敗北した探索者の末路
調子に乗って痛い目にあった幸隆は桃李の横に並びなおしてダンジョンを進んでいた。
「魔物の数が少ないな」
訝し気な様子を見せる桃李はそう呟いた。
それはパーティーの全員が密かに感じていた違和感を言語化したものだった。
「確かに、これはさらに少ないと見た方がいいな」
男のような口調でそれを肯定する綴。
彼女達の言う通り、この階層の魔物は人口の飽和もあって魔物のリポップのスピードと狩りの速度が釣り合わず、イレギュラー以前に比べて魔物の数は減っていた。
彼らもここを活動の主な狩場としているため、その煽りを食らっていたが、奥地であればまだマシな方であった。
だから幸隆とすれ違う前は奥の方で狩りをしていたのだが、さっきまで狩りをしていたこの五階層奥地の魔物の数が、この短時間でさらに減っているように感じられるのだ。
ここらで活動している探索者も増えてはいるが、僅かな時間でここまで魔物の数が減少する理由にはならないはずだ。
幸隆も警戒心を抱くが、杏を探している現状、魔物との戦闘が少ない今の方が都合がいいと言えた。
「本堂さん、考えようによっては確かに探しやすくはなりますが、それは瀬分さんも同じです。戦闘や警戒が最小限でいいなら彼女はもう既に六階層に足を踏み入れていると考えた方が良さそうです」
「そう、だな」
桃李のいう事は最もだった。
ただでさえここらの敵など歯牙にもかけない彼女のことだ。不意打ちの可能性が減った分だけ警戒に使う時間を削れば、もう既に下の階層に進んでいてもおかしくはないのは間違いなかった。
「そうなると、僕たちにできることはこれ以上ありません。僕たちでは実力でもランクでも六階層に進める水準に至っていませんので」
それは幸隆も同じだった。
確かに幸隆の戦闘能力は新人の中では群を抜いているだろう。
しかし、パーティー単位の桃李たちよりも優れているかと言われればそんなはずはないし、パーティーならではの柔軟性も持ち合わせていない。
それにランクなどで言えば彼女たちよりも明らかに下で、ギルドの敷く制限に引っかかっている。
桃李たちと同様に幸隆も、実力、ランク共に六階層に進むだけの域に達していないのだ。
「すみません……」
最後に申し訳なさそうに頭を下げる桃李。
ここまでですら無理してついてきてくれている彼女たちを責める人間などいないだろうに、責任感を感じて謝る桃李に幸隆は逆に申し訳ない気持ちになった。
桃李のその真っすぐに他人を思うその誠実性にこんな若者もいるのだと感心する。
「ここまで手伝ってくれているだけでもこっちがお礼を言う側なんだ。謝るなんてやめてくれ」
「……でも」
「あんたらがなんで赤の他人の俺にそこまで親身になってくれるのかはわからんが、気負いすぎだ。つうかこれはあの女の責任だしな。なんで嘘をついてまで危険なところに一人で足を突っ込んでんのか知らんし、あいつが一人でおっちんだとしてもあいつ一人の責任だ。俺がこうして探してんのもただのお節介だ。だからあんまり気にするな。お前は自分のパーティーの事だけ考えろ」
彼女の実力を考えれば、今の六階層を探索するのもそう危険ではないのかもしれない。
それだけ幸隆の力は彼女の実力を測れるほどに伯仲していない。
彼女なら問題などなく、本当にただのいらぬお節介なのかもしれない。
だから桃李たちはそれを気に病む必要はないし、彼女たちを危険に晒すような真似を、その優しさを受ける幸隆からしたらこれ以上は看過することなどできない。
なにかあったらあの女に賠償させようとすら考えている。
受付嬢の忠告を無視し、一時的とはいえパーティーメンバーの幸隆にすら嘘をついて制限階層に足を踏み込もうとしているのだから、それに伴った費用と慰謝料は当然、審議に値するだろう。
「はい、パーティーのリーダーとしてそこは判断を誤らないように気を付けます」
毅然とした態度の桃李の姿に、幸隆も少し安堵した。
五階層の終わりも近い。
桃李はもうしばらくしたら六階層へと続く階段が見えてくるという。
彼女たちの助力もそこまでだ。
幸隆も、そこまで行ったら引き返そうかと思っている。
六階層がどこまで危険かはわからないが、今の幸隆では力不足なのは否めないからだ。
それに幸隆に責任はないし、彼女が探索者として命を賭ける理由があるなら、一人で行ったことも幸隆にとやかく言われる理由などないだろう。
そもそも探索者など命を賭けてなんぼも商売だ。
彼女の行動はそういった意味では探索者としては正しいと言えるだろう。
しかし、明らかに危険が大きいとわかっている幸隆にそれを選択することは到底できない。
今までは自分の感覚で行けるとこまでは行った。
しかし、階層毎の敵の強さの上り幅をこの身に感じて、次の六階層は今の幸隆にはリスクが大きすぎると肌で感じている。
幸隆にとってただの食いつなぎでしかないこの職業を長く続けるつもりはない。
来月を乗り切って、貯まったお金でどうにか次の仕事を見つけようと考えている幸隆は、自分の命を分かり切った危険に晒すほどにバカではないのだ。
彼女には申し訳ないが、彼女が命の危機に陥ったとしてもそれは彼女の判断ミス。
自分の命をベットに賭けて、外れを引いてしまって探索者の末路。
それがこの仕事だ。
他者の命を金に換える者が、敵の糧に換えられる番が来たという事に過ぎない。
幸隆の考えは他人が見れば冷たい考えだと思われるかもしれないが、幸隆はこの考え方が、探索者を、ひいてはダンジョンというものを客観的に捉えることが出来ていると考えている。
奪うものは奪われる。
ごく当たり前の摂理だった。
その世界に身を投じていると彼女もわかっているだろう。
だから彼女はベットする価値があると、分があると判断して一人で行ったのだろう。
故に幸隆はそれを尊重する。
(理由だけでも知りたかったがな。帰ってくることが出来たらその時に聞くか)
浅い付き合いではあるが、仮にも命を預けあった仲だ。
それが偏っていたとしても、背中を預けあうのは幸隆からしたら懐かしい。
胸に訪れた少しの寂しさを感じる中、曲がり角に何かがあることに気付いた。
「あれって、もしかして……」
同じく先頭を歩く桃李の目にもそれは入ったらしく、顔を険しくして立ち止まる。
その顔は繕ってはいるが、少し青い。
幸隆もそれが何なのか、視力の良い幸隆はもうわかっていた。
「初めて見るな」
ここがそういうところだというのは分かっていた。
魔物は死ねば塵へと消える。
そのため魔物の死体を見るのは倒した本人たち以外にはほとんど機会がない。
だからか。
このダンジョンは戦闘以外だと、不思議と死の臭いというものが薄い。
比較的浅い階層という事もあって、それはより顕著だった。
なぜなら、もう片方の亡骸が少ないからだ。
ダンジョンに残る死体。
「……やっぱり」
それはダンジョンに還ることのない、ダンジョンにとっての異物。
人の遺体。それも大小いくつもの人の体のパーツが、散り散りになって散らばっていた。
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