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ノイアが連れてこられたのは二階にある会議室だった。本部の重鎮たちが沈痛な面持ちで集まっていたが、ノイアを見た彼らの表情はいくばくか明かるさを取り戻した。
「初めましてノイア。私は協会長のブラウ・ラント」
長テーブルにかけている女が立ち上がって自己紹介をした。色彩の魔術師と呼ばれ、数々の教会美術を手掛けてきた女だった。
魔術によって絵を描く画家で、中央大聖堂の天井画を手掛けた。その類まれなる想像力と技術によって西方の片田舎から中央へ引き抜かれてきたが、近年は協会長に就任したことで創造的な仕事からは離れてしまっていた。
「護衛の選抜試験中に申し訳ないけど、王都防衛の協力を要請します」
壁際に控えていた年若い魔術師が、説明します、と言って前に進み出た。
「念のためですが、これは極秘事項です。会議室には第一級の情報遮断魔術が施されていますし、この部屋の外ではここで聞いたことを話すことはできなくなります」
「その魔術式の開発者はそいつだぜ」
片眼鏡の男が気だるげに話に割り込んだ。年若い青年はノイアの顔を再び見て顔をさっと赤らめた。世に出回っているほとんどの魔術式の開発者はノイアだった。
「いいから続けろ、話が進まないだろう」
見るからに軍属の男が声を荒げた。青年は咳払いをしてから説明を始めた。
「失礼いたしました。南方の神ミラーレの王都侵攻が見込まれています。今朝、遺体とともに言伝が届きました。詳細は伏せますが、とある約束を破られて怒っているのでその意趣返しにくるとのことです」
「ミラーレとは、赤い竜の?」
青年は暗い顔で頷いた。
「はい、その通りです。かつての王によって南方の洞窟に封印されていましたが、どうやら封印が解け始めた模様です。ただ、神とはいえ封印されて二百年近く経っており、すでに信仰が失われていますので、神格を喪失して魔性に変じつつある可能性もあり……」
ノイアが手を上げて発言を求めた。
「お話し中に申し訳ありません、なぜ魔術協会でこのような会議が行われているのかからご説明いただけないでしょうか。防衛だけならば月の魔術師と王都の結界の魔力供給について話し合っていただければ問題ないでしょう」
王都は不可視の巨大な結界によって覆われている。それは魔神の息子である復讐の神の攻撃さえ防ぐとされる世界で最も強固な結界だった。王国建国当初から今日に至るまで揺らいだことさえなく、たえず王都の人々を悪意から守り続けている。
王都の結界は月の神に仕える魔術師たちが維持管理を担っており、彼らは魔術協会に属さない一族だった。
報告係は乾いた唇をなめ、副協会長のアマレット・フォンデに視線を送った。アマレットは王宮との連絡役でもあった。
「気を使わなくてよろしい、すべて詳細に説明してください。協会長は要請と言いましたが、ノイア・オブシウスに拒否権は認めません。また、今回の防衛作戦に参加しない限り、ノイア・オブシウスに魔術師登録抹消を承諾もいたしません」
ノイアは天使の護衛候補者に名を連ねてから、協会に魔術師登録抹消を願い出ていた。しかし、今日までそれは認められてこなかった。
「では作戦に参加すれば抹消していただけると?」
ノイアはわずかに口元を緩めて言った。会議室に集まった一同の顔に苦々しいものが浮かび、副協会長に視線が向けられた。
魔術師登録の抹消が認められることは稀なことだった。生まれながらに魔力を持った特殊な人間たちを管理することが協会の意義であり、その構成員が多ければ多いほど協会にとって利益になった。神に仕えていた魔術師が眷属に召し上げられるか、加齢により魔術の行使が不可能になるか、その二つの事由でしか抹消は認められたことがない。
副協会長アマレットは、協会長のブラウと視線を交わし、二人はしぶしぶといった風に頷いた。
「まずは作戦に参加すること、それから天使の護衛に正式に認められること。この二つを条件といたします」
アマレットの返事を聞いたノイアは満足げに目を細めた。
会議室のあちこちからはため息やうなり声が漏れる。
血統や伝統を重んじる由緒正しい中央の魔術師たちは、ノイアという伝統を揺るがした魔術師を忌避するが、協会が彼を手放すことも歓迎していなかった。ノイアが開発した魔術式の使用料の一部は魔術協会へと入っており、ノイアが登録抹消された場合にはその利益を失うというのも痛手だからだ。
「説明を続けて」
アマレットが言うと、青年は咳払いをして話を再開した。
「本防衛作戦に魔術協会が参加するよう要請されたのは執政官殿でございます。最も、防衛そのものについては貴殿の仰った通り、月の魔術師が本作戦の要となります。ですが、近年の魔術の技術向上により神々の威光は衰えつつありますから、人間でも神々に対抗する手段を模索するようにとのご指示です」
ノイアがうなずいて話の先を促すと、青年は表情を和らげて話を続けた。
「話を元に戻します。本日明朝、一人の遺体が風に乗って王都へ送られてきました。遺体は南方にある王族の別邸の庭師のものでした。遺体には言伝が書かれていました。洞窟から出すという約束を反故にされて怒っている、これから王都へ赴くゆえ、贖罪の機会を与えると。言伝の内容については意図が不明瞭で、そもそもどなたとの約束を指しているのかさえわかりません。先ほども申し上げた通り何しろミラーレ神が封じられたのは二百年以上も昔のことで、神格を失い正気も失っている可能性も否めません」
「王女フローライト様は何もご存じないのでしょうか? 最近まで南方の別邸で療養をしていたと聞いています」
「王女殿下にはお心あたりはないとのことで、王族の務めを果たした時にはミラーレ神と言葉も交わさなかったと仰っていました。王族の務めとは、一年に一度、洞窟へ赴き供物として食べ物や花を捧げる習わしのことです。洞窟は禁足地となっており、王族以外の侵入は認められていません。さて、現状ですが、ミラーレ神が洞窟を出たという話は報告に上がっていません。送られてきた遺体は、神の奇跡によるものか、或いは周囲の人間を操って庭師の遺体を送ってきた可能性も十分に考えられます。現在の洞窟の状況については……」
報告係が視線を送ると、主に人事権を担う管理局局長カーラレンス・ピュントが言った。
「報告はまだですが、遺体の件を伺ってすぐに符号本を持たせた伝令を向かわせましたので、本日中には確認が取れるかと」
「ありがとうございます。私からの報告は以上となります。王宮は今回のミラーレ神の侵攻を退けることを願われています。協会の皆様のご協力は不可欠です、どうかご尽力くださいませ」
報告係はミラーレを退けろとは言ったが、ミラーレ殺せとも王都を守れともはっきりとは言わなかった。
アマレットが報告係を下がらせると、会議室内はざわざわとし始めた。誰もが期待を込めた視線でノイアを見ていた。
アマレットがすっくと立ち上がって言った。
「これからミラーレ対策案について話し合います、意見がある者は手を上げなさい」
さっそく軍属の魔術師が手を上げた。王国軍の魔術師フォイル・ガンだ。
「魔術魔術って一括りにされたままだからこんな事態に陥っているんだと思うがね。ああ、一つ言わせてもらえるか? 魔術の進歩って言ったって、そりゃ俺たち古典魔術師には縁のない話だ。そろそろ名称を分けることを提案したいが、どうだ?」
アマレットの隣のブラウが今にも噛みつきそうな目で睨んだので、フォイルは話を戻した。
「失礼した。これまで魔術師だけで神を退けるのに成功した事例はない、それは現代魔術を以てしても変わらなかった、そうだな?」
「おっしゃる通りです。神や魔性が消えるまで逃げて耐えた事例しかありません」
アマレットが苦しげに言った。
「だよな。魔術師がいくら集まったって歯が立たないのは自明だ、それはどっちの魔術だって変わらない。だが、魔術の祖の再来とやらであれば勝てるのか?」
揶揄を込めてフォイルが言った。面々の視線が一気にノイアに集まる。
ノイアは静かな調子で答えた。
「難しいでしょう。洞窟へ向かったとしても食い殺されるのがせいぜいです。王都へミラーレが来たとしても変わりません。この土地の魔力のほぼすべては結界の維持に使われています。月の魔術師が強度を下げる危険を冒してまで魔力を融通してくれるとは考えにくい。神核を破壊できる魔術式を構築できたとしても魔力が足りないことは言うまでもなく、実行には移せません」
「まるで魔力さえ足りれば神さえ殺せると言っているようだな」
「まさか、神殺しなどできかねます。そんな魔術を隠し持ってもいません。私にできることは厳しい冬を超える術を見つけることであって、冬そのものを消し去ることではございません」
ノイアの用いた喩えに、数人の表情が引きつった。冬の神がノイアに殺害予告をしていることは周知の事実だった。
魔術式が開発され、住環境や暖房設備が各段に改善したことにより、北方で冬の冷え込みや雪による死亡者が激減した。それによりおのずと冬への恐れは薄まり、冬の神の力もまた弱まった。冬の神はこの結果に激怒し、ノイアに対して殺害予告をするに至ったのだった。
続けて魔術学校長が手を上げた。
「籠城戦で弱ったところを狙うというのは難しいのでしょうか?」
これに対してはフォイルが答えた。
「難しいだろうな。賭けに出るには危険すぎる。結界は復讐の神の攻撃にさえ耐えるだろうというのが月の魔術師たちの見解だが、中の人間たちが持たない。王都は周辺との交易で食料をまかなっているのが実情だ、結界の中に閉じこもればすぐに食糧が不足する。結界内外の人の行き来をミラーレが見逃すまい。生活用水や工業用水だって水道橋が壊れれば王都へは届かない。魔性の消滅までの時間はあんたが詳しいだろう?」
フォイルに水を向けられ、資料室室長のプライマル・キーンが解説する。
「神であれ魔性であれ、王都から退くか消えるかを待つのは危険だ。魔性になってから消滅まで一日と経たなかったこともあれば、魔性に変じてから十年経って今なお消滅に至っていないものもいると言う。つまり、いつまで待つべきか全くわからないということだ」
籠城戦が難しいとわかると、ため息があちこちで聞こえ、発言は控え気味になった。アマレットが苛立たし気に言う。
「有効な手立てを持っているものは?」
またしても沈黙。ノイアに視線が集まるが、ノイアは穏やかな表情で首を振ってわずかな希望を打ち砕いた。
そんな中、フォイルが手を上げた。
「馬鹿馬鹿しい、俺たちだけで話し合っててどうにかなるものかよ。執政官のご機嫌取りのために取り繕ったところで危機的状況は変わらん、魔術師だけでは無理と報告するしかない。天使を呼ぼう。天使が戦い、魔術師が全力で後方支援を行う。それしかないだろう」
誰もあえて口にしなかった案だった。管理局局長カーラレンス・ピュントが手を上げて発言した。
「あの大司教様が許可を出すでしょうか?」
「馬鹿言え、これまでの諍いでは天使はまだ子どもだからと突っぱねられてきたが、天使はもう十六になった。護衛をつけようとしているのだって外に出すための準備だろうが。大司教なんて通さず本人に話をすれば喜んで協力するだろうよ」
威勢よく言うフォイルに励まされるように少しずつ場の空気が上向いてきた時、アマレットが言った。
「魔術師だけで対応できないと報告するだけでは執政官は納得しないでしょうから、ほかに案がないようであれば天使様にさっそく話をしに行きます……」
アマレットの声がしりすぼみになって消えた。ノイアが手を上げていた。再び期待のこもった視線がノイアに集まる。
「天使様ならいらっしゃいませんよ」
誰もノイアの発言の意味が理解できず、困惑の声が上がる。アマレットもまた首を傾げて言った。
「天使居館にはいないということですか? あなたとの追いかけっこのために王都へ出ているというのであれば……」
「申し訳ありません、言葉足らずでしたね。天使様は王都にはいらっしゃいません、昨日旅立たれるのを見送りました」
完全な沈黙が場を包んだ。この男は何を言っているのだろうと全員が思った。
かつて十歳のノイアが魔力を特殊な言葉によって操る新しい魔術について説明した時でさえ、ここまでの困惑は起こらなかった。
「出て行ったって、どうして……?」
協会長のブラウが責任感を発揮して尋ねた。
「様々な事情でこれまで叶わなかったようですが、外に出たいと仰っていましたので少し手助けをして送り出しました。残念ながら間が悪かったようですね、まさか王都が天使の力を必要とする日が来るとは。しかし、これまでの天使様への仕打ちを考えれば当然の報いかもしれませんね」
ノイアはまるで悪びれもせずに言った。それどころかどこか楽しげでもあり、罪悪感を抱く様子は欠片もなさそうだった。
石の男、と誰かがぼそりと言った。ノイアが陰口を叩かれる時の呼び名だった。およそ血の通った人間とは思えない言動が、その名前の由来だった。
「何が当然の報いだ! 誰かこいつの記憶を覗き見ろ、天使様の行き先を白状させてやれ!」
月の魔術師の家系の老人が顔を真っ赤にしながら叫んだ。しかし、ノイアは涼やかに微笑む。
「行き先を伺っておりませんので記憶を覗くのは無意味です。ああ、そういえば梟は夢の中だったようですね」
老人は青筋を立ててノイアを睨みつけたが、なけなしの理性で月の魔術師が天使を監視しているという魔術師たちの公然の秘密を認めることはしなかった。
「天使がいないではどうする? 我々は盾にもなれんぞ、王都を捨てて避難か?」
「そもそも天使はずっと天使居館に引きこもっていたんだ、戻ってきたとして本当に戦えるのか?」
「王宮にミラーレ神と話し合うようもう一度説得をしては?」
会議は紛糾し、収集が付かなくなった。協会長のブラウは天を仰ぎ眉間を揉んでいるばかりで、隣でアマレットが慌てふためいていた。
「なあ、おまえ。天使が外に出て行ったのを知っていたのに、天使の護衛になれば魔術師登録抹消という条件を飲んだのはどういうことだ?」
ノイアの隣に座っていた相談室室長マグノイア・フォグがノイアにだけ聞こえるように言った。
「天使様は王都を離れただけで、まだ私が護衛になれないと決まったわけではありません」
マグノイアは一瞬だけぽかんとして、すぐににやっと笑った。
「あっさり手放したのかと思えば随分なご執心だ。魔術師としての栄光どころか肩書きさえごみ同然に捨てようとしている男とは思えないな。本当に魔術師であることに未練はないのか?」
「天使の護衛となるのに魔術師の肩書は不要ですから」
「はは。だが、魔術師が協会の支配から逃れた試しなどないさ。ましてやお前のような大躍進の立役者ともなれば、頭の固い連中だって手放すには惜しい。みすみす大聖堂にくれてやるなど許さないだろう。ところで、本当に天使がどこにいるのか知らないのか?」
「ええ。でも、いつかまた会えるでしょう」
ノイアはのんびりと言った。
会議はまだ紛糾しており、あわや魔術が飛び交いかねないほど白熱した議論が交わされていた。
その時、カーラレンスがいきなり立ち上がって、椅子が後ろに倒れて大きな音を立てた。会議室は水を打ったように静まり返り、真っ青なカーラレンスに視線が集まった。カーラレンスはテーブルの上の本を穴が開くほど見つめていた。
「なんだ、何があった?」
カーラレンスの隣に座っていたプライマルが、身を乗り出して符号書を確認し始めた。
「ああ、これは符号書か……」
しかし、プライマルもまた絶句してしまった。業を煮やしたアマレットが鋭い指示を飛ばす。
「誰か読み上げなさい」
ノイアが軽く手を振って符号書を浮上させ、背表紙の細工をいじって魔術を発動させた。本からは震える声が響き渡った。
「わ、私は……、洞窟の中でこれを書いています。暗い中で書いていますが、どうか、読めますように」
カーラレンスが絞り出すように言った。
「伝令のヴォクの声です」
符号書から発せられる声はさらに続いた。
「ミラーレ神の封印されている洞窟へ入り、徘徊しているミラーレ神と遭遇し、足を火傷しました。もう一人の調査員は……亡くなりました。今も私は逃げていて、出口を探して、まだ見つからない……。この洞窟は必ず出られると聞いたのに、ただのおとぎ話だったのでしょうか。ああ、どうか、故郷に残した妻をどうぞ頼みます、彼女には私を忘れるよう伝えてください。ペンがこすれる音さえ、本当は立てたくないのです。かの神の封印は解かれつつあります、最奥から出口へと向かい始めています、洞窟からはまだ出ていませんが、出口を探して彷徨っています。あ、ああ、足音が! 聞こえる、聞こえます。かの神は魔性に落ちているに違いありません。邪悪なる力で人を殺し、風を操り、王都へと運びました。吐息の音が響いてきます、おお、どうか、私は、死にたくない。死……。………よかった、音が遠ざかっていきます。今の内に調査報告を。赤き竜は洞窟を出て王都へ行こうとしています、ですが今ならきっと洞窟の結界修復が間に合いましょう。結界が不安定になった原因は不明ですが、近づいてみてわかったこととしては、入り口の両脇に置かれていた二つの結界石には綻びはありませんでした。おそらく他の要因があると思われます。それから赤き翼は王族が約束を違えたとしきりに言っています。言葉は話せるようですが、対話はできません、二度試みて失敗しました。随分弱っているようで、封印していた杭が傷になって翼が――」
何かが滴る音がして、紙面が赤く染まった。血のように赤いものは紙面を犯すように這い、徐々に文字を形作っていく。
「おい、嘘だろ……」
誰かが呻くように言った後、符号書から朗々とした声が響き始めた。
「不埒な人間め、邪悪なる人間めが。私が、私こそ正義である。私を創造し、大戦を終わらせたもうた神に仕えてきた。神の去った地でひとのために尽くしてきた。長く、長く、永く……。だが、ひとは私を裏切った。矮小なるその手で昏き洞窟の中で、我が翼を地に縫い付けた。許さない、アゲート、アゲート……!」
落雷のような音を立てて符号本が空中で爆ぜ、紙片がテーブルの上にひらひらと散った。それがすべて落ちるまで誰も口を開くことはできなかった。
「ああ、そんな。ヴォクもジューナも……」
か細い声でカーラレンスが言って、床にくずおれた。
「符号本がこんなことになるのは初めて見たぞ」
フォイルが紙片をつまみながら言って、ノイアに視線を送ってきた。符号書は二冊で一組の本であり、どちらか一方に書かれたものがもう一方にも書かれる魔術がかかっている本で、ノイアが北部にいた時に開発したものだった。ノイアは首をすくめた。
「私も初めて拝見しました。弱っていたとしても怒れる神とはやはり恐ろしいものですね。これではもう一冊を持っていた方の状況は察するに余りある」
ノイアは指を鳴らして、破かれた本に施されていた修復魔術を起動させた。焦げ付いた紙片が弱々しい動きで集まり、ある程度元の形へ整列して再び接着した。魔術師たちは本の元へ集まり、ミラーレ神からの伝言を確認し始める。
「話し合いは無理となると、戦うしか道はないか。だが、本当に戦えると思うか、ノイア・オブシウス。おまえなら神々を敵に回すのは慣れているだろう」
マグノイアが抑えきれない好奇心をにじませながら言った。彼は符号書よりもノイアとの話の方が好奇心をそそられるらしかった。
マグノイアは優秀な魔術師だが、噂好きが高じてほかの席を蹴ってでも相談室室長となった男だった。
「戦いにはなりません。神の作る血の川の流れの一滴になるのが私たち人間にできるすべてです」
「世界中の魔術師を古典主義者に変えてしまったおまえでさえ神にはかなわんということだな。天使の護衛には自ら志願したというが、その実おまえが天使に護衛してほしいからではないか?」
「好きなように考えてくださって構いません」
「へえ、そうか。そうやって肝心なところは話さず煙に巻くのか。道理でおまえについての話は噂や憶測の類が多いわけだ」
ノイアは意味深な笑みを浮かべて話を終わらせた。その手の中には小さな黒曜石のネックレスが握られていた。
黒曜石のネックレスはルチアに贈ったものと対になるものだった。黒曜石はルチアの体温と鼓動を確かに伝えていた。
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