貞操の危機()

 強い衝撃に視界が暗転した。


 背中を打ち付けてすべて吐き出された肺の呼気。


 しかしそれでも足りず声にならない声が幸隆の口から洩れていく。


 幸隆の頭に残っていたのはその苦しかった僅かな記憶だけだった。


 意識の飛んでいた幸隆が最初に思い出したのは今まで感じたことのない衝撃。


 それは恐らくトラックとの衝突とさして変わらないかもしれないとも思えるものだった。


 しかし、体が四散していてもおかしくないその力を受けても、幸隆の回復能力は問題なく体の機能を取り戻してゆく。


 そして、霞む視界が徐々にその解像度を上げていった。 


 視界に収まる光景に、幸隆の背中に虫唾が走った。


 捕まり、妙に艶めかしい肌を露出させた桃李の姿と、それを下卑た顔で堪能する興奮しきった豚の様子に。


 幸隆は少し、ダンジョンというものを勘違いしていた。


 命のやり取りがあるのは当然知っていた。


 死にかけたことだってある。


 突然の白毛狼戦もそうだし、この突然の豚鬼の登場もそうだ。


 しかし、階層ごとにきちんと実力をつけて進みさえすればそう危険のない場所だと思ってしまっていた。


 白毛狼との戦いでイレギュラーな状況が起き得ることは身を持って知っていたはずなのに。


 現状、六階層に置いて不自然な状況が続いていることをギルドが警告していることは知っていたはずなのに、ダンジョンというところが、理不尽に満ちているという事を、幸隆はこの時まで忘れてしまっていた。


 しかし、これはないだろう。


 視界に映る凌辱を前に、ねぶるような豚鬼オークの下卑た情動に幸隆は心底ドン引いていた。


 ダンジョンというものの性質上、人が死ぬのは仕方ない。


 だからダンジョンは二十歳以上の成人からしか探索許可が下りない仕組みになっている。


 いわゆるR‐18G、いやR‐20Gといったところだろうか。


 ゴア表現があるよと、仲間や自分もそうなるかもしれないよと、数日前に受付嬢からそう聞かされたし、それを受け入れる旨の同意書も書かされた。


 そのためダンジョンでの死や負傷やトラウマも全て探索者個人の自己責任に帰結する。


 しかしこれは聞いていない。


 これではゴア表現のあるエロシーンだ。


 エログロだ。


 転がる遺体と武器の数が合わないことを考えると女の探索者は連れ去られていると考えた方が自然かもしれない。


 そして連れ去られた女性探索者がどういった目に合うか。


 それは青少年には見せられないようなエロシーンだ。


 もしかしたらグロシーンのない単純なエロかもしれない。


 あいつの顔を見るとなんかそんな気すらする。


 いや、異種姦といったアブノーマルな性癖が未開拓な幸隆からしたら十分にグロテスクな事には変わりないが。


 しかしだ。


 問題なのはそこではない。


 あいつがいまスケベしようとしている相手が、桃李───つまり男だという事の方が幸隆にとって大層問題だった。


 後ろの女性三人は致命傷にないながら気を失っているが、あの豚は桃李に夢中でその三人に見向きすらしていなかった。


 幸隆は貞操の危機を感じていた。


 たしかに桃李という男は女性に見紛うばかりに中性的な容姿をしているし、嫌がる素振りも漏れ出す声も妙に男心をそそるような艶めかしいものだ。


 だが、男だ。


 奴が桃李を女だと勘違いして襲っている可能性もあったが、桃李の股間に自分のものを押し付けていることからそれもないだろうと考えに至る。


 一物が擦れあっているだろうから、豚鬼は桃李が男だと気付いていないわけがないだろうと。


 間違いなく目の前のあの豚鬼は豚鬼の中のイレギュラーゲイだった。


 それに気づいた幸隆は今度は自分の貞操に危機を覚えた。


 想像する。


 あの光景の中にいる自分を。


 

 ───「ひっ」(幸隆ボイス)


 ───「い、やぁ!嫌だ!!!」(幸隆ボイス)


 ───「なん……でっ」(艶めかしい声の幸隆ボイス)


 ───「いやぁ……だれか、助けて…………」(体の反応に戸惑う幸隆ボイス)



 激しい吐き気が幸隆を襲った。


 とっさに下を向いて、口を押えて何とか堪える。


 同性愛者だって相手を選ぶよ、と言いたくはなるが、危機的な中にいる幸隆には通じない。


 完全にケツ穴を強く締めている。


 そして同じ男として、そのあまりに凄惨な凌辱を今受けている桃李に再び顔を向けた。


 そこには腰蓑から一物を取り出す動きと、桃李のズボンを脱がそうと焦って同時に行ってあたふたする童貞くさい豚の姿があった。



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