第12話 The House of the Rising Sun

 草むしり二日目の朝、玄関の鍵を開けてみた。

想像はしていたが家の中は蜘蛛の巣だらけ。

変な虫が我が物顔にうろちょろしている。


 煙で燻さないとダメと普恩寺ふおんじさんからは言われている。

それも一度や二度ではダメで、布団や畳を天日干ししてその状態で燻さないとダメなのだそうだ。

だがそれをするには、まずは布団と畳を干すスペースを確保しないといけない。

ようは庭の草むしりが全て終わらない事にはどうにもならないという事になる。


 玄関には靴箱があり、その上に少し大きめの水槽が設置されている。

記憶を辿ると確かこの水槽には何匹かの金魚が飼われていたはず。

だが金魚の姿は無く、水も張っておらず、ただ乾いた砂利が敷かれているだけであった。

エアレーションはあり、そこから水槽内にチューブが入れられ、その先に陶器の水車小屋が付けられている。

だがエアレーション自体、玄関のコンセントから抜かれている。

恐らく祖父母が亡くなった時にはもうすでに金魚はいなかったという事だろう。


 その水槽の隣にタッパーに入れて持ってきた例の妖精の草を置いて日光浴をさせた。

二日鞄の中に入れていたせいで、草はすっかり元気を失っている。

これからは毎日日光浴をさせてあげるから、元気になってくれると良いな。

そんな事を考えながら草むしりを始めた。



”言われた事しかできないなら、外国人の方が言葉が不自由ってわかってる分、割り切れるからマシなんだよ”



 二日間も草むしりをすると、色々なものが草の中から出てくる。

縁側の下からは祖父と祖母の愛用のつっかけサンダル。

祖母がよく使っているのを見た竹ぼうきと熊手。

その先には倒れた物干し台と物干し竿。

無数の植木鉢、干物を作る網などなど。



 お昼ご飯を普恩寺さんの家で食べながら、玄関の上にまだ水槽が置かれていたという話題を提供した。

すると普恩寺さんは『君の金魚』とあの水槽のかつての住人の事を呼んだ。


「あれ? 覚えてないかな? ほら、いつだったか君が縁日ですくった金魚だよ。あれから名越の爺さん、君だと思ってずっとあの金魚を可愛がっていたんだよ」


 小学校の低学年くらいの時の話らしい。


 その頃この村は煙草の大口買取が中止になって、祖父のように一部の家だけが細々と年金の足しにと煙草の葉を生産しているような状況だった。

年々空き家は増え、神社の夏祭りも何年も夜店すら出ていなかった。


 そんな寂しい状況に、村人たちはせめて納涼祭だけでも賑やかにやって、孫たちも呼んで遊ばせようじゃないかと言い合った。

自治体でその為のお金を積み立て、村の比較的若い人たちに出店を出して貰った。

かつて夏祭りで飾っていた提灯を修理して境内に飾り付けた。


 ただ、そうはいっても、当然そこまで派手な事ができるわけもなく、風船を膨らませて配る事くらいの事しかできなかった。

あとは手持ち花火を配って神社の境内の回りで皆で花火をする程度。


 だがそれだけでは寂しいからと、奮発してどこからか金魚を購入し金魚すくいを催した。

ポイの値段を考えれば儲けなんてほぼ出ない。

そんな値段設定の金魚すくいであった。


 誰かがスイカを持って来てくれて手水舎の水で冷やして配った。

そのおかげで金魚すくいをやっている周囲の人は皆スイカを手にしていた。


 誰が一番多くすくえるかなと村人たちは子供たちを囃し立てる。

そんな中、僕が変な才能を発揮して一番金魚をすくったらしい。


 翌年も開催したのだが、思ったように子供たちは集まらず、わずか二回で納涼祭は終わってしまったのだそうだ。

本当に薄っすらとした記憶しかないが、そう言われれば楽しく金魚すくいをした記憶がある。

今の今まで忘れていたのは、多分その時の金魚を家で見なかったからだろう。


「どうやって飼ったら良いんだと、名越の爺さんうちに聞きにきてな。一緒にホームセンターに行って水槽買ったり餌買ったり、ぶくぶくを買ったり、砂利買ったりしたんだよ」


 だがやはりというか、金魚すくいの金魚は非常に体力が無く数年で何匹も死んでしまった。

それでも爺さんは残った金魚たちだけでもと言って大事に育てていた。

爺さんが亡くなった時には金魚はいなくなっていて、水も入って無かったから、その前に全滅してしまったのだろうと普恩寺さんは言った。



 草むしりをしながら当時の事を徐々にだが思い出した。

あの日、大量の金魚を持って家に戻った僕と祖父を、母はヒステリックに頭ごなしに文句を言いまくったのだ。

金魚どこかに捨てて来い、そう言われて僕は大泣きしたのだ。

泣こうが喚こうが鱗一枚持って帰らせないと母は大声を張り上げた。


 祖母はせっかく僕がすくってきた金魚なんだからと母をなんとか宥めようとした。

だが母はそんな祖母に向かって、が世話をするわけじゃない、水槽の清掃はおろか、餌やりだって私の仕事になるのが目に見えている、余計な口出しをするなとでも言わんばかりに怒鳴り散らしたのだ。


 そんな母の剣幕に父は関わり合いになりたくないとばかりに背を向けていた。

そこから母はただただヒステリックに喚き散らした。

田舎者は考えが古い、こんなしみったれた土地一歩だって来たくはなかった、時代遅れ、母は一方的に祖父母に向かって悪態をついた。

当時の僕にはそれがどういう意味なのかはわからなかったが、またいつものように母が怒っていると感じ胃と頭がもの凄く痛くなったのを覚えている。


 最終的にそんなに金魚が飼いたいならこの家で飼えば良いじゃないかとキイキイ喚いて、もう夜も遅いというに宿泊の予定を取りやめて怒って帰ってしまったのだ。

何が何だかわからず泣きじゃくっていた僕を無理やり車に乗せ、この家から逃げ出すようにして。


 それからというもの母はこの家に来る事を拒んだ。

そのため、この家に来る時はいつも父と二人であった。

時にはそのまま帰って来るなと母が悪態をついて、出かける前に父と喧嘩になる事もあった。

結局、それ以降で母がこの家に来たのは、祖父の葬儀と祖母の葬儀の二回だけ。


 僕は昔からこの村の風景、この村の雰囲気、祖父母の人柄、この家の雰囲気が大好きで、父に何度もこの家に行きたいとせがんだ。

父はその都度困った顔をしていたが。


 この家に来ると祖父と祖母は餌の時間だから餌をあげてと餌箱を僕に手渡した。

僕が金魚が餌を食べてると報告すると、祖父も祖母もとても嬉しそうな顔をしていた。



 あれだけ大きな水槽なら、妖精もたくさん召喚できるかも。

そんな事を考えながら草むしりをしていた。


 できれば今日のうちに庭部分の草むしりを終えてしまいたい。

軽快な音楽でも聴いてペースを上げて行こう。

携帯電話を取り出して中に入っている楽曲を探る。

目に入ったのはジ・アニマルズ。

『ザ・ハウス・オブ・ザ・ライジングサン』


 どんどん草をむしっていこう。

そして一日でも早く、この祖父母との思い出の家に朝日を当ててあげよう。



 草むしりはまるで宝探しだ。

色々と面白い物が出てくる。

ブリキの壊れたバケツやじょうろ、スコップ。


 草むしりはまるで思いで堀りだ。

大昔の記憶を思い起こさせてくれる。

物干し台が置かれていた先に、祖母の大切にしていた花壇があった。

いつも綺麗な花が咲いていたのを思い出す。

チューリップにヒヤシンス、スイセンにパンジー。

恐らく、先ほどのじょうろやスコップは、その花壇を綺麗にしていた道具なのだろう。

残念ながら花壇は雑草の侵攻を受けてしまって完全に占領下に置かれてしまっているのだが。


 ふと見るとその花壇のブロックの隣に木の薄い板が地面に刺さっているのが見えた。

雑草を抜いてその板が何か確認してみる。

何やら文字が書いてある。

その文字にじんわりと目頭が熱くなるのを感じた。


『貫くんの金魚の墓』

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