44.流行りはやっぱりサブスクリプション!

 突然の出来事に幸隆の頭の中がこの空間の様に真っ白に染まった。


 周りを見渡すもどこにもダンジョンの面影は存在しない。


 どことも分からぬ謎の空間。


 『やぁ!同志よ!!』


 その声に驚いた幸隆の肩がびくりと跳ねた。


 振り返るとそこにはこの空間同様に真っ白な存在が立っていた。


 保護色はやめてほしい。


 「なんだお前」


 幸隆が警戒を高める。


 『まぁまぁそんなに怖い顔しないでよ』


 うさんくさい声色は恐らく男の声の物。


 そいつは幸隆の誰何に対して答えない。


 こんな場所に突然連れてきておいて、飄々とした態度のそのシルエットが気にくわない。


 幸隆がぶん殴ろと構えたところで白い影の男は慌てたように手を前にして幸隆を制止した。


 『まったまった!お話をしようよ!』


 「アポもなしに拉致ッといて何言ってやがる」


 『ごめんごめんっ。謝るからさ』


 青筋を浮かべた幸隆の表情に白い影の男も参った様子でしゅんっと態度を改めた。


 「それで話ってのは?」


 『お?聞いてくれるようになった?』


 「埒が明かないからな。早くしろ」


 『せっかちだなぁ。まぁいいや。見させて貰ったよ。さっきの戦い』


 「……覗いていて何もしてこなかったのか?」


 幸隆が機嫌がさらに悪くなった。


 『別に君らの味方って訳じゃないんだもん。当たり前でしょ?それともお尻を拭ってほしかった?』


 「……チッ」


 直接の言及はないが、その白い影は戦闘後の杏との会話まで盗み聞きしていたらしい。


 「悪趣味だな」


 『それが私だからねっ』


 胸を張る白い影。


 否定しないどころか誇らし気ですらある。


 『いやぁ良い物見せてもらったよ。女性のために不可解な敵に恐れず立ち向かう君はまさしく勇者だったよ!二人が恋人関係、またはその一歩手前のような関係だったらもっと私的に好物だったのだけれど。気に食わないから──────っていう浅い動機もたまにはいいね!』


 「馬鹿にしてる?」


 親指を立てる影にイラっとポイントが加算される幸隆。


 『いやいや、そんな動機のシチュエーションはありふれているからね。君のその考え方も嫌いじゃない。あっ、恋愛感情だとか正義感でのシチュエーションを馬鹿にしてる訳じゃないよ?それも盛り上がって大好きさ』


 一人でうっとりと話す様子の陰に幸隆もどう話に着いて行っていいのか分からず困惑の表情を浮かべる。


 これがファンボというものだろうか。


 遂に自分にも固定ファンが付いたのかもしれない。


 冗談じゃない。


 幸隆はこんな訳の分からない奴がこれから自分の動向をチェックしてくるなど考えたくもなかった。


 『しかもあのを恐怖に陥れた最後のシーンなんてとても気持ち悪くて最高だった!』


 「さてはアンチだなオメー」


 人様の起死回生の一転攻勢。


 大興奮間違いなしの大逆転シーンを指して気持ち悪いなど、張本人である幸隆には聞き捨てならない一言だった。


 『いやぁあれは気持ち悪かった。四肢のない人間の動きじゃなかったもん。エクソシストの一種だよアレは』


 口にする言葉が一々幸隆の心を抉る心無いものだというのに、当の本人は悪気がないどころか、楽し気ですらある。


 『その後の手足が生えてくるシーンも気持ち悪かったねぇ。私しばらく肉もういいもん、お魚にするよ。流石麗貴騎のモデルになった人物なだけはあるね』


 腕を組み、うーんとしみじみと考え込む白い影。


 帰ってこい。


 もうこいつが何を言っているのかなど考える事を諦めた幸隆は質問を飛ばす。


 「同志ってのはなんだ。俺はお前の同志になった覚えはないぞ」


 当然、幸隆はこんな胡散臭い白いモジモジくんと手を組んだ覚えはない。

 

 まさかダンジョンの中(?)でこんな不審者と出会うとは思っていなかった幸隆は少し不思議な気分になった。


 害意が無いことが分かるとなんとなくレアキャラに出会った気分になる。


 こいつは何か俺の事を知っている。


 そう考えた幸隆は同志の言葉について深く考える。


 ダンジョンに潜るようになったのはつい最近で探索者の関係者はごく少数。


 まさかあいつ関係だろうか?


 頭の中に浮かぶ悪友の顔に✖印をつけて、考え直す。


 『すまないね一方的に言っては流石の君にも分からないだろうね。君────────────純愛好きだろう?』


 「???????????」


 宇宙に猫が見えた気がした。


 『私はね純愛主義者なのだよ、そう君とお・な・じ!』


 「は?」


 だから?


 幸隆の一言は言外にそう言っている。


 だからなんだと。


 『???……君も純愛主義者だろう?』


 顔面真っ白なのにピュアなきょとん顔が見えた気がした。


 「いや、だったらなんだよ。てかなんの話だよ」


 『性癖の話』


 「????????」


 『????????』


 話がかみ合わない。


 なんだこいつは。


 まるで別次元の生き物と会話を試みているような感覚だ。


 『純愛……きらい?』


 心配そうに伺う表情がなぜかわかってしまう。


 「いや、好きだけど……」


 『ならよかった!!私も純愛が好きで!君も純愛が好き!つまりはそういうわけさ!!』


 終ぞ理解が出来なかった。


 結局、幸隆の頭からSo Whatが離れない。


 『面白そうな人物が目に入って、その人物が私と同じ純愛主義を掲げる人間だったからね!つい私の方から接触を図ってしまった……厄介ファンかもしれないね』


 許してくれと言いたげにしょぼくれる白い影。


 全身真っ白なのに表情豊かだ。


 「別に自覚があるならいいけどよ、そう思うならもう覗きのような真似はやめてくんね?」


 ついていけない同志どうこうの話は一旦置いておいて、プライバシーの権利を主張することに決めた。


 すると白い影は途端に黙りこくる。


 え、怖いんですけど。


 『私から……楽しみを奪うというのかい?』


 泣きそうな男の声に幸隆の深いポイントが加算された。


 『うぅ、最近『勇者』くんの周りは時々視聴制限入るし、麗貴騎の彼(?)は鑑賞干渉の出来ない所に行っちゃたし、混ざり者の彼は鑑賞しようとすると聖獣たちに睨まれて怖いし、死にたがりのあの気狂いなんてワンチャン殺されるし……やっと見つけた面白そうな子には直接観るなと言われるし。これから私は何を楽しみに生きればいいのか……──────』


 ぶつぶつと愚痴垂れる白い影は俺の存在など忘れたかのようにぼそぼそとしゃべり続けている。


 そしてぱっと顔を上げるとどこか開き直ったような表情に見えてしまう。


 あ、マズイ。


 『同志のお願いとは言えそれは出来ない!!【鑑賞】を続ける事こそが私の存在理由レゾンデートルであって自己同一性アイデンティティなのだから!!』


 元気いっぱいに視聴継続宣言されてしまった。


 「ダメに決まってんだろうが!人様のプライバシーひいては人権を何だと思ってやがる!」


 『スパイス?』


 「違法視聴に優越感を齎すな!!」


 幸隆はここ最近で初めて至極真っ当な事を言ったような気がした。


 『ハ──────!?確かに!?』


 口に手を当てて驚く違法視聴民。


 『つまりはキチンと対価を払えば良いという事だね!!』


 握った手をポンっと手のひらに置いて閃いた!といった様子の白い影。


 「ん?んーー。そういう事になるのか?だってキチンと支払いの意志があるもんな───???」


 ならない。


 プライバシーの話をしているはずがいつの間にか金銭の有無のような話にすり替わっているがあいにくとこの馬鹿は気付かない。


 馬鹿はメダパニを喰らったように混乱を浮かべていた。


 『よしならばサブスクだ』


 「ふぇ────??」


 もう幸隆の頭は限界で上手く言葉も出せない。


 『私が君への対価の支払いをサブスクリプション形式で行おう』


 どうやらサブスクで自分のプライバシーが買われるらしい。


 どゆこと???

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