神のサイコロ
戦徒 常時
第1話 でたらめロジック
男は科学者だ。
「こんにちは。創造神です」
「……ふむ。統合失調にありがちな誇大妄想というやつだろうか」
男の目の前には、スーツ姿の男性があった。
年の頃は20代くらい。
「社会の荒波に適応できず、空想に逃げているのかもしれない。精神医学は専門ではないが、まずは適応障害の診断書でももらってきて病休でも取ったらどうだい? その間に今後の適職について考え直した方がいいよ」
「あなたは死にました。これから天国に連れて行こうと思うんだけど、いいかな? 宗教はどちらの方でしたか? なんでも合わせますよ」
話がかみ合わない。
男は推理を続ける。それは独り言として現れた。
「これは重症なんだな。救急車を呼んでいいのだろうか? いや、でも変なことを口走っているだけで、平衡感覚に異常は無さそうだし脳梗塞と言うわけでもないだろう。困ったな、ギリギリ無害だ。不気味なだけで」
「何教の方ですか? ああ、別に無宗教でもいいですよ。その場合もしっかりとプランを用意しています」
これはダメだなと思い、科学者は白衣のポケットに手をやる。
つい実験室で脱ぐのを忘れて外に出てしまうのが科学者の悪癖だった。
そのポケットからスマホを取り出そうとしたのだが——
「うわ、ひどい損傷だ⁉ 原型を留めていないぞ。なんだこれは」
液晶も基盤もぐちゃぐちゃになってしまっていた。
よほど強い衝撃でもかからなければこうはならないはずだ。
「あ、状況の理解が追いついてきましたかね?」
スーツの男はやっと表情らしい表情を見せた。
しかし、誰かの記念写真から切って貼ってきたような歪つな笑みだ。
「これはなんなんだ? 君は?」
科学者もここにきてようやく異常事態に気付いたようだ。
「繰り返しの説明になってしまうのですが、私は神です。あなたは死にました。天国の種類を選んでください」
「どうやら、君の発言にも一理あるような気がしてきたよ」
科学者はそこから得体の知れない若者の話を注意深く聞くことにした。
「……なるほど、創造神ね。君のその若い容姿で話されると若者特有の幼稚な全能感にも思えるがね……」
「見た目と能力になんらかの相関があると思うタイプなんですね」
科学者の目には、青年は特に悪気なく言ったように思われた。
そこに昨今若者に流行りのルッキズム批判の色は全く見られず、単にそう言う性質を持つんだなというごく軽度の感慨のように感じられた。
そしてその創造神はこの世のすべてを作ったなどと宣うのだ。
「せっかく創造神なら聞いてみてもいいかな?」
男も科学者である。
創造神を騙るのであればその真偽を聞いてみたくなるのも当然だった。
「双子の素数は無限に続くのか?」
この問いは数学の未解決問題である。
連続した2つの奇数が両方ともに素数であるとき、それらを双子の素数と呼ぶ。
素数が無限に続くことは証明されているが、双子の素数については未だ証明されていなかった。
創造神は果たして数字を創ったのか?
これは、数は人間の生み出した概念であって神の被造物たりえないのかという問いでもある。
「続くよ」
即答だった。
科学者は心躍った。
本当だとしたら世紀の発見だ。
幽霊でもなんでもいいから、どうにか現世に化けて出て、後輩に伝えねばならないと思った。
「ど、どうやって証明するんだ?」
「証明もなにも、僕はそう創ったのだけど……?」
「へ?」
神? はそのまま続けた。
「あれ、もしかして無限に続かない方が都合が良かった? 創り直そうか?」
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