46.質疑応答1

 幸隆はあの後、制服姿の屈強な男たちに事務所へと連行されて、事情聴取を受けるはめになった。


 女性を拉致しようとダンジョンの入口近くで堂々と肩に担いで連れ去る筈もないというのに、男たちの怪訝な目は引っ込むことなく、被害者と思われていた張本人である杏が目覚めるまで取り調べを受けていた。


 誤解が解けた後は、豚鬼オークの異常種の件を話し、慌ただしくなったギルド側からまた後日、改めてお話を伺うという旨を伝えれられその日は帰された。


 杏と少し話がしたかったが、身体のダメージが大きい彼女に無理をさせられないため幸隆はそのまま帰宅。


 精密検査を受けるよう勧められたが、心身共だけでなく、白い影の存在とのやり取りに頭まで疲れ切った幸隆はそれを半ば無視する形で帰ることになった。


 そして今日はあの異常種との戦いの詳細と、ギルド側が調査をして得た情報の擦り合わせのために幸隆は呼ばれており、杏も姿を現すとのことらしかった。


 自動ドアが開き、喧騒に賑わうフロントにざわめきがたった。


 ──────おい、あれって堂々と女さらおうとした……


 ──────新人の癖に第六階層をすごい勢いで突破したって?しかもイレギュラー討伐だってよ。


 ──────俺は腰巾着だって聞いたけどよ。どう見てもそんなタマじゃないだろ……ヒモには見えるけど。


 ──────え?オホ声おじさんってそっちの人じゃないの?ちょっとショック……


 ──────両刀使いか……ネコとタチどちらなのだろうか、まさかそれも両刀!?


 ──────新進気鋭の女性パーティーを食い物にしたって話だぜ……一人骨抜きにしたらしい。


 ──────は?俺の綴ちゃんに手を出したらギルティなんだが


 根も葉もない噂が嫌でも幸隆の耳に入ってくる。


 散々な言われ様に青筋が浮かび上がるがここは我慢。


 感情任せに怒鳴りでもしたら俗世の思うがままだ。


 幸隆が反骨精神に待ったをかけて耐え忍んでいると、普段担当してくれている受付嬢とは別の受付嬢が幸隆を呼び、案内してくれた。


 二階へと通された幸隆は応接間へと通された。


 中へ入ると、そこには見慣れた受付嬢と瀬分杏が座って待っていた。


 「お待ちしておりました本堂幸隆様。どうぞ席におかけになってください」


 立ち上がった受付嬢──────夜神楽よかぐら ともえと名札に書いてある女性に丁寧に案内されてソファへと腰掛けた。


 「元気そうで良かったわ」


 隣でそう口にするのは安堵を顔に浮かべた杏。


 あの日以来数日顔を合わせる機会がなかったため、内心幸隆の身体の事を心配していたのだ。


 なにせ一度手足が千切れ飛んだのだから、心配するなと言う方が無理な話だ。


 「お前の方こそな。良いの一発貰ってたからな。後遺症もなにも無くてよかったよ」


 「それを言うならあんたの方が──────まぁいいわ」


 杏は幸隆の手足が吹き飛んだことをギルドには話していない。


 いくら探索者であっても神官職でもない新人が、手足を生やしたと知られたらギルド側がどう反応するか分からないからだ。


 下手をしたらモルモット扱いになってしまうような嫌な想像が彼女にはあった。


 「本日はお忙しい中お越しいただき感謝いたします」


 慇懃に礼を言う巴の口調はいつになく堅い。


 「私たちが話すことはもうないと思いますよ」


 そう敬語で返すのは杏だ。


 当日にも事件のあらましは話しており、こちらが持つ情報は殆どを明け渡している。


 幸隆の事以外はであるが。


 「はい。瀬分様たちが仰られていたことは私共ギルドの人間が現場を確認をした上で、嘘は無いことを確認しております」


 「なら……」


 「しかし、確認しなければならない事が何点か」


 「確認?」


 そう答えたのは幸隆。


 あの場であの異常種と最も近くで戦ったのは幸隆だ。


 あの異常種の事でなにか確認が取られるとなると必然的に自分が答える事が多くなりそうだと幸隆は思ったのだ。


 「はい。まずは一点目。豚鬼オークの習性についてです。豚鬼たちは本当に人間の女性を襲っていたのでしょうか」


 聞かれたのは豚鬼のその生殖行為の有無、あり方について。


 「常識として既にご存じかと思われますが、ダンジョンの魔物は生殖を必要としません。なぜなら彼らはダンジョンによって産み落とされる存在であって、種として独立しているわけではないからです。言うなればダンジョンの子供であるのが魔物であり、その性質上生殖機能は殆ど残っていない筈なのです」


 「だが俺は何度か見たぞ。あいつらが人間の女……に興奮しているところを」


 桃李の事が脳裏に浮かんで言葉に困ったが、彼にも男としてのプライドがあると思った幸隆はそのことは伏せ、言葉を選んだ。


 「機能についてはどうでしたか?豚鬼の男性器は勃起状態でしたか?」


 「ぼっっ──────!」


 巴の直接的な表現に顔を赤くする杏。


 幸隆は苦笑いを浮かべていた。


 「まぁ、それも機能してたと思うぜ、なんせ…………うっ」


 叩き潰したナニの感触を思い出して吐き気を催す幸隆。


 自分の手を見つめて震えている。


 ごりっといってぶりゅっとなる感覚。


 男が手にしていい感触ではなかった。


 豚鬼ごめん、でもお前が悪いんだからな。


 幸隆は心の中で謝った。


 「……まぁ、なんとなくお察しします。安土様たちのパーティーからも凡その話は聞いていますので」


 「桃李が話したんですか?」


 幸隆は驚きの表情を上げた。


 男として、あんな目に遭って、それを女性に話せるなんて、なんて男らしいんだと幸隆は感服した。


 自分なら男に襲われただなんて、口が裂けても言えないだろう。


 相手が異性であっても話すのは辛いことなのに、あいつは。


 幸隆の中で桃李に対する漢ポイントが上昇。


 少し尊敬の念を抱いた。


 「えぇ、それと豚鬼の分泌液の効果も聞き及んでおります」


 「───!?桃李が、ですか」


 幸隆に電撃が走った。


 桃李はつまり、感じてしまったことも話したという事になる。


 彼女が──効果──と言っているのだからそれに間違いはないはずだ。


 「職務上仕方がないことだとは言え、お話を聞いた時には申し訳なく思いました」


 それはそうだ。


 男が、男のモンスターに襲われて、そういう毒物による反応だと分かっていてもあれはそうそう受け入れられるものではない。


 幸隆の中で、桃李に対する漢ポイントが大きく上昇した。


 彼はどうやら自分よりも強い心を持っているようだ。


 桃李に対して尊敬の念が強くなった。


 「どうしてそれをわざわざ私たちに聞くの?現場を押さえたのなら被害に遭った女性たちの存在も知っているのでしょう?」


 杏のいう事ももっともだ。


 何よりの現場の証拠、証人たちがいるのだ。


 二人に聞かずとも十分なはずだ。


 「被害女性たちなのですが、混乱と心身の衰弱が激しく、未だに詳しい話を聞ける状態にないのです」


 「そう、それは……」


 巴の言葉に杏はなにも言えない。


 彼女の内心で自分にもっと力があればという気持ちが湧いてくる。


 そうすればあの時引き返さずにもっと早く助けられたかもしれないと。


 「不快になられるお話かもしれませんが、魔物が人間の女性に性的興奮を抱くというのはそれだけ私たちにとっても衝撃が大きく、信じられない異常事態なのです」


 彼女は声に険を持たせたその言葉を吐いた。


 驚き、信じられない、そう言った気持ちの他のも怒りが、確かに幸隆には感じ取れた。


 「答えて頂きありがとうございます」


 彼女はそう言って話を続ける。


 「二点目です。今回の事態の原因と見られる豚鬼の異常種についてです」


 本題だ。


 表情の変わった彼女の面持ちに幸隆も姿勢を正した。


 「本堂様と瀬分様のお話ですとその豚鬼の異常種は人間に言葉を介していたと」


 「えぇ、その通りです。とても聞きやすい言葉じゃなかったけれど……」


 確かにあの異常種は人間の言葉を、もっと言えば日本語を話していた。


 「他の豚鬼もあいつの言葉を理解していたようにも見えたな」


 幸隆が思い出したように話す。


 「つまり、人間の言葉を介するリーダー格の異常種が、人間の言葉で指揮を執っていたと」


 整理してみればおかしな話だった。


 動物の意思疎通の手段は複数あるが、言葉を使うのは人間だけだ。


 他の動物は鳴き声の種類だったり、フェロモンの分泌によって仲間とのコミュニケーションを図る。


 それが人型とは言え、真面に喋れない豚鬼たちが変異によって人間の言葉を獲得する。


 どう考えても飛躍した論理だ。


 大事な過程をいくつも飛び越えている。


 「その事実に間違いはないのですね?」


 「お、おう」


 「……えぇ」


 二人の表情は優れない。


 会話の流れで杏はその異常性に気付いて、何か開けてはならない箱のふたを開けてしまったかのような不安感に襲われたからだ。


 幸隆は単純に空気が重くなったのを感じただけだ。


 なんにも気付いてない。


 「……そう、ですか」


 受付嬢である巴の反応も優れない。


 どこか考えこむ様子だ。


 頭の中でいろいろと状況の整理と考えうるパターンを想像しているように思える。


 対して幸隆は今、晩御飯の献立を考えている。


 「三点目です」


 「副菜か……」


 「はい?」


 「あっなんでもないです」


 最近どうにか生活に余裕が生まれてきた幸隆はおかずを一品増やそうかと悩んでいた。


 しかしそれを考えるのは今ではないようだ。


 隣からの視線が痛い。


 幸隆は杏に対してなにを考えているか悟られているような気がした。


 じりじりとこめかみ辺りが視線で焼かれるような感覚になるが、必死に顔を逸らし続ける。


 「今回の騒動の期間、派遣した探索者の質と数、被害を考慮した上でお聞きします。どうやってあなた方はあの豚鬼の異常種を討伐せしめたのでしょうか」


 巴の鋭い視線が二人を貫いた。

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