第17話 ズルで可愛い、エルフ先生(6/6)

 月蟲は小瓶の中で、まだ羽を休めている。

 謎の巨大な奇形は、暗くて良く見えない。

 朧げながら、人に近い身体をしているように見えた。


「(仕掛しかける……!?)」


「(だ、ダメ! 灯りが無さすぎて不利だよ!)」


 じっと息を殺し、微動だにせず気配を殺す。

 柱の影から、一馬の倍はある頭部が、ぬっと首をもたげる。


 アーリアがベルトの柄に、手をかけた瞬間。


 巨大な奇形は首を戻して、べちゃ、べちゃ、と不快な音を響かせて、通り過ぎて行った。


「……行った、みたい」


「うん」


 潜めていた息を深く吐いて、くたっと互いの胸元に身を預ける。


 変な汗が出て、一馬は思わずアーリアの腰元を強めに抱き寄せた。


「んぅっ……!?」


「大きかった。なんだろう、アレ……?」


「うんぅ。おっきいぅ、んっ……!」


「アーリア?」


 真っ暗なせいで、アーリアの顔は見えない。


 ぐいっと腕を突っ張らせて拒絶され、一馬は自身が彼女を強く掴んで、抱き寄せている事に気づき、慌てて手を離した。


「ご、ごめん……つい!」


「はふぅ……い、良いよ、びっくりしちゃったけど。……あのね。スライムだと思うの」


「スライム? あんな、でっかいのが……?」


「見て」


 アーリアが小瓶を軽く振って、月蟲を飛ばし柱を指さした。


 べちゃべちゃした液体。粘性の強い何かが付着している。


 サイズ感はまったく違うが、スライムの痕跡と同じ物が残されていた。


「スライムって、普通60cmくらいで、小動物に寄生する……んだよね?」


「そう。何でも際限なく食べて、中の動物の臓器で生きるの。あんなに大きいの、815年ぶりくらいだけど……」


「移動する?」


「……えっと、ダメ。もっと大きくなる前に倒さないと。……聞いて、カズマくん」


 アーリアの作戦はかなり危険だが、一馬は話し合いの後に了承して、急遽スライム討伐に乗り出す事になった。



◇◇◇



 闇の中、プププと電子音のような、テーザーガンを撃ち出すような単音が響く。


 「ギ、ギィ……!?」


 ドチャドチュドチャと粘性の塊が、大ネズミを捕らえた。


 必死に手足をバタつかせてもがくが、大ネズミは逃げ出せない。


 スライムは身体の中央から、太い触手を伸ばし始める。


 ふわりと、月蟲が舞う。


 ボヨンッと大きく、突然。スライムの粘液が波打つ。一馬が不意打ちで放った大岩は、予想通り、まったくスライムに効果が無かった。


〝なん……じゃ、こりゃあぁあああ!? 〟

〝スライムぅ!? 〟

〝デッッッッッッッ 〟


〝中、何だアレ……〟

〝ボガートが、何体も身体にされてる……〟


〝うっへぇ、まるで無理矢理ツギハギして、強引に深海魚にでもしたみたいだ……〟


〝キッモ、吐き気してきた……〟

〝モンスター……!!! 〟


「グロォ! ググロロ!!」


 プププと粘性の連射音が響く中、柱を蹴って、立体的に移動して一馬は全力で飛び回る。


 先ほどまで足場にしていた柱は、一瞬で粘液だらけのベトベトにされていた。


〝うわ、遠距離攻撃もできんのかよ!? 〟

〝岩もまったく効いてねえ!? 〟


〝あれ触ったら、捕まるよな!? 〟

〝こっちにも撃ってきたぁ!? 〟


 スライムの動きは速くない。付かず離れず、一馬は上手く誘導していく。


「グ、ロ!?」


 脇腹に鈍い痛み。スライムが岩の欠片を吹きつけてきた。


 ジワリと痛みによろめき、奥歯を噛みしめ、柱を踏み締めながら宙を飛ぶ。


竜鱗を宿し者よドヴァーギルーその息吹を借り受けるスームィズム


 もう一つ、月蟲の輝き。ささやき、祈る。


〝アレは……!? 〟

〝魔法陣!? 〟


 刹那に浮かびあがる。魂と翼を象ったような、血のように真紅の魔法陣。


〝エルフ、先生!!? 〟


邪悪を払い、パーヴォルクル・怪、寄せ付けぬクァーナルーその尊く白い輝きを示せセラールド・アークリン


 魔法陣消失と同時に、半透明の千切れたような、巨大な竜頭が召喚される。

 

 アーリアの頭上に血煙と共に現れた竜は、高い呼気を響かせて、大きく息を吸い込んだ。


ヴァービアアーリア!!」


顕現せよぉヴォクリィイー!! 混沌竜の叫びドヴァー・ライン!!」


「────────────!!!」


 世界が可聴域を遥かに超えた絶叫と共に、白一色に漂白されていく。


 嵐、あるいは噴火のような勢いで真っ白い何かが、大量に半透明の竜口から吐き出されて、スライムは白い渦の中に埋没していった。


〝……魔法少女だ!? 〟

〝ドラゴン召喚する魔法少女!!? 〟

〝魔法少女(2000歳)www 〟


〝雪!? 氷なのか!? 〟

〝一馬くん、巻き込まれてね? 〟


「ぶふぁあぁっ!!」


 項垂れた半透明の竜から、チョロチョロと漏れ出ていた白い息が止まり、アーリアは力いっぱい何かを押した後のように、大きく息を吐き出した。


「うえぇ……しょっぱ」


「は、ふぅうぅぅ……そこ、だね!」


 鞭のように一馬に迫っていた触手を、アーリアはウルミで根元から切り払った。


〝うおっ、あっぶねえ!? 〟

〝油断も隙もねえwww 〟


「デ……リ、リ」


「うわっ……こいつが、正体?」


「うん。大昔、海底うみぞこの民が作った失敗作。その変種かな」


 ギョロリと大きな目玉を向けて、コオロギの頭部のようなモンスターが、切り裂かれた触手を縮めてうずくまっていた。


「海底の民?」


「大昔ケンカしたの。それだけだよ」


〝しょっぱい? 〟

〝ああ、塩……塩素ガスの魔法か? 〟

〝塩素ガス? 〟


混沌竜ガスドラゴンの息吹? 〟

〝スライムの粘液、塩っけで消えるって言うしな 〟


〝あの氷山みたいなの、全部塩かwww〟 


「正解。みんなはスライムに会ったら、触手に気をつけて、念の為に必ず検査を受けてね。じゃないと酷い腹痛になる時もあるから」


〝はーい魔法少女先生! 〟


〝気をつけまーす〟

〝あんなデッカいのは、逃げまーすwww〟


 アーリアは手慣れた様子で、手も足も無くなったスライムの核虫と触手を袋に回収すると、杖を振って一馬を掘り起こした。


「ありがとう。ふぅ……じゃ、戻ろうか。結構遠くまできちゃったからね」


「そうだね。じゃあみんな。後は帰るだけだから、無事入口に着いたら、報告するね」


〝はーい! 〟

〝達者でなー! 〟


〝気をつけて帰ってね。先生! 〟

〝キーンコーンカーンコーン〟


〝規律! エルフ先生! 着席! 〟


 配信を一旦停止して帰り支度を進めて、アーリアはふと、月蟲に照らされる一馬の腕が気になった。


 服を突き破って剥き出しの鍛え上げられた、逞しい二の腕。


 胸の中、淡く青い好意が、トロリと赤く色づく。


「ねえ、カズマくん。…あ、アー、アーレアックって。実は……」


「え、なんだい、アーリア?」


「えと、私、アーレアック。す、好き……?」


「え、うん。好きだよ、アーレアック。アーリアも好きだったの?」


 一瞬ポカンとしたあと、アーリアは一馬を見つめてニヘニヘ笑い始めた。


「アーレアックのこと。……す、好きなの?」


「だから好きだって……なんでさ?」


「ふーん、ふぅ~ん。えへへっ、えふぇへっ」


 雪のような塩が舞う中。彼女は一馬の答えに、本当に心の底から嬉しそうに、ただ無邪気に微笑んでいた。

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