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 魔術師たちの会議は翌日まで続き、王都に籠城する場合の計画書と、王都から避難する場合の計画書をまとめた。いずれもミラーレを打破するものではなく、天使の後方支援の可能性に言及するに留まっていた。

 計画書を執政官の元へ提出するのは、協会長のブラウと軍属のフォイル、それからノイアが選ばれた。

 会議は徹夜で行われたため、普段は冷静なブラウでさえ少し余裕を失っていた。

「説明する際はできるだけ黙っていること。執政官の前で煽るような台詞を言った場合には即刻王都の外へ追い出します。フォイル、特にあなた」

 あくびをしていたフォイルは突然釘を刺されて目を見開いた。

「何を驚いているんです、あなたは自分で思っているほど慎みある人物ではありませんよ。あくまで軍属魔術師の立場として事実を述べるだけにして、私情を挟まないこと」

「はいはい、そういうあんたも今日は気をつけろよ。徹夜明けじゃ誰もがらしくないことをするものさ」

 ブラウは不機嫌そうに口元をゆがませた。

「心の準備ができたところで行きましょう。執政官殿は首を長くしてお待ちよ」

 一行は身なりを整え心の準備をして、王宮内にある執政官執務室へと赴いた。

 王宮内はひりついた空気が漂っていて、誰もがせわしなく動き回っていた。途中で月の魔術師たちとすれ違ったが、彼らもまた忙しそうに早足で歩いており、協会の魔術師たちを気にする余裕はない様子だった。

 執務室では二人の執政官が厳めしい顔をして待っていた。主に内政をつかさどるルキウスと、主に外交や軍務をつかさどるアイゼンだ。

 計画書を持参する前に、ミラーレの言葉が書かれた符号書は二人の元へ届けられており、すでに戦いは避け難い状況であることは共有されていた。

「挨拶する時間も惜しい、さっそく説明してもらう」

 ノイアとフォイルが机の上に作戦案を書いた資料を並べた。

「どうやって戦うつもりだね?」

 アイゼンがあご髭を撫でながら作戦案を覗き込む。

「いえ、戦うのは難しいという結論に至りました」

 ブラウの返答に、ぴたりと二人の執政官の動きが止まった。

「今なんと言ったんだね」

「戦うのは難しいと申し上げました、アイゼン様」

「私の話がうまく伝わらなかったらしいな、戦って退けよと言ったのだ。そしてその方法を魔術師で考えろとな。それとも得意の魔術では太刀打ちできないと言うのか? 近年の進歩は戦の方面にはまるで影響を及ぼしていないと?」

 アイゼンの厳しさを感じる物言いにも、ブラウは全く動揺を見せずに答えた。

「ええ、私たち魔術師では神には敵いません。そもそも魔術とは魔力を用いて引き起こされるささやかな奇跡のようなもの、神もまた私たちと同じ魔力を用いて大きな奇跡をいともたやすく引き起こすのです。勝ち目はありません。交渉を続けつつ王都に籠城するか、王都の民を避難させて逃げ続けるか、これが私たちからできるご提案のすべてでございます」

 フォイルの制止の視線に気づかないままブラウは堂々と断言した。二人の執政官は落胆を沈黙で伝える。

「もちろんこれは月の魔術師たちが結界補修に失敗した場合の作戦です。私どもとしては、王都の結界の補強や維持にも人員を回す用意がございますし、天使様が戦われるのであれば後方支援する所存です」

 協会とは微妙な関係である月の魔術師とも連携を取る態度を見せても、二人の反応は芳しくなかった。ブラウはたまりかねたように言う。

「王国軍も匙を投げた問題でしょう、事の詳細を知らされていない魔術協会を責める筋合いがおありだと? 本気で対処したいというのなら天使を呼ぶほかありません、それは理解されているでしょう」

 とうとうフォイルがブラウの腕をつかんだ。

「落ち着け、ブラウ。そこまでにしておけよ」

 執政官たちは憤りを露わにしたブラウに対し、一瞬だけ気まずそうな顔をしただけで、侮蔑や嘲笑を向けることはなかった。

「協会長殿、そう大きな声を出さないでいただけるかな。私どもも魔術協会とは良好な関係性のままでいたいと思っている。それより対策案をまとめていただき感謝する。元より過度な期待は寄せていない、何しろ我々は人間なのだから」

 思いのほか穏やかな声色でルキウスが言うので、ブラウの勢いがそがれた。

「月の神は尚も沈黙されたままで、陛下の呼びかけに応じられることもない。王国軍でも魔術協会でも無理だとなれば、もはや最後の手段に頼るしかあるまい」

「みな思っていることは同じだ、協会長殿。人と神との諍いの調停者がこの王都にはいるのだから」

 アイゼンとルキウスは楽しそうに笑い声をあげた。心の底から愉快で仕方がないという笑いだった。

「これだけ事態が急を要するとなれば、あのイレネウスも拒否できまい」

「やれ王国軍に戦わせろだの魔術師に対処させろだの言われてきたが、もう逃がさんぞ」

 二人はうきうきした様子で補佐官に魔術協会からの提案書を片づけさせた。

 ブラウとフォイルは訴えかける視線をノイアに送っていたが、当のノイアは眠たげな目をしているばかりで何も言わなかった。

「魔術協会のご協力には感謝する、防衛や避難で助力を依頼するだろうからその時はまた頼むよ」

 執政官二人が部下を率いていそいそと部屋を後にすると、フォイルが言った。

「まったくとんだ茶番に付き合わされたな。天使を戦場へ引っ張り出すための口実づくりに利用されるなんて、気に入らねえな」

 それにしても、とフォイルがにたりと笑う。

「ブラウ、おまえが喧嘩っ早いのを忘れてたよ。大人しそうな顔してるのに手を出すのが一番早いんだ。学生の頃なんか……」

「今そんな話をしている場合ではないでしょう。それよりノイア、あなた天使様について何も言わないなんてどういうつもり?」

「これから大聖堂に向かうのなら遠からず知ることになります。私の出る幕ではありませんよ」

 ノイアはまるで悪びれもせず言って、あくびをした。ブラウは話にならないと首を振った。

「なんだか拍子抜けだけど、帰りましょう。本当にフォイルの言う通り、とんだ茶番に付き合わされて疲れたわ……」

 三人が執政官室を出ると、女の魔術師がノイアに声をかけてきた。ブラウとフォイルは女のローブの色を見て表情をこわばらせた。

「そちらがノイアさんよね、急で申し訳ないけど、私と一緒に来てくださる?」

「ええ、失礼ですがどちら様でしょう」

 女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「ごめんなさい、私ったらそそっかしくて。初めまして、私はグレイ・ミントゥカ。王女様付きの魔術師よ。やんごとなき御方があなたに会いたいと仰せよ」

 ブラウとフォイルは先に帰ることになったが、ブラウはノイアに耳打ちした。

「拒否権はないでしょうけれど、作戦へ不参加なら魔術師登録の抹消の話もなしよ」

「承知いたしました」

 ノイアの殊勝な返事に対し、ブラウは胡乱な視線を送り、フォイルは喉の奥でくつくつと笑った。

 二人と別れたノイアは、グレイに王女の部屋へと案内された。

 フローライトはお茶を飲みながら待っていた。ノイアの姿を認めると、グレイ以外の召使いを下がらせた。

「ご用件は?」

 ノイアが単刀直入に聞いた。グレイが小さく息を飲んだ、王族に対する不作法に驚きを隠せなかったのだ。

「不躾ね、挨拶さえしないなんて。牢に閉じ込められたいのかしら?」

 フローライトは不機嫌そうに言った。気丈に振舞っていても、ノイアに対する恐怖を隠しきれてはいなかった。あの夜の出来事がフローライトの心に暗い影を落としていた。

「王宮には魔術師専用の牢があるんですよ」

 グレイがこっそりとノイアに教えた。

「あなたなら牢を破れますか? でも無理か、魔力の流れをせき止める石でできた手錠があって、それを付けられると魔術が使えなくなっちゃうんですよ。怖いですよね……」

 グレイ、とフローライトが話を遮る。

「静かにしてもらえるかしら、あなたは余計な話が多くていけないわ」

「ごめんなさい」

 グレイは顔を真っ赤にし、体を縮こまらせた。フローライトは悩まし気な顔をしたが、そこに侮蔑の感情はなかった。

「話をしましょう、ノイア。こちらへ」

 ノイアが椅子に座ると、グレイがティーポットを遠くから操作してお茶を注いだ。薔薇の香りがふわりと立ち上る。

「ルチアを外に出したわね」

 冷ややかな声でフローライトは言った。

「天使様におあつらえ向きの危機をご用意されたというのに邪魔をして誠に申し訳ないです」

 フローライトの頬がさっと青ざめた。抜けるように白い肌から血の気が引くと、まるで陶器のようだった。

「……どうやったのかしら、首輪がなくたってあの子が外に出られるわけがなかったのに。月の魔術師も、魔術協会だって大司教の命で天使を監視していた。天使は生死を問わず有用ですもの。王都を出て行ったらすぐに気づかれるはずだった。でもまだ大ごとになっていない、大司教様だって気づいていないと聞くわ。そうでなくても行った先で騒がれないはずがない、だって、あの子は天使だもの」

「ですがあなた様は気づかれた、さすがですね。私はささやかな目くらましと錯視の魔術をかけただけです」

「魔術式というものかしら」

「ええ、よくご存じで。王都の魔術師はほとんどが古典魔術を専門としているので、現代魔術には対応しきれていないのです。想像力を四六時中働かせるのは人間には不可能です。そういった制約を受けない点が、現代魔術の優れた点ですね」

 フローライトの後ろで控えているグレイが唇をつんと尖らせた。類まれなる想像力を持つ彼女は、かつて最高の魔術師の一人になるだろうと言われてきた。しかし、現代魔術の台頭によりそれは叶わなくなった。

「それが本題ではないでしょう?」

「ええ、そうよ。あなたを王宮魔術師に任命します、もちろん王女付きのね。当然、一介の魔術師に拒否権は認められないわ」

「急なお話ですね、私は天使様の護衛候補試験の最中です」

 宮廷魔術師の任命にもノイアは全く驚かず、淡々と言うばかりだった。その様子にフローライトは苛立ちを募らせる。

「いつまでも白々しい台詞を言うのはやめてもらえるかしら? 仕える存在がいなくなったのに護衛になんてなれるはずがないわ、あなただって天使を捕まえられなかった間抜けな魔術師の一人に過ぎない」

 フローライトは立ち上がって、グレイから鮮やかな瑠璃色のローブを受け取った。それは王族にのみ許される色であり、その所有物の証だった。

「さあ、立ちなさい、ノイア・オブシウス。指名手配犯になって、神だけでなく人からも追われる立場にはなりたくないでしょう」

「でっちあげるなら罪状は何です?」

「王女に夜這いした罪ではいかが?」

 グレイが吹き出した。

「慎んで拝命いたします」

 ノイアはフローライトの前に跪いてローブを受け取った。

「それで、私に何をさせたいのでしょう?」

 ノイアは無造作にローブを羽織った。背中に縫われた白い百合の紋章の刺繍が薄く虹色にきらめく。

 フローライトはノイアを支配下に置いてなお緊張した面持ちのままだった。

「ルチアを連れ戻して」

 ノイアはその瞳に冷たい光を宿らせた。

「おや、難しいご要望ですね。生憎ですが、どこにいるのか存じ上げません」

「それが世界一の魔術師の返事なの?」

「詐欺師の触れ込みを真に受けているようではいけませんよ」

 どうなのかしら、とフローライトがグレイに水を向ける。グレイが忌々しそうに言う。

「魔術の全く新しい分野を開拓したという点で彼に勝る者はありません。それに、考えなしで天使様を外に出すような迂闊な人とも思えません」

「同意見ね」

 フローライトがノイアのローブを掴んで引き寄せ、ノイアの耳元でささやいた。

「あれだけのことをしたあなたが、ルチアとの繋がりを簡単に手放せるわけないわ。私の前で良い人ぶらないで、本当は天使の隣に立つことさえ憚られるような邪悪な心を持っている癖に」

 ノイアは終始無表情だったが、フローライトの言葉を受けてようやく口元に薄笑いを浮かべた。

 フローライトはノイアを突き飛ばしたが、ノイアは少しもよろめかなかった。その顔からはすでに笑顔は消えていた。

「ルチアを連れ戻したら王宮魔術師から解任してあげる、あなたに求めるのはそれだけよ」

「ありがとうございます、王女様。くれぐれも約束を破られぬように願います」

 ノイアの刃のように鋭い視線を向けられたフローライトは、さっとグレイの後ろに隠れた。

「ただし、できなかったら一生こき使ってあげる、魔術だって使わせない」

「左様でございますか。では念のため庭師の職を希望しておきます、薔薇園の手入れをさせていただきたく存じますので」

「減らず口ばかり! おしゃべりはもうたくさん、早く行って」

 フローライトはしっしっと手を振ってノイアを追い払おうとするが、ノイアはまだその場を動かなかった。

「最後に一つ伺っても? ミラーレ神の封印された洞窟の封印にはどうやって亀裂を入れたのですか?」

 ノイアが断定的に言っても、フローライトは驚くどころか不敵な笑みを作った。見破られていることくらい想定済みだったという風に。

「あの結界は、三つの石によって作られていたの。二つは洞窟の入り口に、そしてもう一つは責務を負う王の末子に」

 フローライトはドレスの下からネックレスを引っ張り出すと、ノイアに見えるように掲げた。

 爪一つ分の大きさの水晶のペンダントがついている。水晶には蜘蛛の巣状の亀裂が走っていた。

「月の神の加護は常に王の第一子にだけ与えられる。そのほかの子は常に影を背負って生きていくのよ。ミラーレのことだって、私の責務の一つに過ぎない。私は生涯自由を得られない、ルチアと違って」

 吐き捨てるようにフローライトは言って、ペンダントから手を離した。胸元で揺れる水晶は今にも砕け散りそうだった。

「左様ですか」

 ノイアは温度のない声で言った。

 王女の部屋を後にすると、瑠璃色のローブを羽織ったノイアは王宮中の視線を独占した。

 宮廷魔術師はノイアを除いて三名しかおらず、鮮やかな青い色は目立つことこの上なかった。

「フローライト様のされたこと、怒っていますか?」

 ノイアを王宮の外まで見送るよう言いつけられたグレイがこわごわと言った。

「いいえ、怒る資格がありませんので」

「へえ、怒りに資格の有無とか必要とするなんて、面倒な人ですね」

 グレイはにこやかに言ってから自らの発言を省みて、すみませんと消え入るように言った。

「こんな話がしたいんじゃないのに、脱線して失礼なこと言ってしまって……。私の話はともかく、今のフローライト様の心の支えは天使様ただおひとりなんです、だから危険な真似をしてでも帰ってきてほしいと願われているのです」

「そのためには人々が犠牲になってもいいとお考えなのですね」

「人々で一括りにするなんて本当に無礼ですね。王族の命と市井の人間の命の重みはまるで違うじゃありませんか」

 グレイはさも当然のように言った。

 身分に関係なく命を平等に見ているものは、ルチアくらいのものだった。

「しかし、神を唆し王都へ襲撃をさせるなど、王国に対する反逆に等しい行いでは?」

 ノイアの問いに、グレイは不敵でいてぞっとするような諦めのにじむ瞳で答えた。

「ええ、全くその通りです。フローライト様は国王陛下を試しておられるのです。悪逆がどこまで許されるのか、可愛い娘と王国の民の平和と命を天秤にかけて、自らへの愛を知りたがっている。陛下はフローライト様の行いを咎められたことがないのですよ。初めこそ生まれてすぐに王妃が亡くなり、母親のいないフローライト様を哀れんでのことでしたが、それは徐々に恐怖によるものへと変わりました」

「そして、ついには王国を転覆させかねない行いをし始めた、と。殿下が命を狙われたのも、それが原因ですか?」

 グレイが眉間に皺を寄せて表情を険しくした。

「さあ、まだ首謀者は捕まっていませんから何とも言えません、現在も捜査中です。実行犯は取り囲まれた際に自死してしまって、何も聞き出せなかったそうです」

 グレイは唇を噛んで虚空を睨み始めた。肝心な時に現場に居合わせずフローライトを守れなかった自分を責めていた。

 そんなグレイを見つめながらも、ノイアは全く関心を示さずに話題を変えた。

「もし天使様が王都へ戻られた暁には、フローライト様はどうされるのです?」

 グレイは一瞬だけむっと口を結んだが、すぐにノイアに人並の同情を期待するのは無理だと諦めた。

「そこまでは私も聞いていません。どこにも行かず側で守ってほしいとお考えなのでは?」

 グレイはすうっと目を細めた。

 彼女の周囲の空気が魔力をはらんでばちばちと音を鳴らす。

「あなたはきっと反対されますよね、それこそフローライト様に盾突いてでも阻止しようとしますよね?」

「……なぜそんな質問を?」

「なぜって、そうなった時には私が相手になるからですよ」

 薄い色の唇の間から白い歯が覗き、抑えきれない興奮がその頬を上気させる。古典魔術師の頂点に立つ女は、これまで隠して生きてきた闘争心を全身から溢れさせていた。

「一度、戦ってみたかったんです。魔術の祖の再来と呼ばれたあなたと。もしもその時が来たら、ぜひ相手になってくださいね」

 グレイはにこやかにノイアを見送った。

 ノイアが魔術協会本部に戻ったときには、協会の魔術師たちはノイアが宮廷魔術師になったことを知っていた。

「あなたって本当に忙しい人ね、それで王女様に何を言われたの? 結界石が壊れた原因とか話していなかった? というか作戦には参加するのよね?」

 本部に戻ってきたノイアに対し、ブラウが矢継ぎ早に言った。その後ろにいたフォイルやアマレットは笑いをこらえていた。

「協会長、すでにお休みになられているかと」

「これから帰って寝るわよ。それで、何を言われたの?」

「ご心配には及びませんよ。お遣いが終われば宮廷魔術師の任を解かれます。魔術師を辞する気はなくなっていませんし、防衛作戦にも参加します。ミラーレ神の結界を壊した理由についてははっきりとは仰っていませんでした」

「そう……。ところでお遣いって?」

「天使を連れ戻せと」

「できるのね?」

「ええ、おおよその居場所は調べられます」

 ノイアが淡々と言うので、ブラウが目を瞬いた。

「あなた、会議の時にはそんなことおくびにも出さなかったのに。聞かれてないことは全然言う気がないのね、王都の危機だっていうのにひどい男」

 ブラウは同意を求めるようにフォイルたちを見遣ったが、思い当たる節があるのかフォイルは顔を背けて誤魔化した。

「ノイア、貴方に天使様へ会議室で見聞きしたことを伝える許可を与えます。それから、天使様が戻ってこられるようなら魔術協会はその後方支援をする用意があると伝えてもらえるかしら」

「承知いたしました。ところで、転移盤を使用したいのですが、案内していただけませんか?」

 ノイアはブラウとフォイルに連れられ、転移盤の置かれた部屋に案内された。部屋には誰もおらず、転移盤がある他に待ち合わせ用の座椅子が置かれているだけでがらんとしていた。

 フォイルが転移盤を顎で示して言った。

「あんた転移魔術も作ったんだろ、ついでに魔術式が壊れてないか見てくれよ。俺を含めここの連中は魔術式はからっきしでね」

「わかりました。転移盤はあまり使用されていない様子ですね」

「仕方ねえだろう、よくわからないものは怖いのさ。魔術師にとって恐怖心は大敵さ、自らの想像で死にたくねえからな」

 転移盤は円筒型の台座だった。巨大な黒色大理石でできており、側面には渦巻き模様に似た魔術式がびっしりと刻まれていた。魔術に明るくないものが見ればそれは神の像を置くための荘厳な台座にしか見えないであろうそれは、人や物を上に乗せて遠方にある別の盤の上へと転移させる魔道具だった。

 ノイアが魔術式を点検している後ろで、フォイルがしげしげと瑠璃色のローブを眺めた。

「しかしおまえさん、その色が全く似合わんな」

「自分でもそう思います」

「それで次は白に染まりたいと」

「……些か語弊がありますが、護衛になることは諦めていません」

 ノイアは点検を終えて立ち上がった。魔術式の彫刻は問題なく機能しており、魔力の流れにも問題はなかった。

「なぜ天使の護衛に志願したんだ?」

 フォイルの質問は尚も続き、ブラウもそれを止めなかった。

「護衛になりたかったからです」

「答えになってねえだろう」

「それ以上でもそれ以下でもないということです」

 フォイルは腕を組み、ノイアを見定めるようにじっと見つめた。ブラウもまたノイアの発言の真意を見極めるように視線を注いでいた。

「天使など、太陽の神の命令に従い続ける人形みたいなもんだろうが。おまえは現代魔術を作ったおかげで一生食うには困らん、死ぬまで働く必要さえない。そうでなくても王宮魔術師にもなり、ゆくゆくは魔術協会長、いやもっと高い地位にまで上り詰められるはずだ」

 ブラウはフォイルの脇腹を肘でつついて無言の否定を示した。

「いや、協会長の地位やお前を馬鹿にしている訳じゃ……。ともかく、お前が天使に固執する理由は何だ?」

 フォイルは誰もが抱いている質問をぶつけた。

「あの子のそばに居られるなら、他には何もいりません」

 わずかに感情の乗った声で言って、ノイアは台座の上に立ち、靴先で魔術式をなぞって転移魔術を起動させた。

「行ってまいります。お話の続きはいずれまた」

 フォイルとブラウはノイアの姿が盤上から消失するまで見届けていたが、その顔には不満の色がありありと浮かんでいた。

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