薄い本的なテンプレは無いらしい

 「ねぇ、魔石が異常に出ないような気がするんだけど、これ多分あんたの運のせいよね」


 幸隆一人でも倒す事のできる白毛狼は、杏と二人で組んで戦うことによって安全かつスピーディーに倒す事ができていた。


 しかし杏は今までの不自然な戦果に疑問を浮かべた。


 「え?なに?ほんとはもっと出るみたいないい方やめない?傷つくぞ」


 「そういってんのよ。普通は二回に一回くらいの頻度でドロップするのに、あんたと組んでるとさらにその半分くらいじゃない」


 「……お前の運ってことは?」


 「私の経験から言ってるのよ。普段はもっと出るに決まってるじゃない」


 探索者歴の長い彼女にとってここまで魔石が落ちないことは経験になかった。


 「あんたもしかしたら悪いスキルでも持ってるんじゃない?そしたらその異常な成長速度にも少しは説明がつくんじゃないかしら」


 デメリットのあるスキルは確かに存在する。


 そしてそれは大きな恩恵の反動であることが多いため、幸隆のように成長速度の速い者に見られるケースであることが殆どだった。


 「まじか。そんなスキル自覚ないけどな」


 「そうよね。隠してるんじゃなければほんとにただ運が悪いことになるけど」


 彼女はそう言ってちらりと幸隆の様子を伺った。


 真剣に自分の不運を危惧していそうなその表情になにかしらを隠すような素振りも演技をしているような素振りも見受けられなかった。


 「ごめんなさい。少しからかいすぎたわね。安心なさい。確率なんてそんなものよ。その内にたくさん出るようになるわよ」


 確率は収束するからと幸隆を慰める。


 「おい、いきなりそんな意地悪言うなよ。お祓い行こうかと考えたじゃないか」


 睨む顔が少しいかつい。


 本人はそこまで強く睨んでいるつもりはないのだろうが、彫りの深い顔立ちもあってその迫力は慣れないものにとったらきっと怖い顔に見えるだろうな彼女は思った。


 「ふふっごめんなさい。その分数を倒せば稼げるわ。そう言う考え方好きでしょう?」


 「全く、人を脳筋みたいに言うのはよろしくないな……だが好きだ!」


 「ほら、バカなこと言ってないで進むわよ」


 「お前から振ってきたんだろうに」


 二人は次の獲物を目指して迷宮を進む。


 「うん?止まって」


 前方に注意を払っていた杏が幸隆を制止する。


 「なんだ?魔物か?」


 幸隆も警戒するように身構える。


 「いや、これは」


 「おぉー瀬分せわけさんじゃないか。やっやっやっ……それとおっさんか」


 大舌おおした率いるパーティーがダンジョンから引き返している途中のようで、前へ進む幸隆達と対面することとなった。


 「ぶん殴られたいのか?」


 初対面からけんか腰の男に良い印象を抱いていない幸隆は大舌の第一声にぴきっていた。


 幸隆の堪忍袋はウーリーナイロン糸より切れやすい。


 「やめなさい」


 杏が不穏な空気の流れに釘を刺す。


 「ついこの間までダンジョンに潜ったことのなかった職なしが中級探索者に寄生してイキってるらしいじゃないか。おっさん、若い女の子におんぶに抱っこで恥ずかしくないの?」


 「よし、整形希望らしいな。その彫りのあっさいチー牛顔を丁寧に凹凸おうとつつけてやるよ拳で」


 「やめなさいって言ってるでしょバカ。大舌もうちのバカを煽らないで頂戴。この通り煽り耐性が紙耐久なんだから」


 指をぱきぱき鳴らしてぷっちんしかけている幸隆を強めに窘めて大舌にも注意を入れて何とか矛を収めさせようと杏が気を遣う。


 「まぁ瀬分さんがそういうなら……」


 「おい、今の俺はどう考えても悪くないだろ。いきなりあっちから喧嘩吹っ掛けてきたぞ」


 「ちょっと黙っときなさい。もしかしてだけど、六階層の調査かしら?」


 杏が大舌達に問いかけた。


 「あぁ、そうだよ。ギルドからの依頼を受けてね。今回の異変を調べてたんだ」


 「そう、Dランク探索者に依頼するって話だったものね。それであなた達が選ばれたと」


 「僕らだけってわけじゃないけどね。あのエリートさんもかり出されてるって話だしね」


 「あの噂の子ね。それで何か手掛かりは得られたの?」


 「いくらか豚鬼オークを狩ったり、わざと逃がして後を追ったりしたけどこれといった手掛かりは手に入らなかったよ」


 「そう、それは残念ね。あなた達で難しいなら今回の一件は解決までに難航しそうね」


 Ⅾランク探索者ならば六階層での活動は全く問題なく、むしろ過剰戦力とさえ言える。


 しかし今回は討伐が主な目的ではなく、問題発生のメカニズムとその原因だ。


 そのために戦闘をスムーズに行え、追跡などの余力のあるより上のランクの戦力を必要としていた。


 「でかい顔する割には大したことねーのな」


 貧乏ゆすりをしながら二人の会話を黙って聞いていた幸隆は我慢できずに大舌を煽り始めてしまう。


 「テメー俺達に喧嘩売ってんのか!」


 リーダーに主導権を渡して黙っていたパーティーメンバーにも火がついてしまい幸隆にメンチを切り始めた。


 「落ち着けって井坂。あんなオホ声おじさんなんか相手にすんな」


 「決めた。お前だけは泣かす。顔面ぼっこぼこにしてケツにゴブリンのナニぶち込んでSNSで拡散してやるよ」


 「やめなさいって言ってるでしょ!てかあんた下品すぎるでしょう!」


 反社染みた発想に杏も耐えられず怒鳴る。


 その後に大舌含めた相手パーティーにも話が進まないから互いに干渉しないでくれと彼女は釘を刺した。


 幸隆を暗い目で睨んでいた大舌が杏の言葉にようやく目を離し、そう言えばと話し始める。


 「これがどういった手掛かりになるかはわからないけど、最近六階層で女性ばかりが行方不明になるらしいんだ」


 「行方不明?遺体も見つからないってことよね。それって女性に限って遺体がないってこと?」


 「鋭いね。そうなんだ、男女混合のパーティーの男性は遺体で転がっているらしいけど、女性だけがどうしても見つからない。当然、ダンジョンから出た形跡もない」


 大舌は訳が分からないと言いたげな様子で首を振る。

 

 パーティーが壊滅した場合はその殆どが遺体として発見され回収される。


 運よく生き残ったメンバーが助けを求めて逃げる場合はあれど、その場合は他のパーティーや外でギルドに保護されるか、離れたところで同じように転がっているかのどちらかだ。


 上層において、長期的な行方不明の数はそう多くなく、短期間にそれだけの数が未帰還となるのは珍しい。


 それが女性ばかりがとなると、何かしらの作為を感じられる。


 「それってよ。言いにくいけどそういう事なんじゃねーの?」


 幸隆が少し気まずげに口を挟んだ。


 「どういうこと?」


 「あー、あれだよ。居なくなったのが女性ばかりで、豚鬼オークが活発化してるって話なんだろ?ってことはさ、こうテンプレ的に言うと豚鬼が連れ去ってよ、あれだよ……ここまで言やわかんだろ」


 しどろもどろになりながらも幸隆が何を伝えたいのかを理解した杏が渋い顔をしてそれを否定した。


 「ないわね。ダンジョンの魔物に限ってそれはあり得ないのよ」


 「どういうことだよ」


 「いい?ダンジョンの魔物はダンジョンによって生み出されるの。死んでは塵となって消えて、そしてまた産み落とされる。そこには本来の生物としての生殖行為が介在しないのよ。だから、魔物がそう言った行為をする必要もなければ、ましてや異種族の雌を求めるなんてこともあり得ない」


 地球の生物とはまるで違う生態を知った幸隆は感心したように口を開けて聞いていた。


 「その割には雌雄で動いてるのよく見るけどな」


 その言葉に杏が首を傾げた。


 「あんたゴブリンの性別が分かるの?」


 「あ?……いや?すまん何となくだけど。二体同時の時は大体雄と雌なような気がしたから……」


 「おっさんが言ってる通り、ゴブリンや豚鬼オークにも一応つがいを組む習性があるらしいよ」


 大舌の言う通り、生殖行為を行うことも子を成すこともないにも関わらず、ダンジョンの魔物は雌雄で番になったり、ハーレムを構成する事が調査の結果判明している。


 幸隆に顔を一切向けることなく、大舌が自身の知識を杏にひけらかした。


 「それだとあんたの想像も尚さら杞憂のようね。だって生殖行為が仮にあったとしても他種族の雌を必要とはしないでしょ。想像がキモイわ」


 「おっさん、モテないからって普段どんなの見てんだよ」


 「おいっ!俺はテンプレ的な展開を危惧しただけで俺の趣味とは無関係だぞ!クソガキ!っ俺に異種姦趣味はねえ!純愛一筋だ!殺すぞ!」


 今までで一番熱くなる幸隆に杏が顔を少し赤くして呆れていた。


 「聞いてないわよ、恥ずかしい……」


 杏に対して友好的というか下心見え見えというか、そんな大舌との一方的な情報交換を終える。


 「じゃあ瀬分さん、俺たちは先に戻ってギルドに報告するよ」


 手を挙げて別れを告げた大舌パーティーが二人とすれ違い、通り過ぎていく。


 大舌の仲間の一人が幸隆に向かって睨んで行ったが、絶賛イライラ中の幸隆が睨み返してやると少しビクついた。


 しばらく三階層を歩いた二人も収穫が落ちてきたため戻ることに決めて踵を返した。


 「ねえ、まだ怒ってるの?キモイって言ったのは謝るから機嫌治しなさいよ」


 帰る途中、未だにむすっとした幸隆に杏も少し面倒そうに謝った。


 「俺は、おっさんじゃないし、異種姦趣味でもねえ」


 「……そこなのね」


 もう何度この男に呆れたかわからないが、やはりどこまでもズレている幸隆に彼女は溜息を吐いて出口を潜った。

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