第3話 Moon River
「なあ、
女の子ではなく、
その頃、かなり育成ゲームにハマっており、少し毛色の違うゲームもやってみたいなんて思っていた頃であった。
はっきり言ってハマった。
確かに美少女を育てるゲームは大流行しただけあってシナリオが充実している。
それに比べてこちらはそういう面では遥かに劣っている。
だがファンタジーな設定とどこかサイケデリックな画面が美少女を育てるゲームよりも奥深く感じる。
レトロゲームというのは足りない部分は脳内で補完するものである。
それも一つの楽しみなのだ。
足りない部分が多すぎてはそれもままならないが、きっちりとされすぎるよりはこういうゲームの方が想像の余地がある。
プレーすればするほど個人的にはこちらの方が好みだと感じた。
仕事から帰るとサンドイッチ片手にパソコンにかじりついてゲームに興じる。
攻略サイトなんてものは無いから頻繁にメモを取って手探りで攻略法を探っていく。
これが実に楽しい。
その日の疲れがすっと消えていくように感じるのだ。
入社後の新入社員研修であれだけ仲の良かった同期は、一人また一人と仕事が忙しくなって会えなくなっていった。
配属先の職場はあまり同僚同士仲良くするような職場では無く、何となく一日ごとに自分の周りから人が離れていくような感覚に襲われて
もしかして、僕はこの大都会でひとりぼっちになってしまったのではないだろうか?
そんなそこはかとない恐怖すら覚える。
そんな自分にとって育成ゲームはまるでちょっとした麻薬であった。
職場で強い孤独を感じても、家に帰れば人造人間に会える。
モニター越しではあるが僕を待っていてくれる存在がある。
そう思えば職場にいる間、頑張る事ができるのだった。
”はあ? こんな事もわからないの? 三日前に教えたじゃん。信じらんねえ”
金沢は営業として毎日忙しく外回りしており、たまにメールをしても全然返信が来ないか、来ても数行、休みに会おうと誘っても休日出勤で忙しいと断られる状況だった。
挙句の果てには、お前の部署はそんなに暇なのかと悪態をつかれる始末。
あの育成ゲームを薦めてきた日を境に急速に疎遠になっていった。
職場に配属になり一年ほどが過ぎた。
この頃になると、一日の生活は、朝起きて会社に行き、先輩や上司に怒られながら仕事をし、帰ってサンドイッチ片手にゲームという状況になっていた。
社内では皆黙々と仕事をしていて、昼休憩もお互い喋る事をしない。
昼食すらそれである。
「お会計○○円になります。○○円のお返しになります」
会社以外での会話がそれである。
それを会話と言って良いのかどうかもわからないが。
そんなある日の事、今自分がプレーしているゲームに続編がある事を知った。
それが『フェアリー・ケージ』というゲームだった。
今にして思えば、このゲームとの出会いがその後の人生に良くも悪くも大きな影響を与えてられてしまったように思う。
これが何とも不思議なゲームなのだ。
これまで自分がプレーしてきた育成ゲームといえば、最初に小さな子供がいて、その子供一人を手塩にかけて育てる事で容姿が変化し、やがて大人になりエンディングを迎えるというものだった。
美少女を育てるゲームもそうだったし、人造人間を育てるゲームもそうであった。
だがこのゲームはそうでは無かった。
『ケージ』とよばれる飼育箱がある。
温度管理や水温管理をして、さらにケージ内の精霊の属性を管理していると、ひょこりと妖精が生まれる。
その妖精をまるで水槽の中で金魚でも飼うかのように育てていくというゲームである。
ゲームを起動するとオープニングムービーが流れる。
どこかで聞いた事のある音楽と共に、壮大な世界設定が静止画ではあるが紙芝居のように流れる。
オープニングのこのゆったりとした曲。
この曲がどうにも気になり世界設定の内容が全く入ってこない。
残念ながら『フェアリー・ケージ』『オープニング』で検索しても何もヒットしない。
歌詞がある曲のはずだが全く思い出せない。
実にもやもやする状況である。
そういえばと、思い出したように以前携帯電話にダウンロードした鼻歌を検索するアプリを開いてみる。
『ムーン・リバー』
歌っているのはオードリー・ヘップバーン?
思わぬ大物の名前に思わずウィキペディアで検索してみる。
すると、大昔『ティファニーで朝食を』という映画の中でオードリー・ヘップバーンが演じるホリー・ゴライトリーが口ずさんでいた歌という事がわかった。
思わず動画サイトで検索し聞き入ってしまった。
オードリー・ヘップバーンは今見ても普通に美人で驚く。
何回か動画を再生して満足したところでゲームに戻った。
一時間ほどプレーし、これが人造人間を育成したゲームの続編という事がよくわかった。
一見するとただ単にガーデニングをしているだけのようにも感じる。
育成ゲームというのは、基本的には何かのパラメータを上げるために何かのパラメータを犠牲にするゲームである。
例えば勉強をさせると知能が上がる代わりに腕力と機嫌のパラメータが落ちるといった具合。
体力の上限を上げる為に運動をさせると代わりに現体力と知能が落ちる。
もちろん上昇値に比べれば下降値は小さい。
これによって低くなったパラメータを上げようとして同じコマンドを繰り返してしまう事で弊害が出るという風になっているのだ。
その上昇値と下降値の差を利用して能力を地ならししていきながら、目的の能力を伸ばしていく。
それが育成ゲームの基本システムである。
ただそれだけだとプレイヤーは飽きてしまう。
その為、ある程度のゲーム内時間が経過した時や、育成対象のパラメータが一定に達したところでイベントが発生る。
この『フェアリー・ケージ』では、ケージ内に植える植物によってケージ内の精霊力が上昇する。
精霊力には、火、風、水の三種類があって、各植物にはそれぞれ精霊力が設定されている。
例えば火の精霊力が上がる植物をケージ内に植えると水の精霊力が下がる。
そんな感じで各種の植物をケージ内にどんどんレイアウトしていき、ケージ内の三つの精霊力のバランスを取っていくのだ。
火の精霊は当然火の精霊力が強い環境を好むし、風の精霊は風の精霊力が強い環境を好む。
精霊たちは植物から精霊力を得て成長していくので、全ての精霊力をしっかりと上げていかないと精霊たちは中々成長できない。
つまりケージ内の精霊力を高めて精霊を育てて行こうというのがこのゲームのコンセプトなのだ。
普通精霊力というと火、風、水の他に『地』あるはずなのだが、このゲームにはそれが無い。
恐らく何かあるのだろうとひとまずは気にしない方向でプレーを続けた。
単なる地面と水辺、池だけがあるケージに、精霊力の上がる植物を植えていく。
すると最初の精霊が誕生した。
何の属性も無いピュアな精霊。
そのいわば赤ちゃん精霊が周囲の植物から精霊力を得て子供精霊に成長する。
子供精霊は非常に多感で、喧嘩もすれば、我が儘も言うし、あちこちに探索に出てしまう。
そのせいで本来その精霊には合わない環境に繰り出してしまう事もある。
そうなると体力が減ってしまい、最悪の場合消滅してしまう。
ただそうする中で水の精霊力を豊富に浴びた火の精霊なんて存在が誕生する。
ある程度自分の精霊力が高まると大人の精霊へと成長する。
こうして火、風、水の三種の精霊を誕生させケージ内で共生させていく。
初回プレーはあまりにも色々な事が上手くいかず、気が付いたらシナリオの制限時間を過ぎてしまっていた。
思ってた以上に骨太。
見た目以上に手強い。
それが初回プレーの感想であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます