ショートショート

@nodoamekinkan

第1話 電話

「ああ、暇だなあ……」

大企業の幹部であるエヌ氏は、豪華な自宅で一人、ため息をついた。この地位まで来ると、もはやたいていのものは手に入る。この持て余すほどたっぷりの時間でさえも。

「そうだ、いいことを思いついた」

エヌ氏は突然膝を打って立ち上がり、固定電話の前まで歩いて行った。そして彼は受話器を取り上げ、無造作に番号を打ち込み、相手が電話に出ると、

「やい、このばかやろう、消えちまえ、間抜け……」

と暴言を繰り返し始めたのである。エヌ氏はこれを一時間ほど続け、満足そうに頷いた後、すっきりした顔で受話器を置いた。この奇行は次第にエヌ氏の癖になっていった。

人間がろくでもないことを思いつくのは、極めて切羽詰まった時か、あるいは死ぬほどに暇な時である。



あるビルの一部屋で、そこに住む夫婦と、数人の警察官が緊張した面持ちで電話を囲んでいた。一人の警察官が夫婦に念を押す。

「いいですか、息子さんを誘拐した犯人は指定した時間に必ず電話をしてきます。十中八九、身代金を要求してきますので、できるだけ引き延ばしてください」

夫婦は頷き、お互いに手を握った。

痛いほどの静寂の後、電話が鳴り響く。犯人の予告時間きっかり。妻が震える手で受話器を取ったその瞬間、

「やい、このばかやろう、消えちまえ、間抜け……」

延々と要領を得ない罵倒が続いた後、静かに電話は切れた。

その夫婦も警察官も、呆然と顔を見合わせる。一人の警察が、首をかしげながら口を開いた。

「おかしいですね。まったく関係のない悪口ばかりです。でも時間はぴったりなので、犯人だとは思われます。とりあえず、逆探知もできたし、逮捕に向かいましょう」

そして彼はぼそりとつぶやく。

「なんにせよ、こんな悪口を言うのは、悪人に違いない」

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