豚鬼の目的

 「本堂さん!?」


 桃李の悲鳴が上がった。


 自分達より歴の浅い、浅すぎるにも関わらず、単独での戦闘能力は自分達を凌ぐその男が、一瞬で起き上がれることのできない状態へと追い込まれ、おもちゃでも見るような汚らしい豚鬼の目が桃李たちへと、今向けらえれている。


 知恵のある人型の魔物が持つ特有の残虐性。


 目の前の豚鬼がその身に孕ませる悪意は同じタイプのゴブリンの物よりも尚濃く、あまりにも下卑ていた。


 それは桃李たちが目を逸らした惨状がその悪意と残虐性を肯定している。


 間違いない。


 この豚鬼の後ろの広がる、目を覆いたくなるような惨状の主はこいつだ。


 『グフ』


 そいつの嬉しそうな感情を漏れ出た声から察する。


 新たな玩具を目の前に、その醜悪の化け物は舌なめずりを見せた。


 豚鬼の目線が上から下へ、全身を舐めまわすように動いているのが見て取れる。


 それは明らかにオスの反応だった。


 「こいつ……!」


 パーティーの皆がその目線の意味を悟る。


 「いや……こないで……っ」


 「……そんな反応するなんて聞いたことない……気持ち悪い」


 千秋の怯えた声と翠の戸惑いと嫌悪の声にそれは獣を見せた。


 豚鬼は目の前のメスが狼の類ではなく単なる羊であると判断し、武器である大ぶりのこん棒を地に捨て四人へと両手を広げて襲い掛かってきた。


 それはまるで殺しを目的としたものなどではなく、捕まえることを目的とした動き。


 その意味が、女性にとって最も最悪な魂の殺人であることを本能的に察した四人は必死に抵抗を試みる。


 「【強撃矢パワーアロー】!!」


 力を込めた矢が弾丸のごとく速く豚鬼の頭へと吸い込まれた。


 動きの鈍い豚鬼はそれだけで弓手にとっては恰好の的であり、その上これだけ的が大きいと経験の浅い綴りであっても問題なく急所に当てることができた。


 「よっしゃ!ざまあみ……ろ……って嘘だろ」


 決まったと思うのもつかの間、額に刺さった矢じりを何食わぬ顔で抜き去り、笑った顔を綴に向ける。


 矢じりは厚い皮と脂肪を抜くことは出来ても、その分厚い額の骨を貫くことは出来なかったのだ。


 「……」


 トリガーワードを終えて、準備を整えていた翠が希望のないままスキルを行使。


 炎が豚鬼の呼気を奪うように顔回りを襲うも、腕の一払いでかき消されてしまう。


 「【斬撃スラッシュ】!!」


 「【刺突スラスト】!!」

 

 急所への一撃も、魔術の炎も物ともしない姿を見て顔を引きつらせながらも、桃李と千秋はアクティブスキルをそのどてっぱらへと叩きこんだ。


 スキルによって、身体は最適な型をなぞった。


 敵はこちらを侮り、防御の姿勢すらとっていない。


 スキルの補助を一切崩すことなく十全な威力を持った渾身の一撃は、しかし目の前の醜悪な生物に嘲笑われ空しく終わる。


 刺突と斬撃の違いの都合上、刀身を当てる必要のある桃李は千秋よりも幾分前に位置していた。


 十分な威力を出すために体重を掛けた桃李は密着せんばかりだ。


 桃李はびくともしない豚鬼を前に一端距離を取ろうとするが、剣が動かない。


 見上げ、腹に食い込む剣が、豚鬼の指がその切っ先を摘まんでいることに気付く。


 生命線である剣が完全に抑えられて、パニックに陥った。


 これがベテラン探索者ならば即座に剣を捨てる判断ができたかもしれない。


 しかし残念なことに桃李たちはまだまだ青い新人探索者、最適解を導き出せるほどに経験もなければ、ピンチにも慣れていなかった。


 それは他の仲間同様に、思考が追いつかない三人は正しい言葉をかける事が出来ないでいた。


 にやりと笑う豚鬼の牙が目に映る。


 だらりと垂れる涎が桃李の顔にびちゃりとかかり、頬を伝うと、胸をぬめりと濡らした。


 「ぃ、ゃ……」


 「桃李!!」


 危険を察した綴がなんとか桃李の名前を呼んだ。


 その言葉に正気を取り戻すも時は遅い。


 もう片方の腕が桃李の体を襲う。


 大きな手が胴体に回り、指が食い込む。


 「ぐっ」


 締め付けられた胴体に桃李の呻き声が漏れ出した。


 この状態では弓も魔術も桃李に被害を及ぼす可能性があるため迂闊に行使するわけにはいかない。


 だからと言って千秋の攻撃は一切と言って良いほどにこの豚鬼に痛痒を与えることができない。


 仲間の危機に未熟な三人は何も出来ず、歯噛みすることしかできないでいた。


 桃李は豚鬼の顔の近くまで軽々持ち上げられ、その生理的に嫌悪する醜悪な顔面が息が届くほどの距離にまで迫っていた。


 獣欲に塗れた瞳が怯える桃李を映していた。


 豚鬼がその細い首に顔を近づける。


 食らいつく気かと体が恐怖にびくりと跳ねるも、痛みは一向に襲ってくることは無く、目を開くとそこには匂いを嗅いで楽しんでいる豚鬼の姿があった。


 その気持ち悪さに叫びたくなるも、それすら刺激として楽しみそうな豚鬼の様子にそれをぐっと抑え込んだ。


 それをなにかで感じ取ったのか、それとも偶然か、豚鬼はこれまた楽しそうに笑みを桃李に向けると大きく長い舌を首に這わせた。


 「ひっ」


 涎が伝った側とは反対側、自分の体液でより多くを汚すように唾液の滴った舌が、服の下の胸元から耳にかけてべろりと舐め上げられる。


 それでも桃李は心を強く持ってその凌辱を耐えた。


 こいつを喜ばせないため、刺激して仲間に及ぶ魔の手を少しでも遅らせるために目じりに貯まる涙をこぼさないように必死に堪えた。


 「ふざけんな!」


 「桃李を放して!」


 矢が、剣が、豚鬼の脚に吸い込まれた。


 しかし僅かな血を流すだけに終わり、この豚鬼の持つ異常な回復能力によってそれもすぐに塞がってしまう。


 「みんな……逃げて……」


 消え入りそうな弱弱しい声。


 桃李のその声は涙を堪える者の声だった。


 「お前を一人そんな気持ち悪い奴の手に残して帰れるか!」


 「……私もみんなで帰りたい」


 綴も千秋も翠も諦めない。


 仲間を一人、けだものの餌食になんてさせてはたまらない。


 脚は震えながらも、目の前の凌辱の光景の中心が次は自分だとわかっていても、あれ以上の事すらも起きうるとしても、置いていくなどできなかった。


 「きゃっ!」


 脚を攻撃していた千秋をうざったらしく思った豚鬼が脚を上げ蹴り飛ばす。


 致命傷になるほどのダメージはないようで、千秋はすぐに立ち上がった。


 三人の目に闘志が消えていないことに気付いた豚鬼は、桃李を握りしめたまま一度捨てたこん棒を拾い上げると、それを三人に向けて振りかぶり、投げた。


 横向きに回転しながら進むこん棒の範囲は広く、だからといって後ろに逃げては間に合わない。


 直撃必須。


 「みんな!」


 桃李を握る方の腕は緩められているため、三人の様子が横目でわかる桃李はその光景に悲鳴をあげた。


 「【式・守】即時展開……!」


 一枚の紙を取り出した翠はそれを目の前にかざすと、それを前に放る。


 その紙は床に落ちることなく宙に留まると、半透明な力場を宙に構築し飛んでくるこん棒と激突。


 大きな衝突音が一帯に響き、そしてその直後に甲高い破砕音が後に続いた。


 三人の女性の悲鳴が続き、最後に桃李の泣き叫ぶ声がピリオドとなった。


 その一連の悪趣味な楽章を一通り楽しんだ豚鬼は再び手に握る玩具に意識を向けた。


 手からはみ出た獲物の泣き顔に、血と熱が集まるのを感じる。


 興奮するように息を荒げた豚鬼はその獲物を剥くことにした。


 革鎧の隙間に爪を立てて剝いでいく。


 ただ少し硬いだけのアウターを剥き、その下の服へと手をかける。


 「い、やぁ!嫌だ!!!」


 泣き叫ぶ声が、豚鬼の興奮を掻き立てる。


 この一方的な力関係に。


 満たされる征服欲に。


 泣き腫らした、気丈だった牝の顔に。


 豚鬼はダンジョンの生物にあるまじき情欲をむき出しにしていた。


 自身の唾液に塗れたその柔肌を指でなぞる。


 この牝の意志とは関係なく上気したあでやかな肌は、その無遠慮な刺激だけでびくりと跳ねて見せる。


 「なん……でっ」


 青かった顔はいつの間にやら赤くなり、汗がにじんでいた。


 豚鬼は運動や恐怖からかく汗とは違う、牝の色からくるその汗に興奮を高ぶらせ、さらに己の体液とそれが混じりあった匂いに豚鬼の興奮は我慢の限界を優に超え、先走る思いの豚鬼は腰蓑を突き上げる己の怒張を桃李の体に押し当てこすり始めた。


 「いやぁ……だれか、助けて…………」


 怒張を治めるために桃李のズボンに手を掛けた。


 「アウトォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!てめえ!!CERO考えろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!──────────う、おrrrrrrrrrrrrrrrrrr」


 『グギャアァァァアアアアアアッ──────────────!!!!』


 怒りに満ちた男の拳がその怒張をへし折った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る