隣の席の山越くんは意味を嫌う。

茨 如恵留

第1話 桃太郎?

「昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」


朝のホームルームが始まる少し前。隣の席の山越くんが語りだした。

両肘をついて顔の前で手を組み、真剣な眼差しでどこかを見ている。

昨日の席替えで隣になった山越くん。なんでいきなり私の隣で話しだしたのかは分からないけど、何となく彼が気になった。


「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯をしに行きました」


なんで桃太郎?と思いながら、私はこの話を聞くことにした。もしかしたら面白いかもしれない。そう思わせるような語り口だったからだ。


「おじいさんは山でよい薪になりそうな木や枯れ葉を選び、おばあさんは水の冷たさに耐えながら洗濯をしました」


おじいさんとおばあさんの描写細かいな。もう少し聞いてみよう。


「そしておじいさんとおばあさんは家に帰り、夕ご飯を食べました。そんな毎日が続きましたとさ。めでたしめでたし」


……え?


「オチは!?っていうか、ヤマもないじゃん!!」

「必要?それ」

「必要?って……だって、それじゃあただの、昔のおじいさんとおばあさんの日常!」

「うん、そうだよ。それがいいんだ。川から変な桃が流れてくることもない、子どもを鬼退治に行かせる必要もない、平和な日常。それが一番、いいと思わない?」

「た、確かに……」


私達は、物語にドラマを求めてしまう。何か起こってほしいと思ってしまう。でも現実は、何も起きないのが一番なのだ。


「……いや、平和な日常なら語る意味ないじゃん!」

「そう?意味なんて必要ないと思うけどね、筒井さん」


新しく隣の席になった山越くん。彼は少しばかり、変わっているらしい。

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