人を見た目で判断してはいけない(怒)

 まさか登録序盤でつまずいてしまうとは思ってもいなかった。


 「まさか身辺調査をギルドが行うなんて予想外だぞ。そんなんで人手足りるのか?ギルド側の人間は」


 一日にどれだけの人間が探索者登録をしているのかは分からないが、一人一人に身辺調査なんてやっていたらいくら人手があっても足りないだろう。


 思い通りにいかないスタートに頭を抱えた幸隆はロビー入口付近で座り込んで項垂れていた。


 「おじさん何してるの?」


 「……」


 できる事なら早い段階で登録を済ませて、十分な収入を得れるだけの知識と経験を積んでおきたい。


 完全な素寒貧になってしまう前に。


 俯き、今後の方針を考える。


 「おじさん?大丈夫?」


 少女がおっさんを気にかけて声を掛けているようだ。


 平日の昼間っからこんなところで項垂れているいい歳扱いたおっさんなんて碌な人間なんかじゃない。


 快活そうな声の顔も知らぬ少女よ、そんなおっさんに関わるんじゃないと幸隆は少女を憂いた。


 地面から目を離さずに。


 「おじさん本当に大丈夫?私の声聞こえてる?」


 「……」


 「おーい」


 現実から目を背けることはできずに幸隆は重々しく顔を上げた。


 「うわっすごい悲しそうな顔してる!おじさんやっぱりなにかあったの!?」


 くりくりと大きな目を見開いて幸隆の顔色の悪さに驚く可愛い少女がそこにいた。


 その本気で心配する少女の姿に顔を見られても尚変わらない反応にさらにげっそりとする幸隆。


 「俺はこれでもまだ26なんだが……」


 「え……ごめんなさい。お兄さん?」


 疑問形が辛かった。


 卵型の形の良い輪郭を隠さないショートカットの美少女。


 化粧慣れしていないのか簡単なメイクしかしているようにしか見えないこともあって恐らく高校卒業したての未成年ではないかとあたりを付けた。


 そんな若い子からしたら26もおじさんの区分になってしまうのだろうかと幸隆は考えた。


 それとも彼女は幸隆がサバを読んでいると疑っているのだろうか。


 どっちにしろショックなのは変わらなかった。


 「営業失敗しちゃったとか?」


 彼女は幸隆のスーツ姿を見ながら聞いてきた。


 「どちらかと言えば面接だな」


 「面接?」


 幸隆はフロントでの出来事を掻い摘んで彼女に話した。


 「身辺調査なんてあるんだね。知らなかった」


 へ~知らなかったと感心する少女。


 「私にはそういうのなかったからな~」


 「そういうの?その口ぶりだとまさか探索者なのか?」


 「うん、そうだよ。おじ……お兄さんが探索者になれたら私が先輩だね!」


 中途採用で恐れていた年下の先輩を持つという先輩後輩共にやり辛い縦社会の上下関係。


 まさかそれが、個人事業主扱いになる探索者業でもついてくるなんて、もし幸隆の気に入らない奴が先輩風を吹かしてきたらと考えると幸隆は腹の底がぐつぐつと煮え返るような錯覚を思い出した。


 とはいえ、目の前の少女がむかつくという事ではない。


 可愛い女の子がえへんと胸を張る姿は微笑ましい。


 小柄な少女なのだから尚の事だ。


 一部はどうやら大人顔負けでその存在を今まさに主張しているが。


 「悪いが子供にしか見えないんだが……本当か?」


 見るからに未成年である少女が、成人からしか登録のできない探索者であるとは到底思えなかった。


 「お兄さんいまさっき見た目の年齢のことでショックを受けたばかりでしょう?」


 「おう、確かにそうだ」


 その加害者側である少女が言うのは少し腑に落ちないが、説得力という意味ではこれ以上のものはなかった。


 言外に老け顔だと認めたのはこの際流そう。


 「先輩面吹かしてきた事を考えるとこの春登録したばかりの新人だとは思えないから、21とか2ってところか?」


 「19」


 「やっぱガキじゃねーかよ」


 見た目の年齢はもっと低いが。


 「となると探索者ってのもうそかよ」


 20歳以上からしか登録を受け付けていないのだから少女がライセンスを取得できるのは来年以降だ。


 よって嘘。


 探索者志望の子供の妄言だと幸隆はあしらった。


 「嘘じゃないよ!探索者だもん!」


 そう言って少女は懐からカードを取り出した。


 幸隆はその意匠の凝ったカードに目を疑った。


 御門 春  19歳  Dランク


 歴とした未成年探索者だった。


 「おいおい、まじかよ。いつからガキでも探索者になれる世の中になったんだよ。そんなに政府は躍起になってんのかよ」


 「お兄さん、もしかして探校って知らない?」


 「炭鉱?ピッケル持ってカンカンってやつか?」


 「違うよ!探索者育成学校!略して探校!」


 「知らん」


 「確かに設立は比較的最近ではあるけどさ。かなり有名だと思うんだけど」


 「テレビを見る習慣がここ最近までなかったからな」


 元々テレビにあまり興味のない幸隆は、失業後も賑やかし程度に点けていたにすぎず、あまり真剣になって見ていなかった。


 ニュースもあまり見ていない。


 「社会人としてそれはどうなの?」


 グサッとくる言葉だった。


 「その探校ってのは何なんだ?字面で言うとまんま探索者の育成ってことになるけど、まさか十代でダンジョンに潜る事になるのか?」


 「そう!適性のある受験生の中からさらに選抜された子しか入学できない高倍率の難関校何だから!ここを無事に卒業できれば晴れてエリートコース間違いなし!」


 ドヤ顔で鼻をふくらませる少女。


 褒めて欲しいのだろう。


 「わーエリート様すごいね」


 幸隆は気持ちの籠もっていない平坦な口調で取り敢えずかまう。


 「えっへん!」


 どうやら言葉に籠もる感情には見向きもしていないらしい。


 字面をそのまま受け入れていた。


 ポジティブな娘のようだ。


 「子どもを化け物の巣窟に放り込むとか政府も親も頭イカれてんな」


 「まぁ、そこはね。厚い補償があるから」


 明るかった少女の様子に少し陰が落ちた。


 「闇深系の話はNGで」


 「あはは、でも学校側も死傷者が出ないように万全な体制にしているから毎年の悲惨な事故は年々減ってるんだよ?」 


 ゼロでは無いらしい。


 尚更に平然と学校が存続していることに疑問が強くなる。


 親の反対が大きくないのか、それとも振り切っているのか、はたまた黙らせるだけの補償をしているのか。


 あまり深く考えると目の前の明るい少女に憐憫の目を向けてしまいそうだと自覚した幸隆はそれ以上深く考えるのを辞めた。


 無事卒業して今こうして明るく振る舞っているのだからそれでいいだろうと。


 「まぁ、君が未成年で探索者をやれてる理由は良くわかったよ」


 「私嘘なんてつかないもん」


 拗ねたように頬を膨らませる幼い仕草。


 (これで探索者なんて最初から信じるやつの方がおかしいだろ)


 目の前の小動物のような少女はそれでも生え抜きのエリート探索者様だというのだから探索者という生き物はわからない。


 (へんな奴が多そうだな探索者ってのは)


 約5年間企業勤めをした幸隆は自分がまともな完成の人間だという自負がある。


 へんな奴に絡まず、パーティーを組む際はまともな人間を選ぶように幸隆はこの時心がけた。


「じゃあ、お兄さん。ダンジョンで出会うことがあったらその時はよろしくね!」


 端末の画面を見て話を切り上げる素振りを見せる少女───春。


 「まぁ身辺調査を通過できればな」


 「そんなのどうせ軽くだから問題ないよ。ライセンス取得後に何かあった時は隅々まで調べられるらしいけどね。それとも何かやましい所があるの?」


 「……ナイヨ」


 「え、なんか怖い。犯罪者とかじゃないよね」


 立件はされていない。


 バレなければそれは罪にはなり得ない。


 「潔白だよ」


 「渦中にいる人の言葉だよねそれ……」


 少女に不信感を与えてしまったようだ。


 「まぁいいや。悪い人には見えないし。無事に登録できることを祈ってます!じゃあおじさんまたね!」


 少女はそう言ってギルドへと入って行った。


 「そういやDランクってそこそこ高い立場じゃなかったか?まじてエリートなんだなあいつ」


 未成年の少女がダンジョンの中で化け物共とドンパチやっている姿がうまく想像できないが、どうやら探索者育成学校の卒業生というのはアレがデフォルトになるのだろう。


 (ほんと、危なっかしい世の中になったもんだ)


 見た目と力が釣り合わない連中は今や不自然な世の中ではなくなった。


 町中で魔術をぶっ放す大バカモノも年に一、二度ニュースになっている。


 人間離れした膂力とスキルと呼ばれる超常現象を起こせる異能。


 それらを兼ね揃える人間がそこらにいると思うと警戒心が湧いてくる。


 しかもその連中は暴力に慣れているというのだから恐ろしい。


 自分もその世界に飛び込もうもしているのを棚にあげ危機感を抱く。


 「てか最後おじさんっていったよな」


 無事に審査通過ができるかの不安と自分の容貌への不安に頭を触る幸隆。


 「髪は大丈夫な……はず」


 ストレスを溜めないよう気を配らねば。

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