食いつなぎ探索者〜隠れてた【捕食】スキルが悪さして気付いたらエロスキルを獲得していたけど、純愛主義主の俺は抗います。とりあえず気に食わない奴は殴って黙らせておこう~

四季 訪

なかなか始まらない始まり

 「あぁ、金がねぇ」


 六畳一間のワンルームで嘆く男、本堂ほんどう 幸隆ゆきたかは平日の昼間からビールを煽ってテーブルに突っ伏していた。


 「職がねぇ」


 ブラック企業務めだった幸隆はパワハラ上司の度の過ぎたハラスメント行為に頭がぷっちんとなって暴れ、全治二ヶ月の大怪我を負わせて会社を辞めた。


 何がやばいって上司に大怪我をさせたにも関わらず人手欲しさに懲戒解雇にしない所が会社の限界度合いが伺えて、あっ、まじやべーじゃんここ、となって病室にいるであろう上司に顔を合わせること無く退職届を部長の顔に叩きつけてそのまま帰宅。


 鬼電がかかるもパワハラの証拠をちらつかせると途端に大人しくなりそれ以降幸隆のスマホが鳴り響くことはなかった。


 パワハラで訴えて金を取りたいが、しかし幸隆もやり過ぎた。


 幸隆自身これでチャラだと考えているため、これ以上古巣に何かを望む事もない。


 望むのは新たな職場ただ一つである。


 (失業手当今月で最後じゃん。日雇いでもいいから食いつながねーと)


 暴力沙汰で会社を辞めた人間だ。


 狭い業界の横の繋がりは馬鹿にできず、面接では暴力沙汰の事を聞かれ詰んだ経験があった。


 おいおい、そういうのは法律違反じゃないのかよと思いもしたが、飲みの席でたまたまと逃げ道を用意しているときた。


 もちろん心の籠もっていないお祈りメールを頂戴した。


 「はぁぁーー希望がねぇ」


 飲んで気持ちを紛らわせようとグイッとビールを傾けた。


 すると暗い部屋を照らす唯一の光源であるテレビに派手派手しい男女の姿が目に入った。


 「ダンジョンねぇ」


 そこに映る男女の格好は世間一般的なファッションではなかった。


 スタジオの強い照明にきらびく金属の鎧に腰や背中に下げてある大きな武器は余りにも常識からかけ離れた異装だった。 


 「銃刀法死んでて草」


 幸隆はコスプレ染みたその姿が成り切りやごっこ遊びの範疇でないことを知っていた。


 その金属が本物の金属で見た目以上に重たいことも、ぶら下げる大仰な得物も実際に人を切り裂ける事も。


 「探索者ねぇ」


 テレビに映る美男美女の一行は撮影中の俳優でもなければ人気コスプレイヤーでもない。


 探索者。


 この世にダンジョンと呼ばれる馬鹿げた箱庭が幾つも現れ、世界のあり方が一新され、そしてその新たな世界の中心に君臨したのが探索者と呼ばれる狂人集団。


 己の命も顧みずに化け物共の首を狩って明日への駄賃にする無頼漢共だ。


 幸隆が子どもの頃は探索者はイメージが悪く、世間からの印象は最悪だった。


 事実としてあの頃の探索者の犯罪率は高く、素行が言いとは口が裂けても言えなかった。


 あの頃のイメージが未だに頭の隅に残っている幸隆は探索者に対して良い印象を持ち合わせていなかった。


 英雄だの勇者だのと持て囃される連中が現れて今ではすっかり世間様のヒーローだ。


 「犯罪率はまだまだ高いくせにねぇ」


 お国のプロパガンダをついつい疑ってしまいそうになるほどにメディアはヒーローを大プッシュしている。


 「夢はあるんだよなぁぁああ」


 探索者は自身の命をベットする分リターンも頗る大きい。


 高ランクの探索者が持ち帰る未知の金属や生物の一部、どうして建物の中から取れるのかわからない未知の樹木はその優れた性質から高値でやり取りされる。


 上澄みの探索者の年収は余裕で億を超える。


 中には3桁億円行く富豪もいるらしい。


 「だけど自分の命張るってのはなぁ」


 当然ではあるが幸隆は自分の命がいちばん大切だ。


 命あっての物種だとわかっている幸隆はどうしても自分の命をベットする気になれない。


 そもそも探索者に良いイメージがない故にそこまで堕ちたくないと勝手に思っている。


 財布を見る。


 中には札が何枚かと僅かな小銭。そしてクレジットカード。


 「あっ」


 思いだすカードの引き落とし日。


 そして部屋の隅に飲んで散らかして無造作に放り捨てられたカードの明細書とその金額。


 汗が出始めた。


 「まてまてまてまて」


 明細書をひったくって凝視する幸隆。


 その顔に余裕もなければ酔もなかった。


 「こんな額使ってねーだろ!!」


 合計金額に思い当たる節がない幸隆は詐欺を疑って一つ一つをつぶさに見ていく。


 「あぁ……」


 思い当たる節しかなかった。


 「もう今月ピンチじゃん」


 来月の生活がどうしようとかそんな悠長な話ではなかった。


 テレビを見る。


 そこには豪邸の中を案内する上澄み探索者のVTR。


 「くっ……!」


 背に腹は代えられない。


 「探索者になるしかねぇ」


 幸隆は明細書を握りつぶし、覚悟を決める。


 運転免許証とマイナンバーカードと財布、そして念の為スーツを着込んで家を出た。


 向かうはギルド。


 探索者達を管理する組合へ面接敗れの傷癒えないままに、されど生活の為にネクタイを締めいざゆかん。





 「はい、仮のお手続きは以上になります。本手続きは後日、当ギルドが行う調を通過後に行って貰うことになります」


 「……終わった」


 本堂 幸隆の探索者ライフは幕を開けることなく終わりを告げた。

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