猫嫌いの貴方とはさようなら。猫が足りないから婚約破棄してみせるわ。

ふさふさしっぽ

念願の婚約破棄

「ニーナ・テイル、僕は君と婚約破棄する!」


 王族が集まる大広間で、コネヌイ国第一王子、ワオンがそう言い放った。


 いい気持ちで昼まで寝ていたのに、叩き起こされ、この大広間に呼び出されて何事かと思って欠伸しながらやってきたら、待ちに待ちわびたこの日が来たようだ。


 私、ニーナ・テイルの前には王族の方々が、厳しい顔で並んで座っていらっしゃる。大広間に入るなり婚約者であるワオンがガターンと、椅子をすっ飛ばす勢いで立ち上がり、私を指さし、冒頭の言葉を叫んだので、私は扉の前で突っ立ったままだ。


「分かったら、荷物をまとめて、この王宮から出ていくがいい。君はもう、王族じゃない」


 ワオンの言葉に、他の王族の方々……国王や王妃、その他王子たち、王女らも、うんうんと頷く。次期国王としてとてもとても優秀なワオンの、皆いいなりなのである。


 うん、ワオンはたしかに優秀だ。見た目もかなりいい。私もそう思う。問題は、私なのだ。


「ええ~。なんでですか~。レオン王子~~。理由? 聞かせてよ~」


 出て行けと言われ、すぐに出ていきたかったが、一応私はわざと、気だるい口調で理由を聞いた。最後におならまでプッとした。


 ワオンがわなわなと震えているのが分かった。もう我慢の限界といったところか。私を睨みつけ、言い放つ。


「理由? 君のその態度だよ、その態度! なんなんだ、優秀でおしとやかな伯爵令嬢だと聞いていたから、婚約者にしたのに。王宮で一緒に暮らしてみれば、いつも昼まで寝てる、身だしなみ、歩き方、テーブルマナー、まるでなってないれが我が妃……

 おっと危ない……!

 ごほん、とにかく、その馬鹿みたいな口調、どこでもいつでも放屁する、いい加減にしてくれ! しかも僕の名前はワオンだ!! いい加減覚えろ!!!」


 不満のすべてをぶちまけたワオンは肩で息をしていた。周りの王族の方々は「うんうん」と頷いている。


 そりゃそうだ、と私は鼻をほじりながら納得していた。すべて作戦通り。


 ワオンの隣に座る、いつも影が薄い国王が最後にまとめた。


「王族会議で決まったことだ。ニーナ伯爵令嬢、今日をもってそなたと息子の婚約はなかったこととする」


「なんか知らないけどわかった~。じゃあね~、ドボン王子~」


 最後まで馬鹿の振りをし、私は大広間を後にした。


 荷物をまとめに自室に向かう途中、銀色でふさふさの毛並みをした大型犬が、しっぽを振りながら廊下を走ってきた。

 私を認めるなり「わん!」と鳴いて、抱きつく。

 この大型犬……ルルは、賢い女の子。きっと私の演技もとっくに見抜いている。そして、私が今日王宮を去ることも。


「今まで友達でいてくれてありがとう、ルル。ごめんね。貴方も可愛いけれど、私はもうここにはいられないの」


 ルルに目線を合わせ、お別れを言った。ルルの瞳はすべてを悟っていた。分かっているわよ、とでもいうかのように、力強く「わん!」ともう一度鳴いた。


 さよなら、ルル。さよなら王宮。さよなら、元婚約者、ワオン。

 私、貴方のこと結構好きだったけど、このまま貴方と結婚して王宮で暮らすことなんてできないの。


 だって私は「猫大好き」なのに、ワオン、貴方は極度の「猫嫌い」なんですもの。

 一緒には暮らせないわ。




 どこにでもいる伯爵令嬢の一人である私に、第一王子、ワオンとの婚約の話が出たときはおどろいた。

 こういう婚約者って幼少の頃から決まっているものだとばかり思っていたから。


 父も母も大喜び。ワオンは次期国王が約束されているも同然。やったー、って感じだった。

 私もやったー、って感じだった。ワオンは威張ってなくて優しいし、頭もいいし、顔もいい。王妃になった未来の自分を想像して、よし、よし! ってガッツポーズまでした。

 自分で言うのもなんだけど、私の見た目は悪くない。求婚されたのも初めてじゃないけれど、実家で飼ってる猫に夢中だったから断っていた。だって私、まだ十六だもの。


 ワオンは二十一歳。私から見れば大人の男性だった。

 だから婚約者として初めて王宮に住むことになったとき、


「猫を飼いたい」


 ってお願いした。そうしたら、ワオンは


「ね、ねねねねねねねねねねね猫おおおおお!?」


 と言って、今までの爽やかな笑顔を引っ込め、一転して険しい顔になり「それはだめだ」と言い放ったのだ。


「どうしてですか。犬は王宮内を自由に動き回っているのに、なぜ、猫はだめなのですか? 可愛いからですか」


「ニーナ、僕はね、こ、嫌いなんだ。アレルギーでもある。ほら、「ね」と「こ」というワードを発してしまったために、腕にじんましんができている。ニーナ、君も王宮で暮らす以上、そのワードを発しないよう気をつけてくれ。これは命令だ」


「猫は可愛いです」


「だめだ」


「ねこねこねこ」


「やめろーー!!」


 このやりとりで、私は第一王子との婚約を辞めようと思った。猫と王妃の椅子、優先順位の問題だ。どちらが優先されるかは明白。


 ただ伯爵令嬢である私が自分から「婚約を取り消してくれ」とは言えない。

 だから私は馬鹿の振りをすることにした。

 貴族とは思えない下品な振る舞い。おならを人前でするなんて恥ずかしくて死にそうだったけれど、猫のためなら仕方がない。


 王子が猫嫌いになったのは、幼少の頃、帝王学を叩きこまれ、へとへとになったとき、唯一の楽しみにしていたおやつのショートケーキを、窓から侵入した野良猫に持っていかれたからだと風のうわさで聞いたが、そんなことはどうでもいい。


「自分の部屋でじっくり味わおうと思っていたのに、手を洗っている隙に野良猫にもっていかれた。その時おやつは一日一個と決まっていたので代わりがもらえなかった」


 とか、ワオンは言っていたような気がするが、どうでもいい。


 猫を見られない生活なんて考えられない。


 ここまでワオンが猫嫌いだと、国から猫を排除する、とか、国王になったら言い出すのではないかと少し不安に思ったが、ワオンは聡明だ。国に猫好きがたくさんいることも知っている。そんな極端な命令はしないだろう。

 そもそもそんな命令だしたら猫派の暴動が起きる。

 国が崩壊するだろう。

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