怠惰と高嶺の公爵令嬢

第1話 アルカディア学院入学試験 開幕

 アルカディア学院。平民、貴族、異種族などありとあらゆる人間が集まるこの学院では本日、入学試験が行われる。


 まるで要塞のような巨大な門を前にこれからを思い緊張する者。自分ならばここに入学するのは難しくないと自信を持っている者。どんな出会いがあるのか、楽しみで仕方ないと言わんばかりにワクワクしている者などこれから始まるであろう学院生活を楽しみにしているものが門の前に集まっていた。


「いいか、お前の努力に我が家の全てがかかっているのだぞ!」


「はい!父上!我が家の名誉を守るため、誠心誠意努力してまいります!」


「お母さーん!頑張ってくるねー!」


「けがをしないように気を付けるのよー!」


 貴族や平民、様々な家柄の家の子供たちが誇りや期待、憧れや目標、願いなど、それぞれの背負うものを胸に懐き、この学院に入学しようと緊張しながらも門を潜り抜ける。


「きゃっ!や、やめてください!」


 そんな大勢が通り抜ける門の前で少女の悲鳴が響き渡る。周囲にいた人たちは何だ何だと騒ぎ始め、その現場へと集まっていく。


「いいからこっちに来いと言ってるだろう!」


「で、ですから、私は無理だと……」


「うるさいっ!平民は僕の言うことを大人しく聞いていろっ!」


 騒ぎを聞きつけた人たちが集まってみるとそこには豪華な衣装を身に着けた少年とその少年に手を無理やり引っ張られている1人の少女がいた。


「おい平民!この僕が命令しているんだ!さっさと言うことを聞け!」


「痛っ!」


 少年は自分の言うことを聞かない少女に苛立ち、強引に腕を引っ張る。その時、少年が力を入れすぎたようで腕に痛みが走った少女は手を引っ込めようとするが、少年が腕を引っ張っているせいで腕に痛みが走り続けた。


「お、お願いします!は、離してください!」


「あ?僕に命令しているのか!?ふざけるな!!平民が図にのるな!!」


 少年は腕を掴んでいる少女の言葉にキレるともう片方の手を振り上げ、そのまま少女の頬を引っ叩こうとする。少女は痛みに備えてぎゅっと目を瞑った。しかし、いつまで待っても痛みはやって来ない。恐る恐る目を開けてみるとそこには予想外の光景が広がっていた。


「これはいったいどういうことでしょう?ご説明いただけますか?」


 金髪の少女が少年の振り上げた手をただじっと見つめているのだった。少女は突然のことに戸惑っていると周囲が何やらざわつき始めた。


「おい、あの方って………」


「あぁ、カサブランカ公爵家の…………」


「エリーナ・カサブランカ様だ………」


 周囲の貴族の子供たちがヒソヒソと囁いている言葉を聞いて平民の子供たちも段々と少女の正体に気が付き始め、周囲のざわめきが大きくなった。


「なぁ、カサブランカ家って………」


「ちょっと待てって、あのカサブランカ家か!?どうしてこんな場所に………」


 何故ここにあのカサブランカ家がいるのかと周囲がざわつく中、噂の中心であるエリーナはじっと少女の手を掴んでいる少年を見つめるた。


「エ、エリーナ様、ここで何をしていらっっしゃるのでしょう?あなた様のような方がこんな汚らしい場所に来るべきではありません」


「そうなのですか?それではその汚らしい場所で貴族たるあなたは何をしていらっしゃるのでしょうか?」


 少年がエリーナを追い返そうとわざとらしい笑みを浮かべ、慎重に言葉を選ぶが少年の考えを察したエリーナは少年の言葉を無視する。


「そこのあなた、何をされたのかを教えていただいても?」


「わ、私ですか?」


「ええ、この方が答えてくれなさそうだから当事者であるあなたに聞いたほうがよろしいと思って」


 少女は困惑しながらも自分の手を掴んでいる少年の方に目を向ける。少年は鋭い目つきで少女のことを睨みつけており、本当のことを話すなという言葉が聞こえてくる。


 正直に言ってしまえば後で少年から何をされるのかを想像してしまった少女はエリーナに何と言うべきなのか、戸惑ってしまう。しかし、エリーナは少女の悩んでいる姿に優しい笑みを向けた。


「大丈夫、彼があなたに危害を加えようとするのならわたくしが必ず守ってみせます。だから、お願い」


「………この方が急に私の腕を掴んできました。その後、どこかに連れて行かれそうになりました」


「なっ!おい、貴様!!」


 少女が勇気を出して本当のことを伝えると少年が声を荒げて止めようとした。しかし、少年が何かしようとしても既に遅い。


「良くぞ勇気を持って伝えてくれました」


 エリーナは少女の言葉に明るい笑みを返すと少年を突き刺すような冷たい目で見つめた。


「それで、あなたの方からは何か弁明はありますか?」


「は、はい!今言ったことはこの平民が言った嘘です!貴族たるこの僕がそのような低俗なことをするはずがありません!!」


 少年は少女を掴んでいた手を離すと必死な様子で弁明するが、エリーナの目は冷たいままだ。


「な、なぁ!お前たちも見ていただろう!?僕がやっていないということをエリーナ様に伝えてくれ!!」


 少年は周囲に同調してもらおうと周りを見回す。だが、周囲が何かを言う前にエリーナが口を挟んだ。


「あぁ、実はわたくし最初から見ていましたの。だからこれは確認、あなたの言い訳は念のためですわね」


「くっ」


 エリーナの言葉に少年は言葉を詰まらせ、状況が悪いことを理解した。エリーナが最初から見ていたのなら、いくら言葉を使い無実だと言おうとも見苦し言い訳にしかならない。


「ちっ……覚えていろよ」


 少年は舌打ちをした後不機嫌なことを隠そうとせずにその場から離れていく。その直後に少年を追うようにして離れていく子供たちもいたが誰もそのことを気にしていない。いや、誰も見ていなかった。


「全く、あのような輩がいるから貴族の品位が下がるというのに………」


「あ、あの!」


「あら?どうしました?」


 エリーナがため息を吐いていると助けた少女が躊躇いがちに声をかける。


「エ、エリーナ様!助けていただいてありがとうございます!!」


「いえ、貴族として民を助けるのは当たり前。ましてや同じ貴族の人間が間違ったことをしようとしているのをどうして見過ごすことができましょうか。もし、またあの様な方に会われましたらぜひわたくしを頼ってください」


 少女のお礼にエリーナはなんてことのないように言った後、周りを取り囲んでいる観客たちに向けて笑顔を向けた。


「皆さまもお騒がせしました。試験の方が始まりますのでわたくしはこれで」


 優雅な足取りで立ち去るエリーナに見惚れ、その場に止まっていた子供たちだがすぐに正気に戻ると慌ててエリーナを追いかけるように走っていった。


「あれ、なんかあったのかな?……ま、どうでもいっか。どうせ俺には関係ないし。それよりも試験なんてめんどくさいなぁ。はぁ……早く終わらせちゃって寝ちゃお」


 そこに遅れてやって来た黒い髪の少年は大きくあくびをすると頬をかきながらめんどくさそうにしながら門へと向かう。


 覇気もなく、気だるげな姿に集まった子供たちは怪訝そうな顔をするがすぐにこれから始まる入学試験へと思いを馳せて少年のことを意識から外していく。


 黒髪の少年が少し進むとそこには試験に集まった子供たちが大勢おり、あっという間に溶け込むと再び大きなあくびをするのだった。

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