第32話 瑠奈、タイの幽霊タクシーに乗車!? 長政は武士の力で退治を試みる!?
バンコクの熱帯夜。
仕事で遅くなった瑠奈は、重い足取りでオフィスビルから出てきた。時刻はすでに深夜1時を回っている。
「はぁ…疲れた…」
瑠奈は、スマホでタクシー配車アプリを起動しようとしたが、バッテリー残量がわずかしかないことに気づいた。
「やばい…充電するの忘れた…」
辺りを見回すと、ちょうど一台のタクシーが空車表示で停車していた。瑠奈は、アプリを使うよりも早く帰れると思い、そのタクシーに駆け寄った。
「スクンビット39まで、お願いします」
瑠奈は、後部座席に乗り込み、疲れた体に深くため息をついた。
車内は異様な静けさだった。 エアコンは効いているはずなのに、ひんやりとした冷気が肌を撫でる。瑠奈は、少し嫌な予感がして、運転席をちらりと見た。
運転席には、白い骨が浮かび上がっていた。 それは紛れもなく、人間の頭蓋骨だった。瑠奈は、恐怖で言葉を失った。
「え…え…ええっ!?」
瑠奈は、目を疑った。しかし、何度見直しても、運転席には骸骨が座っている。しかも、その骸骨は、瑠奈の方をゆっくりと振り返った。
「…お客様、どちらまで?」
骸骨は、嗄れた声で尋ねた。その声は、まるで墓場から響いてくるような、不気味なものだった。
瑠奈は、恐怖のあまり声が出ない。
『瑠奈! 落ち着くのじゃ! これはきっと、物の怪の仕業じゃ!』
頭の中の山田長政が、叫んだ。
「武士に怖いものなし! わしが、この物の怪を退治してやる!」
長政は、瑠奈の頭の中で刀を抜き放った。
「いや…長政さん、落ち着いて! 今の時代、刀は…」
瑠奈は、心の中で長政を制止しようとしたが、恐怖で声が震えていた。
「…お客様、どうかされましたか?」
骸骨運転手は、瑠奈の様子を怪しんで尋ねた。
「あ…いえ…ちょっと…気分が悪くて…」
瑠奈は、なんとか平静を装いながら答えた。
「…そうですか… それでは、窓を開けて、新鮮な空気を入れてあげましょう」
骸骨運転手は、そう言うと、ゆっくりと窓を開け始めた。
窓の外の景色が、不自然に歪み始めた。 高層ビルはねじくれ、道路は溶けていく。瑠奈は、自分が異次元の世界に迷い込んだような錯覚に陥った。
「これは…幻術か!?」
長政は、鋭く状況を分析した。
「瑠奈よ! この妖術を解くには、お主の心の強さが必要じゃ! 恐れるでない!」
長政の言葉が、瑠奈の心に響いた。
「そうだ… 私は… 私は負けない!」
瑠奈は、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「…お客様、目的地はどちらで?」
骸骨運転手は、再び尋ねた。
瑠奈は、骸骨運転手の目をじっと見つめ返した。
「私の目的地は… あなたが連れて行くべき場所よ」
瑠奈は、強い口調で言った。
骸骨運転手は、一瞬ひるんだように見えた。
「…お客様、それはどういう…」
骸骨運転手が、言葉を続けようとしたその時、瑠奈のスマホが鳴った。それは、瑠奈の親友、ソムからの着信だった。
瑠奈は、骸骨運転手に「ちょっと待って」とジェスチャーで伝え、着信に出た。
「もしもし、ソム? どうしたの?」
「瑠奈、まだ仕事? 遅くない? 迎えに行ってあげようか?」
ソムの優しい声が、瑠奈の心を落ち着かせた。
「大丈夫、もう帰る途中… あ、ちょっと…」
瑠奈は、骸骨運転手をちらりと見た。骸骨運転手は、瑠奈の会話に耳を傾けているようだった。
「瑠奈、どうしたの? 変なやつに絡まれてない?」
ソムは、瑠奈の様子を察知したように尋ねた。
「ううん… 大丈夫… ちょっと… 面白いタクシーに乗ってるだけ…」
瑠奈は、苦笑いしながら答えた。
「面白いタクシー? どういうこと?」
ソムは、不思議そうに尋ねた。
「いや… それは後で説明する… もうすぐ帰るから」
瑠奈は、そう言って電話を切った。
「…お客様、そろそろ…」
骸骨運転手は、瑠奈に促すように言った。
瑠奈は、骸骨運転手に「ちょっと待って」とジェスチャーで伝え、スマホのアプリを探し始めた。
「…お客様、一体何を…」
骸骨運転手は、瑠奈の行動に困惑しているようだった。
瑠奈は、「お経」を読経してくれるアプリを見つけた。
「これで… きっと…」
瑠奈は、アプリを起動し、お経を流した。
車内に、厳かな読経が響き渡った。
骸骨運転手は、その音を聞くと、苦しげな表情を浮かべた。
「…な… なんと… これは…」
骸骨運転手の体が、煙のように消え始めた。
「…お客様… ありがとう… 私は… 成仏できます…」
骸骨運転手の最後の言葉とともに、タクシーは元の姿に戻った。 運転席には、もう骸骨の姿はなかった。
瑠奈は、安堵の息をついた。
『…な… なんじゃと!? お経で… 成仏…? わしの時代には、そんな…」
長政は、時代錯誤に愕然としていた。
瑠奈は、タクシーを降り、深呼吸をした。
「長政さん、ありがとう… そして… ごめんなさい…」
瑠奈は、心の中で長政に謝罪した。
瑠奈は、ソムに電話をかけ、迎えに来てもらうことにした。
「ソム、やっぱり迎えに来て」
「わかった、今すぐ行く! どこにいるの?」
「えっと… 場所は… あれ?」
瑠奈は、周囲を見回した。しかし、そこは、見知らぬ場所だった。
「…私… どこにいるの…?」
瑠奈は、再び不安に襲われた。
しかし、瑠奈は、もう一人ではない。
頭の中の山田長政、そして、駆けつけてくれるソムがいる。
瑠奈は、深呼吸をして、前を向いた。
「大丈夫… きっと、なんとかなる…」
瑠奈は、そう自分に言い聞かせ、ソムを待った。
バンコクの夜は、まだ終わっていなかった。
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