探す途中、嫉妬と蛮行
四階層を足早にかけていく。
めきめきと強くなっていく幸隆にとって数日前に倒した敵など恐れるに足りない存在だった。
力の差を関知しないゴブリンが複数体幸隆に迫るも、それはすぐに塵へと還る。
僅かにその歩みを遅らせる程度。
幸隆の拳が次々と天からゴブリンのどタマを勝ち割っていく。
「うっとおしい!」
やんちゃな悪ガキを叱りつける田舎のじじいのようにげんこつを降らせる幸隆。
割れる頭が果実のようでややグロイ。
ドロップ品の中でも最低単価の耳を無視して五階層を目指す。
これまでの階層を念入りに隈なく練り歩いたが、杏の姿は見当たらなかった。
すれ違う探索者たちに杏の特徴を話して、見ていないか聞いてみたものの、それらしい情報は得られなかった。
それはこの四階層でも同じだった。
「どうせ五階層にはいるだろうけどな」
本人の実力からしたら、こんな低階層にはいないだろうし、六階層は危険ゾーン。
そこを抜けて七階層に向かうとしても女一人の杏では危険であることは昨日の内に受付嬢にも釘を刺されている。
危険に対する心構えはしっかりとしている幸隆の先輩探索者たる杏が一人でそんな馬鹿な真似をするとは幸隆には思えなかった。
準備運動と言っていたように、本人の実力と稼ぎ両方の面から見ても次の五階層にいるとこの時幸隆はそう楽観視していた。
「お、やっぱここ居る?」
階段を下りてすぐのところで休憩をしていたパーティーに杏の事を話したところしばらく前に奥の方で見かけたとパーティーの青年は言った。
「あんまりここで稼ぐって感じには見えなかったですね。なんせ近くの敵だけさくっと倒して、何も拾うこともなくすたすたと歩いて行ってましたから。下に行くつもりだったんじゃないかなぁ」
幸隆はそれを聞いて眉をしかめた。
「今六階層は危険だって言うのに、しかも女性一人はね」
心配気に顔を曇らせる青年は思い返すように視線を上に向ける。
「綺麗だったなぁ……あてっ」
そういって鼻の下を伸ばしたむっつりな青年の頭に後ろからチョップが見舞われた。
むっすりとご機嫌斜めな若い女が後ろにたっていた。
青年と若い女が軽く口論を始めだして幸隆は気づいた。
(女ばっかじゃねーか)
青年のパーティーが皆揃って美女ばかりなのだ。
おまけにこのパーティーの中心に立つであろう青年も女と見まごうばかりに美青年ときた。
しかも今の流れを見るにこのチョップ美女は彼に懸想しているように幸隆の目には映っている。
いやこれは誰がどう見てもそういう事だろう。
じーっと痴話げんかを見ていた幸隆は馬鹿らしくなってその場を離れた。
これは犬も食わぬというやつで呆れて踵を返したに過ぎない。
決して嫉妬心とかではないことを胸の内で叫んで奥へと進んだ。
「一人じゃやっぱきついか」
ゴブリンサイズの大蜘蛛が塵へと消えていくのを見ながら呟いた。
この階層で余裕を持って戦えていたのは杏が手厚くフォローしていてくれたからだ。
幸隆が見る限り、これまで一度も本気を見せていない杏はこの上層で狩りをするような人物ではなく、正しく中級探索者として一目置かれる存在なのだろう。
今まで自分がどれだけ彼女に甘えていたのかが良くわかる。
彼女がいた昨日に比べて明らかに進むペースが落ち込んでいる。
体力には問題はなさそうではあるが、これでは杏に追いつけそうにないと幸隆の内にある焦りが大きくなった。
「ったく、あいつは一体なに考えてんだ。受付のお姉さんにはいい顔して一人で無茶しないとかなんとか言ったやがったくせに」
そもそも、杏は休む予定だったはずだ。
それが来てみれば既に一人で運動がてら探索を始めているときて、後を追ってみれば六階層に向かったときた。
彼女の実力がどの程度なのか幸隆には詳しい所は分からない。
しかし、ギルド側が行っている制限から考えて、一人で通用するとは考えにくい。
もし、本当に一人で策もなく挑んだのだとしたら、それはもう自暴自棄にしか思えない。
幸隆よりも経験の深い探索者がそれを知ったら自殺志願者だと思われることだろう。
彼女の行動はそれほどに無謀なものだった。
幸隆は徐々に強くなる焦りを抑えこみながら下へと続く階段を目指して敵を迎え撃っていく。
四階層よりも一回り大きな白毛狼の牙を掴み、下顎を踏みつけて口を開かせるようにして顎を引き裂く。
後ろから飛び掛かるもう一体の白毛狼。
振り返り、握ったままの下顎の取れた狼を振り下ろし、晒けた牙を脳天に突き刺し絶命に至らせた。
牙が突き立った狼は断末魔のように鳴き、下顎のない狼は満足に鳴けず、情けない声を漏らし眼の光りを失った。
頭蓋を抜かれた狼が先に塵となり、遅れて下顎のない狼が後を追うように塵となった。
戦いに間を置くことなく、大蜘蛛が天井から糸にぶら下がって襲い来る。
鋭く鋭利な八本脚、その前足が幸隆の顔を掠める。
顔を逸らして致命を避け、同時に攻撃とは逆の前足を掴み、引きちぎる。
勢いよく引っ張られた大蜘蛛は床に叩きつけられるもその多くある脚ですぐに態勢を立て直し、脚を高く立て体を持ち上げると体を折り、幸隆へと尻を向けた。
噴射される粘性を持つ蜘蛛の糸。
それは幸隆が握ったままの大蜘蛛の脚に防がれぐるぐると巻き付いた。
「そんな所でケツ振って誘ってねーでお前がこっちにこいやぁ!!」
ブンっと降られた脚に勢いよく引っ張られた大蜘蛛はその力に逆らえずに幸隆の方へ。
諦めない大蜘蛛は幸隆へと大きな顎を開いて殺意を向ける。
「おら!これでもしゃぶって逝ってろ!!」
幸隆は獰猛に歯を見せて、大蜘蛛の口にそれを突き立てた。
勢いを殺すことのできない大蜘蛛はそのまま自らの脚にくし刺しになり、だらだらと緑色の血を口から漏らしながら、プラプラとぶら下がった。
すぐに塵へと還る大蜘蛛。
周りに敵はもういない。
戦闘はこれで終わりだ。
今の戦闘、なかなか上手く行ったと、勝利の余韻に浸る。
ふとそこで視線を感じて敵かと思い、振り返る。
「「「ひっっ……蛮族!」」」
階段近くで休憩していたハーレムパーティーが怯えた顔でそこにいた。
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