4

 黒い渦を超えると、そこは一見、元いた場所と変わらない所だった。

 見える景色も、ほとんど変わらない。

 ブランコ、砂場、バネの乗り物、花壇、植えられた木や植物。

 道路、ビル、マンション……


 けれど遥か遠く、空気に霞んで、この世界でもあり得ないほど巨大な黒い建造物が見えた。

 頂上が分からないほどのあれが、妖魔の拠点の『塔』なのだろう。


 車の通りは一切無くて、街の人々の気配も感じられなかった。


 ――ここが『境世界』……なんだよね? 多分。


「「変身!」」


 少し離れたところで、カリンさんとシラハさんが唱えた。

 次の瞬間、二人の体が輝き出す。


 光が収まる頃には、二人とも制服姿から衣装が変わっていた。

 戦士と呼ぶには可愛らしい。強いて言えば豪奢なキッズドレス。丈が短く広がったスカートと、全体にあしらわれたフリルが印象的だ。

 カリンさんが赤色がベースで、シラハさんは白。細かいデザインも異なっている。


 二人は空を睨み上げていた。


 その視線を追って私も上を見る。最初、何も見えなかった空には段々と、黒い影が見えてきた。一つ、二つ、三つ四つ……

 気付けば夥しいほどの数になって、こちらに向かってくる。


「後ろは頼むわ、リリィ」

「任せてください」

 二人が跳躍。

 そのまま空を飛んで、影の群れに向かっていった。


 そんな二人を見送ったペロが、なにかに気付いたようにこちらを振り返る。

「と、トアちゃん!? なにしてるペロ! ここは危ないペロ! すぐ戻るペロ!」


「あの二人をすぐに退かせた方が良い」


 空を飛ぶ影達の姿は、人間の視力ではよく見えない。

 けれど、纏う魔力で察しが付く。前世でも時々お世話になった。


 対して二人の実力も、やっぱり魔力の感覚でなんとなく分かる。

 相手が私の知識通りなら、あの数は今の二人に荷が重い。

 

「キミの方が早く退くペロ! すぐゲートを開け直すから……」

 

 ペロの言葉の続きは、轟音にかき消された。

 空から誰かが落ちてきた音だと分かったのは、振り返ってからだ。


 そこにはさっき飛んでいった、カリンさんが倒れている。


 続けて、黒い影が空から落ちてきた。

 全長二メートルを優に超えるそれは、公園の塀と花壇を踏み砕き、破片と土埃が周囲に舞い散らせる。


「やっぱり、ガーゴイル……」

 大きな翼が生えた、筋骨隆々の人型魔獣。妖魔の召喚獣としては比較的ポピュラーだ。


「き、キミは……」

 ふらふらと立ち上がるカリンさんが私を見る。

 すぐにガーゴイルに振り返って、手に持った丸い物――コンパクトだろうか?――をガーゴイルに向けて構えた。

「どうして来たの! すぐに帰りなさい!」


「嫌です」

「なにを……」

「今の私と大差ない子供が戦地に向かったのを見て、そうですか、とはなれません」

「……? だがキミには戦う力が……くっ!」


 カリンさんに襲いかかるガーゴイル。


 コンパクトから光の魔法を射出して、それを迎え撃つカリンさん。

 光魔法はガーゴイルの表皮を焼き付けはするものの、深手にはなっていない。


 ――威力が低すぎる。あれじゃあガーゴイルの皮膚は貫けない。


「ガーネット!」


 空中で戦っていたシラハさんが、カリンさんの加勢に降りてきた。

 庇うように立って、短い杖を掲げる。


「――ブレイブリィ・シャイン――!」


 そう叫ぶと、同じく光魔法を周囲に放つ。

 カリンさんより範囲攻撃に優れていることは分かるが……威力はさらに低い。ガーゴイルには目くらまし程度にしか感じられないだろう。


 案の定、攻撃を食らってもケロリとしているガーゴイル。


「どうして……、どうしてこんな高位な妖魔が、たくさん……」

 シラハさんが涙目で呟く。


 気のせいかガーゴイルはニヤリと笑みを浮かべ、二人へ襲いかかった。

 空中にいるままのガーゴイル達も、まるで見物するかのうように戦いを見下ろしている。


 ――いや、戦いにすらならない。

 これから行われるのは、まず間違いなく、虐殺だ。


「ゲートを開けたペロ! 妖魔がトアちゃんに気付く前に……」

「ヘンタイウサギ」

「ヘンタイでもウサギでもいいから! 早く!」


 ペロを正面から見据える。


「タマハガネをちょうだい」

「ダメペロ! キミは早く帰るペロ!」

「私にガーゴイルを一掃させるか、このままあの二人を見殺しにするか。

 決めるのはあなたよ」

「キミはなに言ってるんだペロ……一掃なんて、もしタマハガネを使えたとしてもそんなの無理ペロ」

「精霊は戦えない、って言ってたね。今私たち以外に誰もいないし、このままならあの二人は無事じゃ済まない」

「キミまで失うわけに行かないペロ。さっきも言ったとおり、タマハガネはちゃんと手順を踏まないと最悪、廃人になっちゃうかもしれないペロ……」

「信じなさい」

「……なにを?」



「私が妄言に取り憑かれた子供じゃなくて、本当にこの場を打破する力の持ち主だと、信じ抜くの。

 それが、あなたの戦いよ」



 右掌を開いて、ペロに差し出す。


「臆すな。逃げるな。いっそ、私を廃人にするくらいの計算してみせなさい。出来ることが残ってるのに、まだ足踏みし続ける気?

 この状況を救うのは私じゃない。

 私を見いだし、私を信じる一人の決断だ!」


 カリンの悲鳴。

 木が折れ、地面に倒れる音。

 ガーゴイルが前へ進む地響き。


「私はこの世界が好きだし、彼女達を助けたい。お願い、ペロ」


 ペロはカリン達の方を見、次に私の目を見た。


「トアちゃん……」

「なに?」

「トアちゃんは、情報をまとめるのが上手だったペロ」

「まあ、そうかもね」

「だからお願いがあるペロ」


 ペロはカバンから、ピュアのタネより一回り大きな光の球を取り出した。


「後で始末書書くの、手伝って欲しいペロ」


「始末書で世界が救えるなら、いくらでも書くわよ」


 ペロは初めて見せる、作り物ではない笑顔になって、

「どうか、世界を救ってください……ペロ」

 そう言った。


 掌にピュアのタマハガネが落とされる。



   †



 次の瞬間、私は白い世界に居た。


 全身の浮遊感。天地はどちらか分からず、暖かくも冷たくもない。

 いつの間にか全裸になっているけれど、不思議と恥ずかしいとは感じなかった。ここが現実世界ではない、と直感で理解できたから。


 ここは精神世界と呼ばれる、魂だけの世界である。


「いらっしゃいませ、無垢なる聖戦士――ピュアパラディンに選ばれし子よ」


 どこからともなくそんな声が響く。

 それとほぼ同時に、女の子が幽霊のように現れた。すぐに結実し、肉体を持つ。


 人間年齢にすれば9歳か10歳程度の少女。

 私と違い、薄い羽衣を纏っている。


「タマハガネを宿らせるには、強い魔力と強い心、そして平和を愛し、人々を守りたいという強い意志が必要です。それを、今から試させていただきます」


 少女――おそらく対話のためのインターフェイス――が右手を伸ばす。


「試練は3つ。愛の試練、情の試練、そして戦いの……」


 私は大股でその少女に近づく。

 話している最中の少女の頭を、上から掴むように右手を乗せた。


「あいにく、そんなもの受けている時間は無いの」

「……野蛮ですね。そのような方に、私の力は……」

「私に笑いかけてくれた子が危機なの。手を振ってくれた子が、敵わない相手にも逃げずに戦ってるのよ」

「仲間を守ろうという気持ちは素晴らしいです。が、この試練は貴女がタマハガネという大きな力を持つにふさわしいか見極める……」


「いちいち話が遅い。時間が無いと言ってるでしょう。

 魔力と心と意思が要るなら、一気に全部あげるわよ!」


 ここは精神世界。

 つまり、私は今、魂だけの存在。

 であるならば、魔王時代の力を遺憾なく発揮できる。


 私の全身から、13年間貯まりに貯まりくすぶっていた魔力が、歓喜するように解き放たれた。


「あ、くっ、こ、これは……」


 ――思考伝達魔法、いわゆるテレパシーだ。

 魔力が必要だと言うから、ついでにありったけの魔力も込めてやった。

 空気中の魔力の密度が高まった結果、魔力同士の摩擦で黒い稲妻が生じる。


「終わったら試練でも謝罪でもなんでもしてあげる。だから今は、黙って私の言うことを聞きなさい!」


 黒い稲妻は雷となって、轟音と共に少女の全身を貫いた。

 少女の体がのけぞって、目を見開く。


 稲妻自体に害はない(はず。多分。きっと)が、送られた情報量と魔力量にオーバーヒートしかけているのだろう。


「ふわぁ、すご、……」

 無表情だった少女が、熱のこもった吐息とともに言葉を発する。


 次の瞬間、少女の頭上の空間に文字が浮かび上がった。


================

【システムメッセージ】

『黙って言うことを聞け』の命令を承りました。

 前任者の支配権の剥奪と、支配権の上書きに成功しました。


 以後、当タマハガネ――識別名『スォー』の支配権は『トゥアイセン・オーフニル』およびその転生体『春日野トア』が有します。


 引き続き所有を希望される場合、下記より所有状態のランクをお選びください。

 ランクは下に行くほど本来の性能が発揮されます。


・所有者隷属

・所有者従属

・対等

・親友

・魂鋼従属

・魂鋼隷属

・魂鋼重度隷属

・魂鋼完全隷属


 なお、上位者である貴女は『対等』以降のランクしか選択できず、選択権は貴女のみとなります。魂鋼側の拒否権は放棄されました。

 また、以前の支配者が設定した試練も全てスキップされます。

================


 良く分からないけど、とにかくタマハガネとやらを使えるようになったみたい。

 どれか選べと言われているけど……


「とにかく一番強いヤツで。早く」


================

【システムメッセージ】

 了承しました。

『魂鋼完全隷属』ランクで所有処理を実行します。

 ………………

 …………

 ……

 

 魂鋼重度隷属、承認完了。


 魂鋼の精神は完全に貴女に屈服し、隷属いたしました。

 以後、魂鋼・スォーは貴女との会話、接触、使用、手入れ等をされた際の好感度指数が100%上昇いたします。


 また、人間界、天界合わせて、歴史上初めて『魂鋼完全隷属』が承認されました。


 史上初解放ボーナスとして下記が付与されます。


・好感度指数プラス200%

・隷従、心酔度プラス100%

・武器成長速度プラス100%

================


(なんか、ゲームみたいなシステムね……)


================

【システムメッセージ】

 お待たせいたしました。

 魂鋼を使用する準備はこれで完了です。

 どうかこの世界を守ってください。

 ご武運を!

================


 私が手を離すと、少女はまだふらふらと朦朧としていた。


 それでもなんとか気を取り直したようで、彼女は跪いて私に頭を下げる。


「数々のご無礼をお許しください、主様あるじさま


「急いでるの。使えるようになったならさっさと行くよ」

「参考までですが、精神世界の時間は現実世界の100分の1未満です」

「100秒過ごしたら、その1秒で死人が出るかもしれない」

「仰るとおりです。急ぐべきであることに異論ございません」


「で、どうすれば現実に戻れるの?」

「タネの時のように、私に触れながら変身の文言を唱えてください」

「……『変身』と言えば良い、ってこと?」

「失礼しました、主様は初めてでしたね。はい、仰るとおりでございます」

「いちいち謝らなくて良いから」


 少女の手を握る。


「変身後は主様にふさわしい形となり、お役に立たせていただきます。また、このアバター体はいつでも顕現可能です。是非今後とも従僕として、所有物として、ご自由にお使いくださいませ」


「なんでもいいからいくよ。

 変身!

 ……これでいいの?」


 と言っている間に周囲が一気に輝いた。

 私の視界が白一色に染まって、その眩しさに思わず目を庇う。



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女魔王、転生先で魔法少女になる ツツミ キョウ @TSUTSUMI_kyo

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