久しぶりのまともな収入と久しぶりでなくまともでもない格好

 ダンジョン三階層。


 荒い息を切らせて、流れ落ちる血を膝に手をつきながら眺める。


 全身ボロボロ、衣服が大きく破れ、傷のある地肌が覗いている。


 最早、半裸に近い状態だった。


 目の前に倒れる二匹の狼。


 最初に倒した狼よりも体格の優れるその二匹の狼はやはり強く、幸隆は大きく手こずることになった。


 力は強く、厄介な連携を取られ、噛みつきは最小限で、爪による流血を目的とした消耗戦は中々決定打を打ち込めない幸隆にとって非常に戦いづらい相手だった。


 動きの精彩を欠いた幸隆に遂に牙を剥けた一匹に対して、くれてやるつもりで腕を突き出し、喉を中から握り潰して倒し、それに動揺をみせたもう一匹を殴り倒し、終わりにした。


 途中まで相手の思い通りの展開で、幸隆の体力は危ないところまで差し掛かっていた。


 それも時間の経過と共に次第に治癒していく。


 狼が塵となって消えた場所に行く。


 運よくドロップした牙を一本拾うことができた。


 魔石は拾うことができずに少し残念な気持ちではあるがこの牙も期待ができるため、幸隆もそこまで落ち込んではいなかった。


 「ふぅ、今回はさすがに危なかったな」


 余裕が生まれ始めた幸隆はもう出てこないよなと警戒しながら踵を返した。


 道中、ゴブリンを何体か倒し後にした。


 





 幸隆がダンジョンを出るとギルドのフロントは少し騒がしかった。


 この現状に既にダンジョンの異変が伝わっていると気付く。


 なにやら周りから視線を感じるが逸る気持ちを抑えきらず、獲得したアイテムを持って受付へと目指す。


 「買い取りをお願いします」


 テーブルに戦利品の入った袋をどかりと乱雑に置いた。


 いつもの受付嬢───巴が、なにやら冷たい目でこちらを見ているが今の幸隆にとってそれは今はどうでもいい。


 早く査定してくれと待ちわびる。


 「……かしこまりました」


 その表情に気づいた受付嬢はなにか言いたげな様子ではあったが、何も言わずに業務へと入る。


 「これは、白毛狼ホワイトウルフの牙と魔石……ですか」


 表情にあまり変化はないが、幸隆は彼女が驚いていることに何となく気づいた。


 「それも報告がありまして、四階層に出るっていうその狼の魔物が俺がいた三階層に出てきたんですよ」


 幸隆が事の経緯を話すと、彼女は呆れたように額に手を当てて溜息を吐いていた。


 「本当にそこまで潜ってるなんて……」


 「ん?」


 「なんでもありません」


 彼女はそう言い捨てて、持ち込まれたドロップ品の査定を始めた。


 「ゴブリンの魔石が三つと耳が六つ。そして白毛狼の魔石が一つと牙が二つですか」


 「どうですか?四階層以降は実入りも良いと聞きましたけど」


 やや緊張気味の幸隆が顔を寄せて聞いてきた。


 「……ゴブリンの魔石が一つ600円、耳が最低保証金額である100円になりまして、こちらが合計2400円になります」


 計算する彼女は嫌そうに顔を引く。


 「その狼は!?」


 「あまり顔を近づけないでください。うっとおしいです」


 「……すみません」


 唾の飛ぶ距離まで近づいていた幸隆に彼女は辛辣な言葉で遠ざけた。


 しゅんとして幸隆がおとなしくなった。


 「白毛狼ですが、魔石が一つ1000円になりまして、牙が一つ3500円になります。合わせて8000円になります。ゴブリンのものと合算しますと合計10400円になります」


 「おおお!一日の稼ぎとしては悪くない!」


 それが命を懸けた金額としてはどうかという話はあとにして、幸隆にとってここ最近での久しぶりの纏まった稼ぎとなったのは間違いなかった。


 「これは本堂様がおひとりで倒されたのですか?」


 「いやぁまさか三階層に出てくるとは思わないじゃないですか。それで逃げられる訳もないんで死ぬ気で戦ったら何とか倒す事ができたんですよ」


 笑いながら言う幸隆はあまり事の重大さがわかっていないようだ。


 「そうですか。しかしあまり無理をされないように。命は一つしかありませんので」


 表情をみれば心にもないことを、と思うかもしれないが幸隆にはそれが本心であることがなんとなく理解できた。


 近くにいる別の受付嬢が少し呆れたような顔をしたのが幸隆には少し印象的だった。


 「それでは今回も現金でのお支払いでよろしいでしょうか?」


 「それでお願いします」


 いつもの通りに報酬を受け取った幸隆は札を受け取って嬉しそうに財布にしまった。


 「それじゃあまた来ます」


 幸隆は彼女にそう告げギルドを出て岐路についた。








 「一人で白毛狼を倒すなんて信じられませんね。しかも複数」


 幸隆が去った後、巴とその後輩である受付嬢が訝し気に彼の出ていった後を見つめていた。


 「しかし見るから彼の言っていたことは本当でしょう。嘘をついている素振りもありませんでした」


 「まぁ嘘つけるように見えませんしね」


 「どう見ますか?あなたは」


 「確かにすごいですけど取り立ててって事もないと思いますよ。確かに登録三日目で四階層の魔物を倒すのは少し異常に思えますけど、なにか格闘技等の経験があればそのくらいのスタートダッシュ決める人くらいいますから」


 「そう、ですね。身辺調査によると彼は学生時代にそこそこ名の知れた喧嘩屋みたいなことをしていたらしいですし」


 「うへぇ、物騒な人だったんすね。それにしてもどうして先輩はあの人に身辺調査の手続きを挟んだんですか?」


 身辺調査の判断は書類上の判断と逮捕歴や前科を調べるために限定的にアクセスを許可された受付嬢が前科調書へとアクセスし、そこにある情報から身辺調査の必要性の有無を判断することになっている。


 「貴方は少し目を鍛えた方がいいですね。苦手でしょう?」


 しかし幸隆には逮捕歴はあれど有罪判決となるような前科は存在しなかった。


 疑義はかけられるもそれを晴らしているために経歴は真っ白といえた。


 故に巴が必要だと感じたのはまた別の理由だった。


 「やめてくださいよぉうちの先生みたいなこというのぉ」


 誰かを思いだすような先輩のお説教に耳を塞ぎたいといった様子の彼女が心底嫌そうな顔をしていた。


 「なにか嫌なものを見たような気がしたのです、彼に」


 一目見たときに感じた奇妙な違和感が今でも思い出される。


 それは今でも彼から感じる上に、一昨日よりもそれは大きくなっているようにも感じるのだ。


 「何かって?」


 「……わかりません」


 「まぁ実際変な人ですし結果オーライでしたね」


 巴の直感がどうだったのかはまだ判断を下す段階にない。


 後輩である彼女は巴が優れていることを知っているため、あの男になにかがあるのかも知れないと考え始める。


 「でも良かったんですか?あのまま帰して」


 「用事は全て終わりましたし、何も問題は……あ」








 「お兄さん、ちょっと時間いいかな?」


 「え?……あっ!違うんですこの格好はっ!」


 「最近ここら辺の小学校で変質者が出るって話でね。少し署のほうでお話しようか。尿検査の方もさせてもらうから」


 「本当に何もしてないんです!信じて!」


 半裸に近いままであることを忘れたまま帰路についた幸隆は公権力に怪しまれ、一時間以上に渡ってお話をするはめになった。

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