忠告は事務作業の軽減、笑顔は仕事

 その日、ギルドにはやや混乱が走っていた。


 四階層以降を活動拠点にする探索者達から生態系の変化の報告が上がってきたからだ。


 それは主に探索者達が呼称する区分、下級探索者の階層である六階層で起きたという。


 豚鬼オーク達の活動の活発化。


 それに伴い、その階層で敵対関係にある大醜人ホブゴブリンの階層移動により、各階層毎の生態系が上へと流動した結果、遂に新人探索者達の活動階層である三階層にまで波及し、白毛狼ホワイトウルフの到達を許すまでに至る。


 それが今ギルドが把握している経緯だった。


 「ただいま、三階層以降に置いて、魔物の分布における問題が発生しております。できるなら、問題の解決が確認されるまで活動を自粛された方がいいものと思われます」


 「そんなこと言ったってこっちにも生活があるからなぁ。二階層にまでしかいかないから大丈夫でしょ。入場登録お願いね」


 「……かしこまりました」


 ギルドの受付嬢を兼任する夜神楽よかぐら ともえは不満を漏らす事もなく、淡々と事務を熟し、ダンジョンの入場口へと向かうパーティーの背中を見送った。


 「先輩、あまり探索を勧めないような助言は控えた方がいいんじゃないですか?上の人に怒られますよ」


 「そうですね。ですが未帰還探索者の事務手続きも面倒ですので」


 後輩の諫言を表面上素直に受け入れる巴。


 表情の変化が乏しいために本気で反省しているのかどうかは付き合いの短い後輩の女の子にはわからなかった。


 「でも珍しいですよね。こんなイレギュラーが上層で起きるなんて」


 「Ⅾランクの探索者に呼びかければすぐに事は収まるでしょう」


 問題が起きたのは六階層。


 そこの階層レベルなら、Ⅾランクの探索者パーティー複数にギルド側から依頼クエストを持ち掛ければ数日中に問題は解決されるだろう。


 上層でのイレギュラーであるため収めるのも簡単なはずだ。


 「あの人達、死んじゃうかもしれないですね」


 平坦な視線で入場していく先ほどのパーティーを見やる後輩も口調も視線同様に熱は感じられない。


 「驕った者から命を落としていくのは世の摂理です。無事であることを祈りましょう」


 「先輩って案外優しいですよね」


 「そうですか?人からは冷たいとか何を考えているのかよくわからないと言われますが」


 首を傾げる巴に後輩はそりゃそうだと言いたくなるが、言葉にはしない。


 美人が表情を変えずに淡々としていたら大抵の人間はどこか怖いものを感じるだろう。


 愛嬌が少しでもあればそれは一転するのだろうが。


 「探索者に危険だから潜るな…なんて私達は言えない決まりだし、別に言いたくないですもん」


 「……処理が面倒なので」


 「そういう事にしておきましょう。でも先輩、他の先輩方にはあまりさっきみたいなのは聞かれない方がいいですよ。それこそ面倒ですから」


 ダンジョンバブルと呼ばれるこの世界規模の好景気はダンジョンを保有する国すべてに齎されるため、それは当然日本も含まれており、その日本国は世界的な迷宮利益競争の真っただ中にあった。


 そしてその競争に勝つために行政は国家を上げてのダンジョン攻略に乗り出し、探索者の数とその活気の急増を推進しているために、国家管轄のギルドはその妨げを非推奨としていた。


 巴の助言はその規定に抵触する恐れがあるために、後輩は巴の言動に注意を促したのだ。


 「でも一番心配すべきはあの人じゃないですか?」


 後輩の言うあの人とは、巴がよく担当している体格の良い男。


 登録をして僅か三日目であるが、突飛な行動で馬鹿を繰り返す男は受付嬢の間でも話題となっており、未帰還処理まであと何日かで賭け事染みた事まで行われている始末だ。


 今日は連れの探索者が不在で一人での活動であるために今日が最後だと賭けにベットする者が多く、先ほど齎された凶報にその勢いはより増した結果となり、早くて今日、遅ければ2、3日以内に未帰還処理の手続きを行う勢力が大半を占めた。


 巴はそれを悪趣味だと内心で思うが、今日も今日とて真面な防具でないどころか、またジャージ姿での探索だというのだから彼女も庇い切れないでいた。


 「あまり深くは潜らないと言っていたので今のところ危険はないと思いますが」


 「それって一階層か二階層に行くって口に出してました?」


 「あ……」


 後輩の言葉に巴も思わず固まった。


 「あっはっは。あの人の事だから三階層当たりまで深くないの判定に入っていそうですよね。今までは腕のある女性探索者に助けてもらってましたからね」


 後輩の鋭い考察に巴は自分の思い違いに気づいた。


 「ありそうで怖いです」


 まさか三階層を登録三日目の新人探索者が真面な恰好もせず、しかもソロで行くとは巴の常識から考えたらあり得ない話ではあるが、あり得ないことばかりする男であるのはこの三日で良く知っていた。


 初日に着の身着のまま突撃するし、いきなり二階層まで進めるし、スライム倒したというし、ゴブリンの毒を舐めてお腹を下してキモイ声をフロントに響き渡らせるし。


 そのうめき声を聞いた一部の探索者が幽霊や妖怪の類だと騒ぎ始めるし、中にはダンジョンから魔物が出てきたとスタンピード説を叫んでパニックになりかけるのを収めるのにどれだけ手間がかかったか。


 その男の呻き声にごく一部の男がやや興奮気味に聞き耳を立てていたが巴はそれを見なかったことにした。


 巴は思い出される昨日の苦労に沸々と怒りが滲み出てきて、苛立ちを募らせた。



 「先輩?」


 表情に変わりは見受けられなくとも、何か雰囲気の変化を感じ取った後輩が声をかけた。


 「なんでもありません。まぁあれだけダンジョンを舐め切った人です。どうなろうが知ったこっちゃありません」


 「そ、そうですか」


 後輩が少しだけ気圧され、その変化に戸惑っている中、ダンジョン出入り口付近が騒がしくなり始めたことに気づく二人。


 「なんでしょうか?」


 「先輩、あれって」


 後輩の視線の先、周りから視線を集めるその場所には生死の行方が話題になっていた男だった。


 「買い取りをお願いします」


 目の前まで来た男は全身をボロボロにして、いたるところが破けたジャージは衣服としての意味を成しておらず、程よく筋肉のついた逞しい肉体が露出されたいた。

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