シード・オブ・ユグドラシル -凡人高校生は努力だけで異世界の神に挑む-
サカミナ525
第1話 必ず……
張り詰めた空気の中、辺りは静寂に包まれ、胴の内側で高鳴る鼓動が直接耳へと届く。
真夏の熱さによって滴った汗が目元へ流れるが、極限の集中状態の中ではもはや感覚すら感じることはできない。
ただ眼中にあるのは
「始め!」
審判の合図で試合が始まり、直後相手が俺に向かって斬りかかってくると、その勢いに負けて俺は体制を崩されそうになる。
ここまで来て……そう簡単に負けられるかよ!
「はぁああああああああっ!!」
何とか俺はその場で踏ん張り、体の奥底から響くような雄たけびを上げ、そのまま相手の竹刀を押し返す。
その拍子に相手は体勢を崩し、そこにできた隙に俺の竹刀が乾いた音を立てて相手の脳天を叩いた。
*
それからしばらくした休み明け。
騒がしい教室の一角で、俺はちょっとした人だかりに巻き込まれていた
「いやーやるな、ユウジ! まさかお前が全国優勝とは!」
「なんだよ、まさか無理だとでも思ってたのか?」
「まぁ正直な」
「おい」
俺の名前は茅野勇士、この前の剣道全国大会で優勝して全国制覇を果たした高校生二年生だ。
「いやー、にしてももう越されちまったか。俺は準決で敗退だったしよぉ」
そして俺の目の前にいるこのツンツン頭の若干チャラそうな奴は俺の親友兼ライバルの壺井レイジ。
俺と同じタイミングで剣道を始めたいわゆる同期というやつだ。
「準決で俺が負けた相手にお前が勝ったってことは、お前はもう俺よりも強いってことか。やれやれだぜ」
「とは言ってもレイジはああいうゴリ押しタイプの相手は苦手だったろ? 第一直接対決で俺はお前に勝てたことがないし……」
この壺井レイジという男はいわゆる天才なのである。
今でこそそれなりに相手はできるようになってきてはいるが、昔は片手で相手されても勝てる気がしなかった。
「直接対決かー、決勝戦でユウジとやりたかったなー」
「俺は嫌だけどな。せっかくの全国制覇のチャンスを逃してたまるかよ」
まあ俺は、何だかんだこんな学校生活を謳歌していた。
そう、あの時までは――
『緊急地震速報、緊急地震速報。強い揺れに警戒してください』
突如として教室中のスマホがけたたましい音を立てて鳴り響く。
「地震だって」
「やばっ、このあたり結構強く揺れるらしいよ」
そして教室の窓が音を立てるところから始まり、教室内のありとあらゆるものが揺れ始め、その揺れは一向に収まることはなくむしろどんどん強くなっていく。
やがて立っていられないほどの揺れが教室内を襲い、それでもまだ揺れは収まらない。
辺りに悲鳴が飛び交い、クラスのみんなが段々と不安と恐怖によって冷静さを欠いてゆく。
俺は直感した。
これはヤバいやつだ……!!
鈍い音とともに教室内の壁には大きなひびが入り、その破片が床に落ちてゆく。
このままじゃ教室が崩落する……!
「みんな! 急いで教室の外に――」
俺はそう叫んだ。
が、時すでに遅し。
教室の天井が崩落し、俺を含め教室内にいた33人が鉄筋コンクリートの下敷きとなった……
*
「諸君、私の世界へようこそ」
突如頭の中に直接響いた声によって、俺は意識を取り戻す。
目の前に広がる空は昼でもなく夜でもなく、ただただ血のように赤く染まり、俺はその空の上で浮かびながらこちらを見下ろし、観察している人物を見つける。
ローブを羽織っており、フードを深々と被っているせいでその顔をうかがうことはできないが、声からして男だろう。
「ここは……」
「おい、ユウジ!」
ふと聴き慣れた声のする方を見ると、そこには俺と同じようにレイジがこの不気味な場所に立ち尽くしていた。
俺たちは急いでお互いに駆け寄る。
「レイジ、俺たち一体どうなって……」
「俺たちだけじゃない……周りを見てみろ」
辺りには他にも見慣れた顔が複数人存在していた。
俺たちのクラスメイト、計33人……
「俺たちは確か……あっ、地震で教室の天井が崩れて、その下敷きに……」
「その通りだ。諸君らはあの世界で先刻の未曾有の大震災によって命を落とした」
宙に浮かぶローブの男が俺たちの会話へと割込み、そんなことを告げる。
「どういうことだよ!? じゃあ俺達はもう死んでるっていうのか?」
「そう解釈してもらって構わない。だが、諸君らは私の手によって蘇生させられ、この世界へと召喚された。諸君らから見て言えば、ここは異世界にあたる場所だ」
「異世界……」
辺りは見渡す限りの草原で、遠くには森とアルプスの山々に似た山脈がそびえている。
少なくとも、俺たちが今までいたはずの教室ではないらしい。
となるとここは本当に……
「ここは、私が数百年ほど前に作成した世界『シード・オブ・ユグドラシル』。本来、世界を新たに創造する際、新たな生物を一から産み出し、この世界の生態系に組み込むのだが、訳あって今回私は自身の力で生命を創造することができない。そのため、私はありとあらゆる世界から様々な生物を召喚し、この世界における生態系を創り出そうと考えている。諸君らも召喚された種のうちの一つだ」
「な、なんだって……」
世界を作成……?
ゲームの中じゃあるまいし、そんなことまるで神様にしかできないような……
「諸君らはこれからこの世界で余生を過ごし、願わくば子孫を残していって欲しい。種の繁栄には時間を要する。君たちはその礎だ」
「つまりは俺たちにアダムとイブ的な役割をさせるつもりか?」
「大方間違いではない」
その瞬間、クラスメイトたちからはざわめきが起こる。
赤いローブの奴に語られた言葉に対して、多くの生徒は混乱した。
そしてその中でも
「ざけんじゃねぇ!!」
突如どこからか荒々しい怒りの声が放たれる。
うちのクラスいわゆる不良的な存在である峰岸良平だ。
「んなことできるかよっ! さっさと俺たちをもとの世界へ帰しやがれ!」
大声で怒号が飛ばされるが、ローブの男は微動だにしない。
「なぜだ?」
「なぜって……」
「言ったであろう、諸君らは一度死んでいると。その諸君らを蘇生させ、違う世界でとはいえまた生きる機会を与えたのはこの私だ。つまり、諸君らはある意味私に借りがある。私に対して恩を返すというのは、至極当然のことだと思うがね」
確かに、あいつの言っていることが本当なら、筋自体は通っていなくもない。
けど、だったら俺たちはもう……
元の世界へ帰ることはできないのか……?
あの世界でやり残したことだってまだ沢山──
「だが、方法がないわけではない。諸君らがある条件を満たせば、その願いを叶えよう」
「条件って……」
「この世界に存在する世界樹の頂に辿り着くことだ。仮に辿り着くことができたのであれば、どんな願いも叶えよう。勿論、諸君らの元の世界へ帰還したいという願いも同様だ」
奴が指し示した方向を振り返ると、遥か遠くに天高く天高くそびえ立つ、大木を見つけることができた。
しかしその頂はここからでも認識できないほどの高さにあり、その高さは宇宙へ届きそうな程だった。
「私はこれから世界の管理のため、世界樹へと向かう。そこで諸君らを待とう。だが、今の諸君らにそんな力はない。それにこの世界には、別の異世界より召喚した危険な生物が存在している。そんな世界で、私は諸君らが生きていけるとは思ってはいない。よって、諸君らにはそれぞれ強力な特殊能力、
そして、奴の体は次第にノイズのようになっていき、段々とその姿が薄く消えかかっている。
「最後になるが、一応名乗っておこう。私の名は……アロ、この世界の神にあたる存在だ。では、諸君らの健闘を祈る――」
奴はそう言い残し、この場から姿を消した。
それに伴って辺りの様子は、先程のような血のように染まった空が広がる不気味な赤い空は、俺の知っている青空へと戻り、俺達はこの広い草原に取り残されることとなった。
泣くでもなく、叫ぶでもなく、ただただその場に立ち尽くした。
これから俺たちはどうなっていくのだろう。
このどこかもわからない異郷の地で。
いや……
「レイジ」
「ど、どうした……?」
「生きて……生きて帰るぞ」
「ああ、当たり前だ!」
この異郷の青空の下、俺達は固く決意した。
生きて帰る……
そう、絶対にだ。
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