど。


「こ、これも悪くないです! すごい刺激っ!」


 あっという間に日本の文化の一つに馴染んでしまった彼女である。


「俺の分も少し食べるか?」

「よろしいのですか!? いただきますが!」

「いいだろ? お刺身」

「良いです! これは良いですね! ちょっと冷たくて、チュルッとした感触がたまりません!」


 そうだろう、そうだろう。

 喜んでもらえると、俺も勧めた甲斐がある。


「こんな美味しい料理を作れるとは、ヤマシナケイスケさんは一流の料理人なのでしょう!」

「いや、普通の脱サラリーマンだけど」

「脱……え?」

「会社の勤め人だったが、それをやめた人って意味さ」

「ふむむ?」


 よくわかって貰えてないみたいだが、別に問題もないだろう。

 俺は苦笑しながら次の食べ物を勧める。


 こうして俺たち二人は、食事を堪能した。

 目玉焼きもお米も、食べ方を俺が解説するとレムネアはいちいち喜んでくれた。


 なかなか楽しい食事会だな。

 俺もずっと一人で食事をしていたからか、久しぶりに人と食卓を囲むのは悪い気がしなかった。なんというか、なごむ。


 ひとしきり食べて、最後は熱いお茶。

 風通りの良い畳地の居間で扇風機を回しながら、汗を掻きつつ熱いお茶。

 そんな夏の夜。


「ふー、ご馳走さまです」

「お粗末様でした」


 ――さて、そろそろいいかな。


「結局レムネアは今朝、どうしてあんなところに倒れていたんだ?」


 質問の時間だ。


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